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21発目

 改めて自身の体の状態を感じなおす。孫市は、四肢の隅々まで力が巡っている気がした。

 誰しも経験があるだろう。重たいものを持ったとき、ふと手を握ったとき。なぜだかいつもより力が入るように感じることが。

 孫市は、その感覚が全身の筋肉一つ残らず張り巡らされているような気がした。


 ――身体強化の感覚とは、こういうものか。


 今までぼんやりと受け止めていた身体強化の意味が、初めて理解できた。そして、それと同時に。

 転がっているザイルモンキーから無造作に長巻を引き抜く。それを片手で持ち、生き残りのうちの1匹に向ける。

 剣術、槍術、格闘術のスキルが自分に何を与えていたのかも理解した。


 あらゆる技術は、それを成す最低限の筋力に下支えされる。

 いかに鮮やかな背負い投げが出来る柔道家であっても、枯れ木のように細ければ、力士を投げることはかなわない。

 純粋に、孫市は得たスキルに見合うだけの、根本的な体が出来ていなかった。


 ――かつていた数多の戦場においても、きっと全てを生き残るだけの力は持っていなかったのだ。人間の身では。殺しに殺し、魂が真っ黒に染まるまで殺し抜き、鬼と成った。だからこそ、生き抜いて殺し続けた。鬼というのは、そういう化生だからだ。

 その力を、この強敵たちを前にして手に入れた。


「いいや……得たのではないな。思い出したのだ」


 ――老いて忘れていただけだ。


 孫市の体から、これまでとは段違いの威圧が吹き荒れた。その威は、まるで荒れ狂う暴風雨。

 生き残った3匹のザイルモンキーは、びくりと身を竦めた。そう、3匹だ。


 くるくると、首が宙を舞う。血が螺旋を描き、重たい空気の中に散った。

 仲間の死に気づく前に、もう1匹の背から長巻の切っ先が飛び出した。大きく、素早い踏み込みで、孫市が突き立てたのだ。

 いっそ艶やかなほどゆっくりと引き抜かれる刃をつたって、赤い液体が孫市の手を濡らした。


「うん? これは違うな」


 およそ普通のDランク冒険者であれば、手も足も出ずに殺されるような魔物を相手にして、孫市は自分の体の動きを確かめるように振る舞う。


 残された2匹の反応は対照的だった。

 片や怒りの咆哮を上げ、四つ足で駆けて孫市に襲い掛かる。もう一方は、なりふり構わずに背中を向けて逃げ出した。

 だが、その運命はどちらも同じ場所に帰結する。


 怒りに任せた殴打。その懐をするりと潜り抜け、いつの間にか抜かれていたダガーが、ザイルモンキーの両眼を撫でつけていった。

 右手にダガー、左手に長巻を持った孫市。右手を後ろに振りぬいた勢いを活かすようにして、左手が前に伸ばされる。長巻が、木に登って逃げようとしたザイルモンキーを、昆虫標本のように縫い付けた。


「ガァァァッァァッァァァ!!!」


 2匹分の絶叫が響く。それぞれの延髄にダガーが淡々と刺し込まれ、森に沈黙が訪れた。

 孫市は周囲を一度警戒し、それから大きく息をついた。


「それにしても、シェリルのやつはいい仕事をしたな。褒美をやらねば」


 安物のダガーが、それなりの強さを持つ魔物に通用したのだ。しかも、うちの1匹なんてダガーだけで倒している。

 多少は刃が潰れて切れ味が悪くなっているが、そもそも刃は消耗品だ。長巻も間違いなく刃こぼれしていることだろう。


 持っていた布でざっくりと長巻についた血脂を拭い、鞘に戻した。

 ザイルモンキーの討伐証明部位は鼻だ。今回は狩猟依頼ではないため、鼻だけ切り取って持ち帰ればいい。革や拳の骨などは素材になるが、後でホブゴブリンたちを回収に出せばいいと、孫市は放っておくことにした。

 さすがの鬼といえど、重たい疲れを感じていたのだ。


 大型の家畜の膀胱から作られた袋に、切り取った鼻を詰めて、孫市は冒険者ギルドに戻る道を歩く。道中、頭にツノが生えていたことを思い出して触れてみるが、いつの間にか引っ込んでいた。




 冒険者ギルドに戻った孫市の姿に、冒険者たちはざわめいた。全身に大量の返り血を浴びて真っ赤になっているからだ。

 強烈な鉄の臭いに、孫市とすれ違った冒険者は目を白黒させる。

 依頼報告のカウンターに来た孫市は、袋をどさりと乗せた。その横に、血で表面が赤茶けた冒険者プレートを置く。


「Dランクのサイカだ。ザイルモンキーの討伐、8匹やってきた」


「か、確認いたします」


 ザイルモンキー討伐、という言葉に、冒険者たちのざわめきはますます大きくなる。


「ザイルモンキー8匹って言ったか?」

「ああ、そう言ってた」

「マジかよ。ソロで出来るもんなのか?」

「このギルドじゃアレン以外には出来る奴いないんじゃないか?」


 ザイルモンキー単体ではなく、群れという数を個人で制したこと評価するパーティーもいれば。


「これであの森に行けるようになるかね?」

「ザイルモンキーだ。本当に残っていないかの調査クエストを別の冒険者に依頼するはずだ。その結果を待ってからでも遅くない」


 本当に全て討伐されたのか疑う、慎重なパーティーもいる。


「血塗れだけど大丈夫かしら?」

「動きはピンピンしてっから返り血だな」


 またあるパーティーは、孫市の状態を冷静に観察していた。


「ザイルモンキー8頭の討伐、確かに確認いたしました。これにと、討伐任務は達成されたものとして扱います。こちらは報酬金になりますので、ご確認ください」


 渡された小袋の中身を確認する。8000ゴールド、金貨20枚も入っていた。日本円にして、じつに400万円の価値になる。


「意外と多いのだな」


「討伐できる方が限られていますので……」


 アレンならば楽々とこなすのであろう依頼だが、彼の体は一つしかない。

 それに、他のランクの冒険者たちも、意外と手が空いている者は少ないのだ。

 純粋に、辺境だから魔物の討伐や素材需要が高くて忙しいというのもある。が、一番の原因は、普通の冒険者は仕事の後は必ず休むという点だ。

 旅をし、命がけで戦って金を手に入れて、その足でまた仕事に出る者なんてほぼいない。しっかり休んで、装備を武器屋で直してもらい、英気を養って次の依頼をこなすのが普通なのだ。


「別の冒険者の方に調査を依頼しますが、もし別の群れが発見された場合は、再度討伐依頼を出すことがあります。その際にはご協力をお願いいたします」


「あいわかった」


 孫市は今までには得られなかった大金が入った袋を手に、意気揚々と帰路についた。

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