20発目
枝が高く張り巡らされた、広葉樹の森で孫市は佇んでいる。
特に察知系統のスキルを持っていない孫市だが、戦場に生きてきただけあり、なんとなく視線や殺気は感じ取っていた。
木が密生し、葉の塊が空を遮る。その薄暗さの中で、目をこらさなければ見えないくらいの濃さの影が、地面で動き回っていた。
ザイルモンキーの討伐依頼。
これが、現在孫市が請け負っている依頼だ。
彼がいる森は、元々は新人冒険者御用達のフィールドだ。強い魔物もおらず、特別に高額な素材も取れない。が、薬草などちょっとした素材は手に入るし、弱い魔物との戦闘経験を積むことだってできる。
視界を遮る木もたくさん生えているため、索敵の練習にもなれば、隠れる練習にもなる。
ところが、そこに強い魔物の一団が流れ込んできた。
当然、新人冒険者のほとんどは太刀打ちできない。結果、現在サプレスの街の新人冒険者は、別の簡単な狩場に集中している。
こういったギルドにとって不都合な状態になった狩場を、元の状態に戻すのも、中堅以上の冒険者の仕事である。
「かかって来ないのか?」
孫市は見上げもせずに、挑発の言葉を口にした。
言葉の意味は通じていないだろうが、嘲りのニュアンスは伝わったのだろう。樹上から、怒りの気配が伝わってくる。
「ふむ、知性も感情もあるか。もっと下等な生き物だと思っていたが」
ザイルモンキーは、ゴブリンやコボルトのように群れをつくる生き物だ。
とはいえ、その群れの規模は上記の魔物よりずっと小さい。8から10匹くらいで構成されている。1匹のオスと、他はメスというハーレムのような群れだが、力はメスの方が強い。
ハーレムというよりは、メスに繁殖用に弱いオスが飼われている、という表現が適当かもしれない。
「おっと」
孫市は首をかしげて、背後から飛んできた礫を紙一重で回避した。
一撃で仕留められないと見るや、次々と礫が飛んでくる。どれも人間の握りこぶしくらいあるそれが、風を切る速さで飛んでくる。こんなものをまともに浴びては、新人冒険者の頭は潰れたトマトのようになってしまうだろう。
孫市は素早く木の間を縫って移動し、幹を盾にし続ける。樹皮が割れて石が食い込む音だけが響いた。
「どうした?」
複数の角度から同時に飛んできた礫。そのうちのどうしても回避しきれない1つを、長巻で奇麗に受け流した。
「埒があかぬぞ。矢玉が尽きるまで弱気な態度を続けるか?」
本願寺から信長の軍勢を撃ちまくった雑賀衆を棚に上げ、挑発を続ける。
苛立ちが頂点に達したのか。孫市の上に、大きな影がさしかかった。素早く地面を転がり、距離を取る。
さっきまで孫市がいた場所に、大きな拳が振り下ろされた。
身長2メートル半。猫背で、足が短く腕が長い。緑色の体毛で、胸元だけピンクの地肌が見えており、バッキバキに筋肉の盛り上がりが見える。目立つのは、太く長い尻尾だろうか。
姿を現したザイルモンキーは、言うなれば異形の巨大ゴリラだ。
腕の太さは孫市の胴体ほどもあり、拳の大きさは、握った状態で人の頭ほどもある。
拳を叩きつけられた地面が大きく抉れていた。
「かっかっか。これがCランク上位の依頼か」
笑う孫市の上に、次々と影がかかる。都合7回。孫市は地面を転がり、その全てを回避した。
長巻を構えなおした孫市は、目を大きく見開く。
ザイルモンキーが2体1組になって、片方の尻尾を掴んで振り回しているのだ。
ぶんぶんと遠心力で加速されたザイルモンキー。それが4発、孫市に襲い掛かった。
「おおおおおッ」
裂帛の気合を込めながら、うちの一体に向けて、大上段から斬りかかる。
後先考えない、一撃に全力をかけた、加速をかけながらの斬撃。果たしてそれは、奇麗にザイルモンキーの体を真っ二つに切り裂いた。
しかし。
「くっ」
真っ向から浴びた返り血に、視界が霞む。
嫌な気配に、素早く頭を下げた。頭上で空気が唸る。背後から、投げられて戻ってきたザイルモンキーの拳が通り抜けたのだ。
孫市はかがんだ姿勢のまま、日本刀の納刀に似た動きで、背後に刃を突き立てた。肉を貫く手ごたえ。素早く孫市は前に転がりながら距離をとった。
「まだ2匹か。いや、1か?」
返り血を袖で拭う。
再び飛んできたザイルモンキー。それに対して孫市は、長巻を投げつけた。ザイルモンキー自身の加速度と相まって、顔面にざっくりと突き刺さる。
一撃で仲間が息絶えるの見て、それでもなお、ザイルモンキーたちの戦意は衰えない。むしろ、武器を失ったのを好機と感じたようだ。
「ガァァァッ」
威嚇の咆哮を上げ、殴りかかってくる。その拳を引き込み、己の胸に吸い寄せるように内側に巻き込む。
直線方向に速く動くものは、横からの力に流されやすい。それこそ、弾丸が1枚の木の葉に受け流されるように。
力のベクトルを孫市の手によって変えられたザイルモンキーは、木の幹に顔面から叩き付けられた。ゴキン、と骨が外れる音がした。
崩れ落ちる猿を打ち捨て、勢いそのままに次のザイルモンキーに襲い掛かる。腹に傷がある。刺したやつがまだ生きていたようだ。
目を突き、怯んだ顎に膝を叩き込んだ。相手の肩を手でがっしり掴み、両足を首に回してひねり、へし折る。
殺したザイルモンキーの死体から飛び降りた孫市は、自分を囲む視線の質の変化に気づいた。
「む?」
猿たちは強い警戒心のこもった目で、孫市の額を見つめている。
何事かと、自分の額に触れた手に、妙な感触があった。
「……ツノ、か?」
ゴブリンよりも、鋭く長い2本のツノ。額から上に伸び、ゆるく後ろ側へと湾曲している。硬質で滑らかな手触りがした。
――鬼の血統。
孫市の頭に、かつて見た一文が蘇る。
「成程、成程。そういうわけであったか」
大きな嗤い声が森にこだまする。
「儂は、儂が鬼そのものであったか――!」
空気が、震える。




