18発目
東の空から突き刺さる朝日。それに照らされながら、ヨミはアレンと向かい合っていた。
冒険者ギルドの裏手に置かれた訓練場は、バスケットコートくらいの広さで、砂が敷かれている。そこで新人から中堅くらいの冒険者が、接近戦の訓練をするのだ。
魔法などは完全に禁止はされていないが、周囲の建物に傷をつけたりすれば、容赦なく賠償金を取られる。そのため、ギルドの訓練場を吹っ飛ばしてイキリ散らす者はいない。
「剣を痛めてしまってはもったいないからね。僕が武器を作っておこう」
アレンが地面に手を触れると、鉄製の剣が1本生成された。グリップの部分は握りやすそうな、石材で出来ているようだ。それをヨミに渡すと、改めて5メートルほどの距離を取った。
「さて、どこからでもかかってきていいよ」
そう言い終わるやいなや、ヨミが高速で斬りかかった。
ヨミは人間の女性の姿をしている。が、それはあくまで姿だけである。中身は紛れもなくホブゴブリンだ。
もとより、人間より強靭な魔物の筋力。
鬼の血統により、謎の強化を受けた肉体。
位階がホブゴブリンに上がったことで、さらに強化された身体能力。
さらに身体強化3のスキルを持ち合わせ、放たれるのは剣術5スキルに裏打ちされた斬撃。
予想を遥かに上回る速度で放たれた、足元を狙う横薙ぎの一撃。
目を見開いたアレンは、自分が乗る地面ごと土を盛り上げて、1メートルほどの高さの土柱を作り出した。高さを稼いで刃から逃れると、素早く飛び降りて土柱の後ろに逃げ込む。
アレンの目の前で、土の柱に銀の線が走った。
土柱が斜めに切り裂かれ、それを押しのけるようにタックル気味にヨミが飛び出してくる。
「くっ、早い!」
さらに後ろに飛びのいたアレンの背後から、細い土の柱が何本も飛び出し、ボクサーの連打のようにヨミを襲った。ヨミも飛び退り、距離が開く。
「思っていた何倍も強いね」
アレンは冷や汗を流しながら言った。
今のやりとりは、一手間違えればアレンでも傷を負いかねないものだった。
もちろん、アレンとて本気ではない。
そもそも魔術師とは遠距離主体で戦うものであり、接近戦では剣士の方が有利である。
アレンは接近戦でも十分戦うことが出来るが、彼の魔術には火力が高すぎるものが多い。うっかり使えば、一撃でヨミを粉砕してしまいかねない。
これらの理由からハンデを背負ってしまっているのもあって、アレンは緒戦において不利になってしまったのだ。
「強いなんて、初めて言われたのです」
「どれだけ強いんだい? 君の周りは」
ヨミの言葉は本音だ。
同世代のゴブリンの強さは、ヨミと同じだ。それに、今後の新世代たちは、間違いなくヨミよりも強くなっていく。ほんの僅かな上の世代や、人間のシェリルを除けば、ヨミより弱い者の方が少ないのだ。
ヨミは正眼に構えた。
きっと、これから時間が経つにつれて、ダンジョンにおけるヨミの重要性は下がっていく。
そんなこと、ヨミにだってわかっているのだ。だからこそ。ヨミは自分の価値を示し続けなければいけない。
――遺伝子だけじゃない。戦闘の経験まで得られるのであれば!
「ヨミは弱いままじゃいられないのです!」
――この機会は最大限に活かす!
体ごと突っ込むような、愚直な突き。
その眼前に、ヨミを包むような半球状の土のドームが現れる。
「はぁぁぁぁっ」
格闘術スキルのショルダータックルと、剣術スキルの刺突が組み合わさった。その一撃が土の壁を突き破ったときに、目の前に見えたのは。
金属の太いワイヤーで編まれた、大きな網だった。
ヨミの体が絡めとられ、動きを封じられる。
じたばたともがくが、ホブゴブリンと言えども金属のワイヤーを引きちぎるような力はない。ヨミは逃れられないと悟り、抵抗をやめた。
「……ヨミの負けなのです」
強く決意しようとも、容易く無力化された。
これが、S級魔術師の力なのだ。これが、転生者の力。
スクナがドン引きするほどの。ゴブリンとしては破格の力を手にしたヨミでも、手加減して不利な土俵でなお、呆気なく無傷で捕獲してしまえる。それが転生者なのだ。
アレンは頭をポリポリと掻きながら、苦笑した。
「いやいや、ヨミも強かったよ、本当に。たぶん、冒険者で言うならCランクはあると思う。まさか、あの土壁を破られるとは思ってなかったし」
その言葉は、フォローしてのものだろうが、大いに傲慢さを含んでいる。だが、それを指摘できるのは、それ以上の力を持つ者だけだ。
金属の網が解除され、散らばっている土魔法の残骸も奇麗にどこかへと消えてなくなった。
「これなら、大抵の依頼は一緒に出来ると思う。なんだかんだで僕は後ろから魔法を使う方が得意だから、前衛を任せてもいいかな?」
ヨミは悔しさをぐっと噛み殺し。差し出された手を握り、立ち上がらせてもらう。
「頑張るです」
複雑な思いが渦巻くヨミとは対照的に、アレンは歓喜に胸を満たされていた。
アレンは農家の末っ子に生まれた、日本からの転生者だ。幼いころは土に触れる機会が多かったからか、土魔術に恵まれ、冒険者として成功を積み上げてきた。
だが、その道のりは孤独なものだった。誰も、アレンの絶対的な力についてこれなかったからだ。
それに、冒険者としての在り方も、周囲との溝を深めていった。
ストイックに力を求める彼のやり方は、粗暴な傭兵たちには受け入れられなかったのだ。「付き合う分にはいい奴だけど、仕事仲間はちょっとなあ」という評価だったのだ。
そこに現れた、十分な素質を持つ、強さを求める魅力的な女性。
目が覚めるような美人で、どこか言動が幼くギャップがある。
新しい仲間との、これからの冒険に、アレンは胸を高鳴らせた。
――その全てが孫市の手のひらの上だとは、露ほども思わずに。




