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17発目

 夜になり、ヨミは冒険者ギルドに向かった。受付嬢はシフトを交代したのか、別の女性に変わっている。が、きちんと引継ぎがされていたらしく、すんなりと話は通った。


「アレンさーん」


 受付嬢が酒場スペースに向かって、大きな声で呼ぶ。賑わっているテーブルの一つから、茶髪の魔術師が立ち上がった。


「お、来たみたいだね」


 ふわりと重さを感じさせない動きで、人混みをすり抜ける。やってきたアレンはヨミに片手を出した。


「貴女がヨミさんだよね。僕はアレン。君の指導を冒険者ギルドに頼まれた。よろしく」


「よろしくなのです?」


 ヨミは突き出された右手を不思議そうに眺めた。アレンは怪訝な顔をしてから、訊く。


「もしかして握手の文化がない地方から来たとか?」


「あくしゅ、がわからないのであります。ヨミが来たところでは、そんなことする人、いなかったのです」


「ごめんごめん。これは仲良くしようっていう意味で、お互いの手を握り合うんだ」


 アレンは苦笑した。

 この世界では、様々な地域にそれぞれの文化を持った人たちが生活している。沼地に住む民族もいれば、ドワーフのように鉱山に住む民族もいる。果てはマスターが討伐されたあとのダンジョンに住み着いている民族までいるのだ。

 そのうちのいくらかは、戦争に負け、国によっては亜人として差別的な扱いを受けている。しかし、亜人扱いされていない少数民族だってたくさんいるのだ。


「ヨミは仲良くしたいのです」


 握手の文化の押し付けは良くない。そう考えて手を引こうとしたアレンだが、その前にヨミがしっかりと握った。

 その瞬間、アレンは猛烈な照れのような感情に襲われた。月並みな表現をするならば、すっごくドキドキした。


「お、おう。よろしくな」


 前髪で半分隠れた顔が、赤く染まる。

 だが、それでも完全に冷静さを失わないのがSランクだ。思っていた以上に硬い質感に、疑問を抱いた。


「もしかして、結構剣の練習とかしていたのかな?」


 アレンが思い浮かべたのは、繰り返し剣を振ってきた手だ。熟練の剣士の手の皮は厚い。


「ヨミは剣は得意なのです。あと、槍と格闘もそれなりに出来るのですよ。あっ、あとあと、弓もたぶん得意なのです」


「そっか。もしかして、どこかの騎士だったとか?」


 剣、槍、弓、格闘。これらのスキルの並びは、軍属に多いものだ。遠距離には弓で攻撃し、近距離戦は主に槍。狭いところでの戦闘や、槍を失った場合には剣や格闘で戦う。

 軍属の特徴は、これら4つのスキルを全て持っていること。そして、その反面でこれら以外のスキルはほとんど持っていないことが挙げられる。


「騎士……なりたいのですが、きっとヨミでは力不足なのです」


 シェリルから騎士という概念については聞いている。それは主の剣となり盾となる、精鋭なる忠臣たち。

 ダンジョンの魔物である以上は、忠誠心は皆同じく持ち合わせている。ならば、必要なのは実力。だが、それもまたゴブリンである以上は横並び。ということは、ヨミはまだ騎士足りえないのだ。

 そんなヨミの考えを知らず、アレンは勘違いした。


「そっか。大丈夫、きっと僕が君を強くして見せるから!」


 アレンはヨミのことを、どこかの騎士の家の娘なのだと思った。

 実力主義の国家、例えば隣のクルップ帝国などでは、武者修行に出る者は多い。生まれに関係なく、実力で騎士か兵士かの身分が決まるからだ。

 騎士の家の子どもでも、弱ければ一般兵になり、家を継げなくなる。そのため、騎士に必要なスキルが育つまで、冒険者として経験を積む者が、ギルドではちらほらと見られる。


 そしてアレンもヨミも気づいていない。

 ヨミのスキル、魅了レベル10が発動していることに。


 魅了スキルの発動条件は、相手に一度でも魅力的だと感じられること。ヨミは偽装と相まって、アレンに魅力を感じさせた。それがきっかけとなって、魅了スキルが発動したのだ。

 なお、孫市の魅了スキルが仕事をしないのは、お察しである。おはようの挨拶と同じ気軽さで首を刎ねる人間を魅力的に感じるのは、よほどのサイコパスくらいだ。


「それじゃあ、パーティーを組もうか。冒険者プレートを貸して」


 窓口に2人分のプレートが出される。


「新人冒険者の指導ということになりますので、リーダーはアレンさんでよろしいですね?」


「ああ」


 冒険者が組むパーティーは、それ自体にこれといったシステム的な恩恵はない。が、万が一トラブルが起きた時のために、ギルドが把握しておくことが大事なのだ。

 それに、パーティーが組まれているか解散しているか、誰が所属しているのかなどをギルドが把握していることで、能力に合った依頼を回すことが出来る。魔法が必須の討伐依頼に、魔法使いが抜けたパーティーを送っても仕方がないからだ。


「それじゃあ、パーティーを組むとしておいて、ヨミさんの実力を知りたいんだけど、明日は空いてる?」


「空いているのです。それと、ヨミのことは呼び捨てでいいのです」


「わかった、ヨミ。僕のこともアレンと呼んでくれ。それじゃあ、明日の朝日が昇るころ、ギルド前で待ち合わせよう。そこで、軽い手合わせをして、実力を測るから」


「わかったのです」


 ヨミは深く頷いた。

 ダンジョンで生活してきたヨミには、普通の人間の真っ当な生活リズムというものがわからない。ヨミは宿に戻ると、熊のような主人に元気に言った。


「ヨミは明日の朝日が昇るころ、ってやつのちょっと前に起こして欲しいのです!」


「早起きしたいのか。構わんが」


「待ち合わせがあるのです。ちょっと早めに起こしてくださいです!」


「はいよ。それで、朝飯を食うならその分も込みで早めに起こすか?」


「ごはんくれるのですか!?」


 大袈裟に驚くヨミに、主人は面食らった。世間知らずにも程があるヨミに、心配になりながらも、主人は答える。


「大抵の宿は簡単な朝飯は食えるぞ。といっても、パンとソーセージ、キャベツの塩漬けくらいだが」


「楽しみにしておくのです!」


 ヨミはにっこり笑うと、スキップで自分の部屋に戻っていった。主人は足音を注意するのも忘れて、後ろ姿を見送る。

 ヨミの魅了は、主人にもばっちり効いていた。

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