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16発目


 偽装スキルは優秀なスキルだが、2つ弱点がある。

 まず、鑑定スキルに弱いこと。偽装スキルのレベルよりも高いレベルの鑑定スキルに晒されると、呆気なく見破られてしまう。

 次に、触られればバレてしまうこと。実体を得るのではなく、五感に干渉して誤認させるため、違う形の部分に関しては、触られるとバレてしまうのだ。必然的に、冒険者に偽装するゴブリンたちは、孫市にツノを切り落とされてしまうことになった。


 偽装スキルと鑑定スキルのように、相克する効果を持つスキルは他にも存在する。

 隠密スキルと、探知スキル。隠蔽いんぺいスキルと感知スキルのような、隠す側と探す側のスキルなんかがそうだ。


 隠密スキルは使用者本人が隠れるためのスキルで、隠蔽スキルは使用者が他の物を隠しておくために使われる。隠密スキルは動きながら使うことが出来るが、隠蔽スキルは動くと解除されるという点で、大きな違いがある。隠蔽は主に罠を隠すために使うものなのだ。


 ――流石に、ギルドでの鑑定がレベル10以上ってことはないよね?


 偽装で人間の姿に化けたホブゴブリンの1匹。ヨミは不安になる心を必死に抑え込んだ。

 崇拝すべきダンジョンマスターである孫市からの命令は、冒険者として登録し、アレンに接触すること。

 それが、その当人から譲り受けた力が足りずに失敗するなど、配下としてあってはならないことなのだ。


 しかし。その不安を与える最たる要因が、その孫市である。

 スキルレベルの上限は10。なのに、彼は転生前からの技能により補正値を持っている。もし、同じように補正値をもって転生した人間が鑑定に関われば、見破られてしまう可能性があるのだ。


 ギルドで冒険者登録をしてもらう間、ヨミは周囲の視線に晒される居心地の悪さを感じていた。

 多数の冒険者たちに見られている。なのに、誰も話しかけてこない。


 ――もしかして、ゴブリンって疑われてる!?


 ヨミは冷や汗を流した。が、もちろんそんなことはない。

 注目されているのは、単純に偽装したヨミが美人だからだ。そして、誰も話しかけてこないのは、孫市が暴れ散らかしたから、自粛ムードになっているという理由だ。


「はい、登録は以上です。こちらが冒険者プレートになります。決してなくさないようにしてくださいね」


 そんなヨミの心配をよそに、受付嬢からはあっけなく冒険者プレートが渡された。

 木製のGランクプレート。それをぎゅっと胸元で握りしめ、ヨミは表情を輝かせる。


 ――これで御屋形様に怒られない! もしかしたら褒められるかも!


 そんな彼女の内心を知らず。受付嬢は、目の前で純真な笑みを浮かべる美女に、思わず目を奪われた。

 ヨミの偽装している外見は、気の強そうな金髪の女性である。はっきりとした彫りの深い顔立ちに、意思の強そうな目。出来る女感が満載なのに、たかだかGランクプレートでこんなにも嬉しそうにするのだ。

 はからずも、そのアンバランスさに見とれた受付嬢は、内心で決意した。


 ――変な冒険者の男どもに関わらせちゃダメ。しっかりとした、信用できる人をつけてあげないと!


「あの、ヨミさん」


「はいっ」


「紹介したい人がいるのですが。すごく信頼のおける、とっても優秀な冒険者の人なんです」


「はぁ……。でも、ヨミは早く強くならなきゃいけないのです」


 ヨミはアレンと仲良くなり、彼の子どもを産まなければならない。

 知能は上がれど、その価値観はゴブリン。群れのために強い遺伝子を取り込むことに、抵抗感は一切ない。


「強くなる、という意味でも、先達に指導してもらうことはいい経験になるかと思います。基本的にはその方のお手伝いという形になりますが」


 冒険者ギルドでは、新人の育成であったり、パーティーの能力を強化するために、冒険者同士をマッチングさせることがある。

 命令ではないため拒否することが出来るが、高ランクの冒険者ほど断らない。後進の育成に協力的な冒険者は、その分ギルドから信頼され、割のいい依頼が回ってきやすくなるからだ。


「うーん。ヨミはあんまりわかんないんです。どんな人なんです?」


「魔術師のアレンさんです。強い力を持つ、Sランクの土魔術師です。男性ですが、変なことはしないはずです」


「アレン、アレン。その人知っているです。仲良くなりたいです!」


 難しげな顔をしていたヨミだが、ぱぁっと笑顔を見せた。受付嬢がほっと安堵の息を漏らす。


「それでは、ギルドの方からアレンさんに申請しておきます。今日は日帰りの依頼に出ていらっしゃるので、夜には結果がわかるかと思います」


「またここに来ればいいでありますか?」


「そうですね。明るいうちに宿を探して、夜にまたこちらにいらしてください」


「あいわかったのです」


 ヨミは全身でウキウキと喜びを表現しながら、ギルドを出ていった。受付嬢の言うように、明るいうちに宿を探さなければいけないのだ。

 一方、ヨミの後ろ姿を見送った受付嬢は、うっすら感じた違和感に首を傾げていた。


「あいわかった……」


 どこかで聞いたことのある言い回しだ。


「流行っているのかしら」


 そんな重要なことではないのだろう。きっと。そう考えにフタをして、受付嬢は本来の業務に戻った。

 ヨミの大人びた偽装の容姿と、中身がゴブリンであるが為の、未発達で単純、純粋な感性が奇妙な形でマッチした結果、奇跡が起きたのだった。



 宿を探すヨミは、何も考えずに表通りで真っ先に目に入った宿の入り口をくぐった。


「お、いらっしゃい。武器を持っているってこたあ、新人の冒険者かな?」


 宿の主人は熊のようにずんぐりとした男性だった。


「そうなのです。安いお部屋を探しているのです」


 お金は貴重なのだと、スクナから聞いたことがある。そのため、ヨミはけち臭い発言を堂々とした。


「こりゃまたスッキリした物言いのお嬢ちゃんだな。ここらで安宿になると、どこも雑魚寝部屋だぞ」


「じゃあそれでいいのです」


「いいわけあるか。お嬢ちゃんみたいな別嬪さんが雑魚寝部屋に行っちゃ、乱暴なことされちまうぞ」


 ヨミはぬぬぬと、ヨイチよりもずっと弱い頭で考えた。

 乱暴なことをされるのは一向に構わないし、もしかしたら、新たなスキルが群れに手に入るかもしれない。しかし、それで妊娠してしまうと、アレンのスキルが手に入らなくなってしまう。


「ダメなのです。一人部屋くださいです」


「おうよ。一泊で銀貨3枚だ。払えるか?」


「払えるです」


 仕方なく、ヨミは20ゴールド支払った。

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