13発目
「そういえば、報告したいことがあるんじゃがな」
「申せ」
スクナがダンジョンブックを孫市に渡しながら言う。その真剣な調子に、思わず孫市も居住まいを正した。
「新たなページが追加されておったぞ。『魔物育成』というページじゃな」
「ほう。それは面白そうな」
早速孫市は確認する。そこには、以下のような項目が追加されていた。
自動ソート機能オフ
ゴブリン1
ゴブリン2
ゴブリン3
…ゴブリン20
自動ソート機能の部分に触れてみると、「位階」「役職」「世代」「名前検索」「所持スキル検索」といった選択項目が出てきた。試しに「世代」に触れてみると、ゴブリン1~10とゴブリン11~20に分けて表示された。どうやら、魔物を管理しやすく表示する機能のようだ。
そして、肝心のゴブリン単体のステータスを開いてみる。
名前 ゴブリン1
種族 ゴブリン
位階 1
役職 なし
世代 1
性別 ♀
<状態>
健康・妊娠
<特性>
・繁殖補正
・遺伝強化
<スキル>
なし
これがダンジョンブックによって生み出された初期状態である。弱い、としか言いようがない。
魔物である以上、同じくスキルを持ち合わせていない人間よりは、もちろん体力的に優れている。人間よりチンパンジーの方が小柄でも、チンパンジーの方が筋力は強い。それと同じようなイメージでいいだろう。
一般人男性が、武器と勇気と冷静さを合わせ持てば、なんとか勝てるくらいというのが、素の状態のゴブリンの戦力だ。
対して。妊娠状態でも、すでに魔物の一個体として認識されている、2世代のゴブリンのステータスが次のようになる。
名前 ゴブリン11
種族 ゴブリン
位階 1
役職 なし
世代 2
性別 ♂
<状態>
健康・胎児
<特性>
・繁殖補正
・遺伝強化
・鬼の血統
<スキル>
・成長強化10
・誘惑10
・偽装10
・連携9
・身体強化3
・再生強化1
・精神強化6
・視力強化4
・剣術5
・槍術5
・格闘術6
・射撃9
・威圧7
・統率8
・隠密2
・鑑定2
・長寿10
「なんじゃこのゴブリン、イカレとるじゃろ!」
スクナの目が飛び出さんばかりに見開かれた。孫市の服にぶら下がるように掴みかかる。
「なんじゃこれ、なんじゃこれ! こんなゴブリンいちゃいけないのじゃ! おかしいのじゃ! いきなり常識ぶっ壊してるのじゃ!」
「まさか丸々受け継ぐとは豪勢よな」
狙ってやったこととはいえ、流石に孫市もドン引きのステータスである。
揃っているステータスから考えて、射撃武器とショートソードでも持たせて数を揃えれば、十分に騎士団と殴り合えそうな感じになっている。
とはいえ、近接戦闘のスキルより、指揮系や射撃の方に重きを置かれているのは、ベースが孫市だからなのだろう。
スキルの数字は、1から10まである。
1は習得しただけ、という感じだ。弓矢であるならば、最低限前に向かって飛ばせるようになったくらい。
3にもなれば、一応使えるくらいになる。これも弓矢であるなら、おおよそ的を狙って飛ばせるくらいだ。
5で一人前で、7ならば熟練。8からは天才と呼ぶべき領域で、10に至っては神業と呼ばれる段階だ。
「剣も槍も一人前で、天才級の射撃能力。しかも偽装や誘惑が神業じゃろ!?」
そう。やり方によっては、捕捉できない暗殺者が誕生することだろう。神業クラスの偽装でそこらの看板なんかに化けて、弓矢を構えるスナイパー。恐ろしすぎる存在だ。何かしらの不意打ちを防ぐスキルを持っていないと厳しいに違いない。
「かっかっか。これで転生者を殺しやすくなったのは間違いあるまい」
「むしろ転生者がいなければ、こやつらだけで天下取れそうじゃの」
スクナは青い顔で答えた。
「うう、胃が痛くなってきたのじゃ」
「そんなところで朗報だ」
「なんじゃ」
「魔物育成機能を使うと、ゴブリンの胎児を成体にするのに必要なポイントは5ポイントらしい」
「ヒェッ」
スクナの呼吸が一瞬止まった。
ゴブリンはもともとは最弱クラスの魔物だ。つまり、ゴブリンの赤子を育てるのに必要なコストは低く設定されている。
放っておけばすぐに大きくなるのだから、本来は急いで育てる必要なんてない。どうしてもダンジョンの戦力が枯渇してしまったダンジョンマスターが、自然に繁殖している子どもも戦力に組み込むために使う、仕方なしの救済システムのようなものなのだ。
こんな化け物ゴブリンを育てる目的なんて、想定されていない。
スクナはちらりと孫市を見上げた。孫市はにっこりと微笑みを向ける。
「全て育ててみるか」
「にょおおおお」
スクナが甲高い悲鳴を上げた。
「無理無理無理! 世界壊れるのじゃ!」
「転生者は手強い。冒険者登録するときに、土魔術師のアレンとやらに出会ったのだがな。あれは易々と倒せる相手ではあるまいよ。これぐらいしても物足りんだろう」
「ぐ、ぐぬぬ」
転生者の理不尽なくらいの戦闘力を知っているスクナは、唸り声をあげてから黙り込んだ。考えているのだろう。意味不明な戦力を持ったゴブリンが増殖するリスクと、転生者がのさばるリスクを天秤にかけて。
「それに、制御の効かぬ転生者とは違い、ダンジョンの魔物は制御が効く。大混乱にはなるまい」
「その制御をしているおぬしが一番の不安要素なんじゃ」
そんなスクナの苦情もどこ吹く風。孫市は「そこは信じてもらわねばな」などと嘯いた。
もっとも、孫市はこれらのスキルと数だけでゴリ押して転生者を倒す気など毛頭ない。
転生者から偽装を使ってスキルを遺伝させ、さらには経験を積んで射撃スキルなどを伸ばしたゴブリンからの遺伝もさせることで、底上げも図っていくつもりだ。
孫市はポチポチとダンジョンブックを操作して、第2世代のゴブリンたちを一気に成体にしてしまった。
「よし。また第3世代がダンジョンブックに認識されるのを待つだけであるな」
「こんなこと、こんなことって」
その晩のスクナは、世界がゴブリンで埋め尽くされる夢を見たせいで、何度もうなされて起きたという。
ゴブリンチート、幕開けです。
筆者が15日まで、毎日11時間勤務の予定なので、多少更新頻度が下がるかもしれません。
移動や休憩の隙を見て頑張っていきますので、どうか暖かくお見守りくださると幸いです。




