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11発目

「胸倉を掴まれ、脅された故」


 孫市はひらひらと両手を挙げて振る。それはさも、自分が被害者だとでも言わんばかりの仕草だった。


「それに、ここでは名誉回復のための決闘が許されると、そこなお嬢さんに聞いたのでな。侮辱され、喧嘩を売られたのだ。喧嘩して悪いことでもあったか?」


「首を刎ねるなんてやりすぎだ」


「殺しがやり過ぎなどあるまい。なまじ生かせば火種になる」


 殺しは恨みの連鎖を作るが、生かした方が争いが続くこともままある。

 ここで見逃したホーキンが、仲間を集めて闇討ちや仕返しをしようとする可能性は否定できない。それに政争の舞台では、見逃した赤子が敵に担がれて、旗印にされることだって多々ある。


「お爺さんはどんな修羅場で生きてきたんだ?」


 アレンは呆れた顔をした。


「戦やまつりごとに身を置いていた時期があってな」


 孫市はあえてぼかすような言い方をした。

 相手は転生者。雑賀孫市という存在は決してメジャーではないが、完全にマイナーというほどでもない。歴史小説などには、重要な役どころでなくとも、多少なりとも出てきたりする。身バレは良くないと考えたのだ。


 現状、孫市の戦闘力で転生者を倒すのは難しいだろう。

 格闘術スキルは9あるので、この近距離で不意をつけば、目の前の転生者は倒せるかもしれない。が、このギルドには何人もの人がいる。一瞬で仕留められなければ、助勢されるだろう。そうなったときに、手が空いた魔術師を倒せるかは怪しいところだ。


「乱世だし、いろいろあるのかもなぁ。お爺さん結構強そうだし、軍の偉い人だったとか?」


「それなりの立場にあった、とは言っておこう」


 孫市は柔らかい声音を心がけて、答える。しかし、腹のうちでは、どうやって目の前の青年を料理してやろうかと、虎視眈々と考えていた。


「ま、こんな世の中じゃ答えたくないことだってあるよな。で、なんで喧嘩になったんだ?」


 アレンは孫市とホーキン両方に向かって訊ねた。


「そ、それは」


 ホーキンが焦りの混じった声を出す。アレンは溜息をついた。


「また、見かけない顔だからってダル絡みしたんだろ」


「うぐ」


「いい加減やめろって。今回みたいに、何があるかわかんないんだから」


「すまねえ」


 孫市の威圧で凍り付いていた空間は、いつの間にか弛緩していた。それに、場の流れのようなものも、アレンに支配されている。


「随分と信頼されているようだ」


「一応、これでもSランクでね」


 アレンは懐から小さなドッグタグのようなものを取り出した。金色のプレートに、Sの文字が浮き彫りにされている。

 冒険者ギルドではランク制を導入している。Gランクから始まり、Sランクが頂点に位置する。

 これらのランクに、例えば依頼を受ける際の厳密な明文化された制限などはない。ただ、実力や信頼度の証明であり、また緊急事態の指揮系統を組むときの参考にされたりする。

 ただ強いだけではSランクは得られない。ギルドから信頼された実力者で、依頼をしっかりこなして初めて得られる称号なのだ。


「ということで、冒険者同士のトラブルの仲裁なんかもすることが多いんだ。今回はホーキンから売った喧嘩だけど、ホーキンは痛い目を見たことだし、ここらで手打ちにしてくれないか?」


 孫市は顎に手を当てた。

 今回の喧嘩における大義名分は、名誉回復だ。ホーキンをボコボコにした以上は、名誉回復は成されたと言ってもいい。これ以上ゴネるのは、アレンを敵に回す可能性もある。


「あいわかった。ただ、頼みたいことがある」


「頼み?」


「冒険者登録をしたいのだが、年齢で受けてもらえなくてな。口添えをしてもらえないだろうか?」


「そんなことか。それで手打ちにしてくれるなら、こちらも願ったりだ」


 アレンはほっとしたように言うと、カウンターに手を置いた。孫市が剣を突き刺したことで穴の開いたカウンターが、硬質な石のような素材で覆われ、つるつるになる。流れていた血も覆い隠され、奇麗なカウンターになった。


 ――大規模なだけじゃなく、器用な使い方をするものだ。


 土だけではなく、石や金属を思い通りの形に作りだすことが出来るなら、汎用性は大きく広がることだろう。金属のトゲを生やすような攻撃なんかされたら、非常に手を焼くのが目に見えている。


 ――欲しいな、このスキル。


 孫市は内心で邪悪なことを考えながら、表面上は大人しく感謝の言葉を口にした。

 受付嬢が手続きを行い、孫市は冒険者である証になる、プレートを渡される。


「こちらがプレートになります。Gランクは木製ですので、取り扱いにはご注意ください」


 デザイン自体はアレンが見せたものと似ているが、材質は単なる木である。表面仕上げが雑なのか、ざらざらとした手触りだ。表面にGの文字が彫り込まれ、焼き印で『サイカ』の名前と、IDと思しき数字が印字されている。


「簡単な身分証の代わりにもなります。偽造した場合、ギルドなどで簡単にバレますのでご注意ください」


「ふむ?」


「鑑定の魔道具がありますので」


「なるほどな?」


 孫市はわかったようなわからないような表情をした。わからないことは持ち帰ってスクナに聞くことにしているのだ。


「なくしたら再発行には銀貨1枚必要ですので、扱いには十分お気をつけください」


「なかなかするのだな」


「ええ。そうでもしなければ、なくされる方がたくさんいましたので」


 どうやら昔の冒険者はよくなくしていたようだ。


「お金と一緒に失ったら大変だから、分けて管理している人が多いみたいだよ。鎧の内側に縫い付けるとか」


 アレンがアドバイスした。財布に入れると、スリにまとめて盗まれるなどした場合、再発行が難しくなり、次の依頼を受けられなくなってしまう。

 孫市が冒険者から奪った貴重品に入っていなかったのは、それが理由なのかもしれない。ダンジョンに戻ったら、冒険者プレートがないか装備を確認しようと、孫市は思った。


「これでサイカさんも冒険者の仲間だ。依頼で一緒になることもあるかもしれない。これからよろしく」


「よろしく頼む」


 ひとまずアレンとは穏便に済まし、孫市は冒険者としての身分証を無事に手に入れることが出来たのだった。

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