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10発目

 翌日のこと。孫市はサプレスの街に入っていた。

 門をくぐるのにこれといった難しい手続きはない。通行税を支払って終わりだ。

 今日の孫市の服装は、この世界の人間に合わせたデザインのものになっている。深緑色のズボンに、上は濃い茶色のシャツ。背には布袋と長巻を背負っている。


 孫市は堂々と衛兵に道を尋ね、冒険者ギルドに入った。

 冒険者ギルドは、4階建ての石造りの巨大建築だ。大きな扉が正面に開放されている。入ってみると、1階と2階部分が吹き抜けになっており、高級ホテルのロビーを思わせる広々とした空間になっていた。


 役所のようなカウンターが幾つも並んでおり、待合スペースと思しき場所には、椅子とテーブルが置かれて酒場のようになっている。

 暴力的な雰囲気を漂わせる者たちが小さな集団を幾つもつくり、和気藹々と酒を飲んでいた。


「ふむ、見事だ」


 孫市は口では褒めつつも、油断なく全体に視線を走らせる。

 冒険者とは何でも屋でこそあるが、傭兵としての側面が強い。孫市の記憶では、傭兵稼業というのは得てして収支がカツカツになりがちだ。

 それなのに、大規模な施設を運営し、大量の傭兵を抱えてなお健全な経営が出来ている。


 ――それだけ戦闘職の需要が高い。だけではあるまいな。恐らくは、下支えしている一次産業や二次産業も強靭な世界なのであろう。


 いずれにせよ、戦国時代での戦いの常識は一切通用しないだろう。豊富な物資、多数の戦闘員、強力な戦術兵器たる転生者。それこそ、米軍を相手取る感覚で挑むべき相手だと、孫市は冒険者ギルドを認定した。


「ご用件は?」


 カウンターで受付嬢の前に立つと、顔立ちの整った女性が事務的に問いかけてきた。


「冒険者として活動したい」


「冒険者登録ですね。失礼ですが、ご年齢は?」


「およそ60、と答えておこう」


 孫市の返事に、背後から笑い声が上がった。


「おい、あの爺さん冒険者登録したいってよ」


「ははは、依頼中にぽっくり逝っちまうんじゃねえの?」


「そんなことはないさ、移動中の馬車でもう死んでる」


 げらげらと下品な笑いが響いた。酒場スペースで飲んでいる冒険者の一団が、木のジョッキ片手に孫市を嘲笑っている。それを無視し、孫市は受付嬢に尋ねた。


「年齢制限はあるのか?」


「いえ、規則上はありませんが、依頼をこなせない方が登録し、繰り返し依頼に失敗した場合、ギルドに名に傷がつきますので」


「ほう。で、儂がそれにあたると?」


 受付嬢は答えなかった。その沈黙が、彼女の返事だと言ってもいい。


「諦めろよ爺さん」


「言ってやんなよ、どうせ食い詰めたんだろうよ。ドブ攫いの依頼でも出してやろうぜ」


「そりゃあお似合いだ。いい慈善活動だぜ」


 なおも冒険者たちは囃し立てた。


「では別件になるが、この都市とギルドでのルールについて聞きたくてな。ああいう奴らを殺した場合、どのような罰がある?」


 受付嬢は一瞬だけ驚きの表情を浮かべてから、鼻白んだ様子を見せる。


「そういうことを口にするのは避けた方がいいですよ。場合によっては侮辱行為とみなされ、名誉回復の決闘として、一方的にリンチされるだけです」


 受付嬢は、孫市が出来もしないことを格好つけて言ったと思ったらしい。軽蔑するような眼差しを向けた。


「おいおい爺さん、誰が俺たちを殺すって?」


 ある意味で、受付嬢の言葉は真実なのだろう。孫市の言葉を聞いた冒険者の一人が、にやにやと下卑た笑いを浮かべながら、孫市に向かって歩いてくる。


「やっちまえ、ホーキン!」


 野次馬の冒険者が囃し立てる。目の前で喧嘩になりそうな様子に、受付嬢は迷惑そうな顔をした。

 ホーキンと呼ばれた男は、よく鍛えられた体をしている。身長は孫市より少しばかり小さいが、肩幅は広い。腰には剣が吊るされている。前衛の戦士のようだ。


「デカけりゃハッタリがきくとでも思ったのか? ええ?」


 ホーキンは孫市の胸倉を掴む。孫市はちらりと目をやり、溜め息をついた。

 太い腕を掴んで捩じり上げ、ホーキンの頭をカウンターに叩き付ける。ごつ、と鈍い音がした。さらに、ホーキンの腰の剣を抜くと、肩に突き刺し、カウンターに縫い付ける。


 受付嬢の目の前に、真っ赤な水溜まりがじわじわと広がっていく。

 孫市は背中から長巻をずらりと抜き、上段に振りかぶった。


「冥途の土産に教えてやろう。威嚇とは、争いを避けるためにある。争いが起きてからするものではない」


 その姿はまるで処刑人のようで。ホーキンの運命を、見ている全員に予感させた。


「お、お待ちください」


 受付嬢が顔を真っ青にしながら、孫市を止める。


「何故?」


 孫市は不思議そうに問う。もはや、彼の中で目の前のホーキンという冒険者を殺すのは確定事項のようだ。


「他の冒険者を殺傷するのは禁止されています!」


「これは名誉回復のための決闘である。違うか?」


「そ、そうだとしてもやり過ぎですよ!」


「はて。不思議なことを申すな。それは貴様が、儂の名誉はこやつの命より軽いと言った、ということか。ならば、儂は名誉回復のために、貴様も殺さねばなるまいよ」


 哀れ。受付嬢はこれ以上ないくらい血の気の引いた顔で、震えながら孫市を見上げた。うっすらと、アンモニアの臭いが孫市の鼻に入る。

 先ほどまで囃し立てていた冒険者たちも、孫市の威圧に言葉も出せずに立ち尽くしていた。


 合計8。これが、孫市が持つ威圧スキルだ。

 その効果は絶大で、自分より力のない者の動きを、広範囲に渡って止めることが出来る。孫市はまさに、恐怖をばら撒く台風の目となっていた。


「う、ゆ、ゆるしてくれ、おれがわるかった」


 ホーキンは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、弱弱しく謝罪する。


「そうか。貴様が悪いのか」


「は、はい」


「ならば死で償うしかあるまいな」


 長巻が振り下ろされ。ガキンと甲高い音が鳴った。ホーキンの首筋を守るように、金属の首輪のようなものが、カウンターから生えている。


「やりすぎだ」


 防がれた長巻を肩に担ぎ、孫市は声の方を振り返った。

 茶髪の若い男だ。目にかかりそうな長い前髪で、ローブに隠れているが体の線は細い。


「魔法使いか」


 そう言いつつ、孫市は若い男に心当たりがあった。


 ――早速、転生者に出会ったか。


 転生する前に、スクナが見せた映像で、巨大な土の壁を作り出していた魔法使いだ。


「魔術師、かな。とりあえず、その物騒な刃物をしまってくれないか?」


 孫市は素直に長巻を鞘に納めた。


「魔法使いと魔術師、どう違うのだ?」


「自然現象として力を発揮するのが魔法使い、学術的に捉えて使うのが魔術師ってところだ」


「ふむ?」


「それはそうとして、治療しないと」


 魔術師の青年は油断なく孫市の方を見ながら、ホーキンに近寄り、首輪のようなものを解除する。肩に刺さっている剣を引き抜くと、どこからともなく取り出した小瓶から、緑の液体を傷口にかけた。みるみるうちに血が止まり、傷口が再生されて治療される。


「す、すまねえ、アレン」


「構わない。で、そこのお爺さん。どうしてこんなことをしたんだ?」


 土属性魔術師アレン。転生者が、ついに孫市と対峙した。

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