秘めた恋をするだけの平凡な娘ですが、
ファンタジー世界ではありますが、ファンタジー要素が圧倒的に少ないです。
一部、裏表現を思わせますが、そこまでの詳細はありません(念のためR15表記ついてます)
私には、何の力もありません。
強い魔力があって、魔法が使えるわけでもありません。
精霊や動物と言葉を交わすことも、心を通わせることだってできません。
腕っぷしが強くて、剣や弓を扱う筋力も技術も体力もありません。
知識に長けて、それを使い熟せる程、頭の回転がいいわけでもありません。
そして、名のある権力や強大な財力があるわけでもありません。
どこにでもいる普通の村で生まれ、普通に過ごしてきただけですが、今は反乱軍に属しています。
戦力の一人ではなく、裏方です。
***
私は、クラウディーナ=フォルド。グランべーダ大陸の西方に位置するリア王国の王都から遠く南方側に位置する、温暖な気候に包まれた小さなシノ村に住んでいる娘です。
リア王国は近年、サザリア国王による為政で酷く荒れております。
近隣諸国へ戦争を仕掛け、若い男は徴収され、戦時の為にと貴族平民関係なく増税を課され、払えない者は奴隷へと身を落とすか犯罪へと堕ちるーー元は賢王と噂されていただけに疑問ではありますが、既に治世は荒れています。
国王に何があったのかは知りませんが、現在は愚王に他なりません。不敬という認識は既に生命を脅かされている現状、二の次となります。
そんな中、とある一人の青年が反乱軍を隆起しました。
彼はユーレリウス。子爵家の嫡子である彼は国王を諫めようと進言した父親を不敬罪で殺されたことによって家を出奔し、反乱の為の仲間を集めた男です。家を捨てたため苗字はありません。
そんな私と彼との縁を簡潔にまとめると、彼が昔、父親と共に領地を訪れる途中に休憩した村で、たまたま一緒に遊んだ。それだけの繋がりです。
彼の父親が治めていた領地でもなく、行き来して僅かな休憩の為にと訪れた彼にとっては暇つぶし程度のものでしょう。
けれど、そんな僅かな縁でも、家を捨てて反乱を隆起する仲間を集めていると彼は話してくれました。
反乱を行うにしろ戦力となる仲間は勿論、装備や設備も必要です。小さな村ですから満足に戦えるような男出は既に王都に兵として徴収されており、それでも彼が期待したのは、微々たる協力でした。
村の皆は徴収された夫や息子たちの安否、そして不作続きの現状に追い打ちをかけるような増税の圧制が少しでも良くなるならと進んで協力の意を示しました。
例え愚王と噂されても王は王です。反逆罪として捕縛されかねない重要な事を何の力もない私にも話してくれたことで、私は正直、浮かれていました。
そして、私も出来るならば協力したい、と彼に申し出ました。
戦力として期待できないのならば、せめて裏方として。もちろん危険であることは承知ですが、私でも出来ることが僅かにもあるならばと動きたい意志はあったのです。
「……ありがとう。ディア」
ユーレリウスの疲労を滲ませながらも僅かに綻ぶ笑顔に、私はこの選択に後悔などないと思っていました。
子供時代の、ほんの僅かな間だけでも、私は彼のことが好きだったのです。
身分的に釣り合わないことは重々自覚していましたが、それでも彼が村に寄る僅かな時間はとても愛おしく、今も素敵な私の記憶として大切に刻んでいます。
だから、彼についていくことを決めたとき、下心が全くないとは言いきれませんでした。
貴族の位を捨てた今の彼の方が昔よりもっと近くに感じたのです。
そして彼に連れられ、各地で声をかけた仲間たちとの顔合わせを行いたいと、村から離れた町の、反乱軍の仮拠点として借りている屋敷へ向かいました。
そうして彼の目的に賛同して集った面々を見て、いかに私の身の丈が、矮小なものかを思い知らされました。
シノ村は自他ともに認める田舎です。そんな田舎出身の私でさえ名前や二つ名を知る豪傑たちが集っていたのです。
高名な魔導士、剛腕の剣士、博識な智将、麗人の貴族、美貌の傭兵、神殿の聖女等ーー彼が仲間として認めた、彼が求めるものをそれぞれ備えた者たちが集う中、私はすっかり委縮してしまいました。何の力もない私に出来る事のは、あくまで裏方ですから。
もちろん大勢が集う以上、力以外にも必要なことだとはわかりますーーが、それが"私自身"でなければならない理由はありません。私のそれは、私以外も可能な仕事であり、単に人手が不足しているから誘われたというだけです。
ましてや、ユーレリウスと古く深く親しいと言われれば、そうとも言えません。互いに知り合いと呼べる程度の間柄でしょう。
そんな私は、ユーレリウスの直属の従者や小間使いですらない為、今後の戦略的な会議では用無しです。せいぜい会議で決まった内容を後から確認する程度でしか直に話す用はありません。
それでも、見えないところでも彼の役に立てるのなら、私は私に出来ることをしようと決めました。
皆の食事の用意、衣類や防具の小まめな修繕や洗濯、移動用の馬の世話といった裏方仕事に精いっぱい励みました。誘われたとはいえ自分自身で決めたことですから。
それでも……ほんの少し期待をしていた自分がいたことは否めません。
ただ、今まで見えなかったものが見えただけです。
ユーレリウスには人を惹きつける力があります。それはきっと彼が生まれながらに人をまとめる素質を持つ者だからでしょう。
勿論、本人の気さくな人柄も功を奏したからこそ、多くの人材が彼の元に集ったのもあると思います。
反乱が成功すれば自然と彼が次代の王として率いるのだと皆は疑っていないのでしょう。彼自身は父親の仇を取りたい気持ちが大きく、王座を目指す気持ちは薄いようですが、まとめ役は必須です。
そして将来、彼の隣には彼を支える女性が並ぶのでしょう。
私ではない、誰かが。
***
「ははっ、ユーリ!突きが浅いぞ!?もっと斬りこんでこい!」
剣豪の一人、槍使いのガイアが、ユーレリウスと打ち合いを行っています。
軍議、食事や睡眠以外の自由時間があれば、彼は手の空いた者たちと打ち合いを好みます。自身の力量を高める目的もあるでしょうが、彼は昔から身体を動かすことが好きなので気も紛れるのでしょう。
背が高く、しなやかで鍛えられた体躯を持つガイアは野性的な女戦士です。
愛用の槍のように一本気で、竹を割ったような性格の彼女は戦場では彼と背中合わせで戦うことも多いようです。力量と信頼がなければ到底、彼は背中を預けることはできません。
「あいつと一緒だと戦いやすいんだよ。勝手だけど相棒だって思ってる!へへっ」
屈託なく笑いながら彼を語るガイアは、とても楽しそうです。
***
「ユーレリウス様。傷を確認させていただけますか?」
王都の神殿で神の宣託を受ける巫女を務めていたシェリスが、いの一番に戦場帰りのユーレリウスへと駆け寄りました。
魔力が高く白魔導の使い手である彼女は、死者でなければどんな深い傷も癒せる力を有しており、儚げな容貌も相まって『聖女』とも呼ばれています。
白魔導は魔力の有無に限らず自身の生命力さえも補う術が多く、乱発すれば自身の寿命を縮める恐ろしい魔法でもありますが、彼女はそれを気にすることもないようにユーレリウスの傷を癒すだけでなく、他の戦士たちへも手当を施す手を停めません。見返りを何一つ求めない献身っぷりには思わず周囲が心配する程ですが、己の限界をぎりぎりまで把握しながらも彼女は何事もなかったよう微笑むのです。
「神殿の奥では信託のみが私の全てでした。ですが、私が彼に同行したのは神の信託ではなく、私自身の意志です。彼の為にも、私は、私に可能な限り助力することをお約束したのです」
聖女と呼ばれ神殿の奥で燻っていた頃とは大違いですーーと、様々な過去を振り切って、今を選んだ事を語る彼女のそれに、後悔や迷いは全く感じられませんでした。
***
「ユーリ君。少しいいかな?先程の内容だが、少し変更を加えたい」
怜悧な容貌の魔導士オルレアが地図と魔導書を片手にユーレリウスを呼び止めました。彼女もユーレリウスと同じく元貴族でしたが、サザリア王に与する家の方針に逆い、勘当されました。魔法の研究に勤しみ、国のお抱え魔導士になる程の実力を持つ彼女はユーレリウスとも古くからの付き合いがあります。知的で冷静な彼女は堂々と理に適った意見を述べ、よりよい結果を生み出すべく情報収集や分析を欠かしません。
それは、裏方の私たちにも同じことです。
「君たちの仕事は兵士たちの鋭気を養うに欠かせないのだからね。足りないものがあれば遠慮なく言いなさい。私は、ユーリの参謀として彼が全力を尽くせるよう動くだけさ」
これも全て国と"彼"の為にーーと、愚王を諫めきれなかった悔恨からか、昔馴染みの力になる為かは分かりませんが、彼を見つめるオルレアの視線はとても優しいものでした。
***
「ユーリ!ついに公爵閣下が応じてくださったわ!これで更に戦力が増えたわよ!」
輝く甲冑に身を包んだ美貌の女騎士が弾けんばかりの笑顔を浮かべてユーレリウスへと抱き着きました。サザリア王に攻め込まれ滅ぼされた元隣国ネオデールの王女ローザリンデ様です。生き残った王族は交渉もしくは見せしめとして、兵や将以上に優先的に捕獲されます。捉えられ、人質として王城に送還される前に反乱軍が救出しました。王女様ですが、とても活動的な方で、女騎士として自ら部隊を率いる程の力量と経験をお持ちです。
「祖国復興の為にも、この戦いは勝利以外、認めなくってよ。そして勝利の暁には……きゃ~~~っ!」
ローザリンデ様曰く、救出に現れたユーレリウスとの出会いは運命だったと。
誰が見ても分かってしまうくらい彼女は彼に対して真っすぐで全力な好意と、少々夢見、コホン、乙女心をお持ちな方です。
あくまで仲間の一人としての態度を取っている彼ですが、彼女の気持ちは理解しているようです。
***
次第に集まる仲間たち、すなわち彼の周囲にも頼れる人々が増えるということです。
実戦力、魔力、知識力、情報力、立場等で直接、彼を支えることが出来る人々が。
そんな彼らと一介の裏方の私とでは、もはや比べることすら烏滸がましいです。
遠目で見れば、いつも彼の傍らには誰かがいるーーきっと、彼女たちの誰かが新たな后となってもおかしくないでしょう。
また、私と同様の裏方の立場でも彼に憧れている女性は少なからず存在しますし、浅はかな想いを抱く女性も勿論います。
隣で共に食事の支度をしている彼女、マティもその一人です。
彼女はたった一人の肉親である兄を戦争で失い、孤児院で世話になっていたところを勧誘されました。挨拶時以外で話しかけようとしても周囲の美姫たちを目にすると自然と諦めがつくらしいです。
「もうすぐ王都なんだね。いよいよかぁ……皆、無事だといいなぁ」
「そうですね」
サザリア王の治世になってから困窮する村や町が増え、食い扶持を稼ぐために王都へ出稼ぎに向かうも、その道中に盗賊に落ちぶれた連中が襲い掛かることも増えました。そういった者たちも彼らは仲間として引き入れながらの行進だったため、戦力を増しつつもいよいよ国王が住まう王都進軍が目前となりました。
小競り合いは少なからずあったものの、より目的が近くなったからでしょうか、どこもピリピリとした空気が張っています。
「ね?戦争が終わったらさ、ディーナはどうする?やっぱり家に帰る?」
「そう、ですね。戻るとは思いますが……もし私に出来ることがまだあるなら、それを手伝いたいとは思ってます」
「そっかー、まあアタシも戻っても無駄に食い扶持増やすだけだから、こっちで働けるなら稼いで仕送りかな。王城とか、もし下っ端でもいいから働けたらいいなあっ、王城ってだけで箔がつくもんねっ」
「ふふ、そうですね」
誰もが想像する未来図だけれど、彼の未来図に、きっと私はいないでしょう。
いたとしても、きっとーー
……まだ、戦争が終わったわけではありません。
これは反乱軍が勝利した場合の都合の良い想像に他ならないのですから。私は被りを振って目の前の作業に集中しました。
***
魔が差した、というのは本当に唐突なものです。
食料の在庫を確認する時、彼の好物である果実を目にして思わず手に取りました。昔、彼が訪れた時、シノ村の数少ない名産の果実を差し出して共に食べた思い出があります。
近づいてくる本戦を控え、早めに休む者、自主練する者と様々です。ユーレリウスはどうしているでしょうか。同じ反乱軍に属するとはいえ立場がありますし、殆ど言葉を交わしていません。
もし反乱が失敗に終わるようなことになれば、発起人であり中心人物である彼は確実に処刑されます。最悪の結果を招きかねない事態を回避するために皆が奔走しているのは承知の上です。
だからーー少しでも景気付けでしょうか。私なりの激励と想いを込めたいと、小さな果実を手に祈るような気持ちを抱いた私は衝動的に、作戦会議用にと集められる大きなテントへと向かいました。
他にもいるであろう彼の仲間たちの分も添えて。
「……?」
仲間たちが集うテント内に彼の姿はありませんでした。少し一人にしてほしいと言伝を残して出ていった後のようです。
皆さんに差し入れです、と持ってきた果実をその場の彼らに渡し、私も早々に去りました。
少し残念な気持ちを抱えて、大きく回り道して戻ろうと足を向けました。野営の明かりがギリギリ届く位置に大きな木があります。何か実が実っているような気がして近寄れば、反対側の木の根元に今まで探していた彼の姿がありました。
「!?」
見られないよう木の陰に背を預けて空を見上げた状態で眠っているようです。
驚き、思わず声をかけようとしましたが、休んでいるのに起こすのは流石にやめた方がと自身を諫めます。
ただ、誰もいない、一人だけの彼の姿を見たのはいつ以来でしょうか。
ほんの少しだけーー欲が出ました。
僅かでもいいから、目が覚めて言葉を交わせるかもしれない小さな望みを抱き、私も彼の隣に腰を下ろしました。
自分用にと、こっそり一つだけ残した果実を隣に置いて。
「………」
自分の心臓の音が酷く五月蠅いと思うのは気のせいでしょうか。
自然と頬に熱が溜まるのは仕方のないことでしょうか。
わずかに香るアルコールのそれに少し吞んで寝てしまったのだと気づけば、自然と苦笑が浮かびます。彼はそこまでお酒が強い方ではないのです。
このまま放っておいても良いのですが、流石に一晩経っては周囲が騒ぐことは必須です。もう少し寝顔を堪能したい欲を抑え、ゆっくりと手を近づけた時です。
「ーーィア……」
思わず近づけた手を停めます。聞き違いかどうかは分かりませんが、自身を呼ぶ愛称のそれだと思ったのは都合が良すぎるというものでしょうか。
叶わないからと諦めることで、離れることで自制してきました。現実を直視し、またされる事を恐れて達観したつもりでした。
それなのに、無防備な彼の隣にある今、萎んでいた思いが急速に浮き上がることを、どうか今だけは見逃してもらえないでしょうか。
ーー横たわる彼の顔に自らのそれを近づけ、軽く唇を重ねました。
ほんの少しの触れ合いだけで良かったのです。
私だけの消えない思い出として深く心に刻みつけておきたいと、それだけで。
そんな私の行動を、女神が後押ししたのかは分かりませんが、突然、ユーレリウスが寝返りを打ったのです。
避けて離れる間もなく、私は彼に抱え込まれるよう横たわる姿勢になりました。あまりにも予期せぬ状態に、もしや起きているのではと、焦燥、羞恥、そして仄かな歓喜がありました。
しかし、彼に目覚めた様子はありません。ただ寝ぼけているのか、まるで抱き枕のように腕を密着させ擦り寄ります。普段は見られない子供のような動きに自然と口角が上がりました。
赦されるならば、このままでいたいと願ったのは自然な想いでしょう。
意識のない相手に向けるには卑怯な行いかもしれませんが、それでも私にとっては千載一遇の機会です。
「……ユリウス、様」
親しみと呼びやすさを込めて皆は「ユーリ」と呼びますが、私は彼を別の呼称で呼んでいます。同じ空間にいながら呼びたくても呼べない、私だけが持つ愛称です。抱きしめる力が強くなったと思うのは気のせいでしょうか。それでも良いのです。何も持たない身であると承知しています。決してこれ以上の深入りはしません。
けれど、神さまだってーー微睡んで、欠伸して、ふとしたことを見逃してしまうことだって、ありえるでしょう?
「ーーユリウス様……ユリウス様……大好き、です……」
何度も、愛しい名を呼びました。
その度に、逞しく大きな手に触れられました。
夢だと思われているかもしれませんし、そうではないかもしれません。
だから、その腕が、指が、直に肌を触れても拒みませんでした。
体中を駆け巡る初めての感覚に、漏れそうになる悲鳴を耐えて押し殺します。
ひと時でも触れ合えた喜びと、遠くない未来で訪れる別れに向けての哀愁が混じりあい、身体の痛みも相まって、涙が止めどなく流れます。
それでも見上げた星は、とても美しく輝いていたように思いました。
***
いよいよ王都にやってきました。もう後には引き返せない状況まで来ており、今まで以上に緊張感が漂います。
最終決戦の始まりだと、総大将である彼は軍を鼓舞するよう最前線に出ております。私は、あの夜を過ぎてから全く顔を見ていません。
既に戦争は始まりました。王都内の被害を最小に、王のみを捕縛する短期決戦に持ち込みます。王都内の住民にも被害がないよう既に手をまわしているようですが、それでも予定外の事は発生します。
王都は混乱を極めており、逃げ遅れた市民や、戦いのどさくさに紛れて盗みを働こうとする者など、戦に慣れない非戦闘民からすれば混沌としておりました。
私は足りなくなる備品ーー少し特殊な物になる為、それを補充するべく、危険ではありますが、王都内へ向かっておりました。
サザリア王は多くの民から恨みを買っておりましたが、元々、優秀な戦績を上げていた御方であり、兵士からは少なからず人望がありました。王命で逆らえない兵士たちだとしても、いつか目を覚ますと信じている者が多いようです。
そんな兵たちを前に私が出来ることはありません。
そうーー
「反乱軍の仲間だな!?」
「ちっ、違います!!助け、ああーーー!!」
無関係の筈の民が鋭い刃の餌食となるのを見なかったことにするのです。
私には戦う力はありません。見つかれば私も問答無用で殺されるでしょう。
正直、怖くて、怖くてたまりません。
早く逃げ出したいと思う反面、もっと危険な城内へと突撃した彼らは無事なのかと不安ばかりが押し寄せます。
「きゃあああああっ!!!!」
「ぐあっ!」
悲鳴が上がり、思わずそちらへと振り向きますーーすると、倒れたのは兵士の方でした。
逃げそびれた親子を助けたようで、彼らは助けてくれた少女に礼を言ってそのまま立ち去ります。くるりと振り返ったその容貌は知った顔でした。
「あれ?アンタ、手伝いの奴じゃん。何でこんなところに?」
彼女はヨルダ。元々王族に使える諜報部隊でしたが、サザリア王を見限り、ユーレリウス側についた方です。情報収集の腕と身軽さ、そして培われた暗殺の腕を見込まれた彼女の腕を彼も重宝しております。
「すみません。た、足りない薬を取ってこようと……」
「そう。この辺りは大体片付けたからさっさと行けば?送りたいけど、そんな余裕ないの」
「は、はい。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「ふん」
そう言って彼女は早々に踵を返して、その場から離れました。
こんな時、いつも感じます。
もっと、体力が、筋力が、魔力が、知識が、賢さが、人望が、権力が、財力がーー自分にはないモノと力が、あればーー
「たられば」ばかりでも、ないものねだりなだけで現実は全く変わりません。自分の境遇に不満はありませんし、両親には愛されて育った自覚があるだけ、私はとても幸せだと思います。
けれど、無力な事実には変わりなく、心の中だけでも求めてしまいがちになります。
そんな中を掻い潜り、ようやく薬を買うことが出来ました。戦争中でも開いているお店に感謝します。探すうちに大分、王城の裏手側に近い場所にいることに気が付きました。
逃走を防ぐ為にも反乱軍が王城を囲んでいるのですが、兵士と反乱軍との小競り合いを避ける事、そして初めての場所で土地勘がないため、何故か陣営地とは逆に王城の敷地内へと迷い込んでしまったようです。
困りました。迎えに来てもらうような連絡の術を持ちませんし、あったとしてもここが何処だか分かりません。
捕まって殺されるようなことがないよう、そればかりで隠れながら移動した弊害もあるでしょうが、自身の浅はかさに涙が出そうです。
「……え?」
すると、壁の一部が崩れて、中から人が現れました。
元々隠し通路になっていたのでしょう、ドアのような形をしたそれはとても大柄で立派な体躯の男性でした。上から下まで血が付着しているとはいえ、立派な甲冑を着込んだそれに、さぞ名のある将か爵位の方であると察します。
彼はかなりの重傷を負っています。片膝をつき、倒れそうになるそれに思わず私は駆けだしました。
既に城内は事切れた死体が連なっておりますが、生きているなら希望はあります。敵兵でも怪我人を手当てしない理由にはなりません。
すると、一人の年若い兵士が現れました。彼の部下らしい青年は私を見て若干、警戒しておりましたが、一人で気絶寸前の重傷者を運ぶには手が足りないと悟ったようで、二人がかりで抱えて移動しました。
彼は誰で、どこへ向かおうとしているのかは分かりませんが、放っておくわけにもいかず、そのまま共に向かいました。
思えばこの時、彼を助けるか、それとも放っておくかが、私の人生の岐路だったのでしょう。
***
その後、反乱は大成功を収めました。サザリア国王は首を刎ねられ、ユーレリウスが新たな王になりました。
沸き上がる歓声を他所に、私は王城から少し離れた小屋の一室にて、ベッドで横たわる男性の治療を手伝っておりました。
彼はダレス=ルーンベルト。故サザリア国王の親衛隊長を務めていた方で、なんとユーレリウスの兄弟子でもある方です。
サザリア国王に対して最後まで忠義を尽くした数少ない将の一人である彼ですが、どうやら中盤でユーレリウスと一騎打ちの末、潔く負けを認め、自害にとバルコニーから飛び降りたようです。
それがどうして壁から出てくることになるのか分かりませんが、王宮には襲撃の際、脱出用の仕掛けが施されているらしく、たまたまそれに引っかかったのだろうと、一緒に運んだあの時の青年が説明してくれました。ちなみに彼はダレスの部下でグレンといいます。
さて、なし崩しにここまで共に彼を連れてきて手当したは良いものの、私はどうすればよいでしょうか。
実は反乱が終わってめでたし、めでたしとは言えないのです。
その後の後処理も同じくらい大変なものになります。
今回の反乱に応じて、敵側として戦った元サザリア国王側に与した貴族に対する罰則ーー勝てば官軍、負ければ賊軍とはよく言ったものですーーを定めることで周辺諸国への示しと、反乱軍側の協力者たちへの報奨も決めなくてはなりませんし、戦争で破壊された街の復興もあります。中央ばかりに構うばかりではなく各領地や街の整備や警備といった通常の仕事も必要ですから、それをいかに維持して復興するかーー新王を中心に、責を負う彼らの腕の見せ所です。
そんな中、元国王側に与しておりましたダレスは、落ちた場所での死体が発見されなかった為、行方不明の扱いです。元国王側の将というのは間違いないため、敗残兵として発見次第、処刑が決まりました。
当然の処置と言われればそうなのでしょうが、私は素直に頷けませんでした。どんな形であれ私も関わって彼の延命にと力を貸したのですから。
師を同じとする繋がりがあるユーレリウスも苦渋の決断であったと思います。彼には彼が無事であると密かに明かしたいと思いますが、終戦直後で多忙な彼に対し、近づくのは容易ではありません。私はあくまで裏方ですからーー結局、言えず仕舞いです。
………勝利したことで、より周囲の女性たちのアプローチが活性化しており、要らぬ勘繰りをされるのを避ける為ではありません……多分。
ダレスは「さっさと話して処分でもなんでもすればいい」と口にする度、部下のグレン、そして私に叱られております。
***
戦後の混乱に乗じてというのも言葉は悪いですが、人手が足りないのも事実な為、私は王城で下働きをしています。
ユーレリウスは元々が貴族の出ということもあり、反乱軍を導き愚王を倒した英雄として、あちこちの貴族から婚姻の申し出が来ているようです。
彼が家を出て、何の身分も持たない身となった時は何の助力もなかったくせに、綺麗なまでの手のひら返しには呆れを通り越して感心します。とはいえ、いつまでも独身でいるのも難しいでしょう。
私は城で働く傍ら、ダレスの怪我の具合の確認も兼ねて彼の元へ通うようになりました。顔が割れている為、あまり城下を出歩けない分、私が持ってくる薬や情報は重宝するようです。
ダレスは順調に回復しているので、この分なら一人で出歩くこともそう遠くはないでしょう。
ただ、私は逆に不調を感じることが多くなってきました。
戦争が終わったという緊張が解けて体調を崩しやすくなった話は少なからずありますが、私は目に見えて大きな怪我などしていませんし、健康体だと自負があります。
けれど、思い当たる節はありますーーお腹に、小さな命が宿ったのではと。
日が経過するたびに、その考えは、やがて確信へと至ります。
この事実を、ユーレリウスへと告げるか否か私は迷いました。
彼にはまだ決まった相手はいませんし、お腹の子は彼の子供に違いはありません。父親として知る義務はある筈です。
ですがーー
「ねえ聞いた?マルブラン公爵が王様に自分の娘を紹介するみたいよ。ちょっと見たけど、とっても美人だったわ」
「えー?でも貴族なら私はオルレア様を推すわね。あの方ならしっかりしてそうだし」
「ローザリンデ様、以前よりも結婚の話題を出すのが増えたよね。亡国でもやっぱり他国への影響を考えたらその方がいいのかしら。ネオデール王家ってとても古い血筋だし」
「いや、聖女シェリス様と婚姻する方が亡国の姫よりも周辺諸国の影響力は強いと思うがな。まあ本人にその気があればだけど」
「いざとなれば側室という手もあるけれど、彼はそこまで器用ではないだろう。未だって復興中心でそういった話は二の次みたいだし」
「なら誰が后になるか賭けるか?俺は大穴でガイアだな!」
城内での噂話を耳にする度に、胸が痛みます。
こんな状況の中、果たして彼の子供を身籠った信じる人はいるのでしょうか。少なくとも、ただの下働きの女の妄言としてみなされる可能性が高いでしょう。
そもそも寝ぼけていて彼自身が覚えてない可能性が高い以上、告げる事のデメリットの方が大きいように思います。いえ、大きいでしょう。
それ以前に、告げたところで私自身、何も持たない身であることに変わりないのです。仮に后に据えられても、隣に立てる技量も器量もなく、知識もマナーも足りません。それ以前に、大勢の民の命を担う立場に対する覚悟がありません。
私以上に、彼の為にと力になれる彼女たちに比べて、私が出来る事はほんの僅かです。それすらも私ではない誰かでも代用できる程度のこと。
でも、この子はーー私が、必ず生みます。生みたいんです。
それだけは、私でなければ出来ないことなのです。
だからーー私は決めました。
誰にも告げずに、この子を産んで、育てることを。
***
勇気を出して、故郷に戻ることを直接、彼へと伝えました。
あの夜以降、まともに顔を見て声を交わしたのは随分と久しいです。気持ちを固めると、浮かびそうになる涙も抑えられる気がしましたが、きっと後で沢山泣くと思いますので、その時まで取っておきます。
告げた時の彼の表情は何というのでしょう。無関心でもなく歓喜でもなく、寝耳に水の事だったのか、とても驚いたようです。
引き留められることはありませんでしたが、気落ちしたような表情のそれに、このまま残り、子供の存在を告白したい気持ちを必死で抑えます。
いつか、落ち着いたら、また昔のようにシノ村に訪れるかもしれませんし、そんな日は二度と来ないかもしれません。
今生の別れとなるかもしれないこの時ーー私は、きっと、綺麗に笑えてたと思います。
***
そうして私は生まれ故郷のシノ村へと数年ぶりに戻ってきました。回復したダレスとグレンを連れて。
ダレスは最後まで抵抗していましたが、私も負けじと説得しました。助けた彼がみすみす処刑されるのも嫌でしたし、移動時の男手が欲しかったのもあります。ちなみにグレンは最初から、むしろ積極的に賛成してくれました。
やがて私は、ユーレリウスに似た元気な男の子を出産しました。
さらに、村へと戻ってから何かと妊婦である私の世話を焼き、ユリアスと名付けた息子が生まれてからも甲斐甲斐しく世話をするダレスと結婚し、私たちは正式に夫婦となりました。
ダレスとの間に娘も出来て、子供たちもすくすくと成長し、ユリアスが剣の修行の為に王都に行きたいと言い出すのは、また別のお話です……
了