シンデレラへのサプライズ 4
大志くんと二人で?
切なかった気持ちがクルンとひっくり返されて、急にすごくドキドキした。
みんなが側で歩き回ったり喋ったりしているのに大志くん困るよ、耳が赤くなっていそう。
「ダメじゃない、です」焦りながら小さい声で答えた。
「じゃあ連絡するから後で、ね」
足元がフワフワしてかろうじてうなづいた時「瑠衣、日比野さんが呼んでるよ」と絵菜の声がした。
「もう行くぞ、江島瑠衣。早く来い」
河原の土手の上から日比野が腰に両手を当てて、そう呼んでいた。
日比野さん、何かのコーチみたい。
早く行かなきゃ怒られそうでやっぱりちょっと怖い。
大志がくれた言葉の余韻をたたみ込んで、皆んなに挨拶をした瑠衣が急いで土手を駆け上ると、見覚えのあるブルーのスポーツカーがエンジンを掛けた状態で停められていた。
こんな車だったんだ。
コンビニ前で見たあの夜にはわからなかった。
こうして昼間に見る日比野の車はとても形が美しく、フロントにはフォークみたいな形の変わったエンブレムがついている。
左後部座席のドアを開けてくれた日比野は「後ろに乗って。飛ばすぞ。ちゃんとベルトしろよ」と言った。
左ハンドルで、乗り込むと中は黒革のシートにブルーのステッチがかかっていて、ダッシュボードも独特な紺色っぽい色で上品な感じがする。
そうだ、あの日は雨が降ったからパトカーが来るまで少しの間、大志くんと乗せてもらったっけ。
「何時までに着けばいいの?」
「十七時までに店に入れたらいいんですけど。あ、でもこのままの格好では無理なので、家に着替えに戻らなきゃです」
「家から店まではどのくらい?」
「タクシーを呼んで、きっと二十分くらい」
「ふうん。家はどこ」
家バレしちゃう、恥ずかしいけどでもこの際仕方ない。住所を言うと日比野はカーナビを操作した。
「着替えるのにそんなに時間取らないだろ。家に寄って、そこから店まで送ってやるよ」
「え、いいんですか」
「いいも何も早く仕事に行かなきゃだろ」
そのやり取りの合間にもう車は高速道路の入り口に向かって走り出して、サングラスを掛けた日比野は運転席から話しかけてきた。
「あんた、高校卒業して就職したのか」
「はい。アパレルなんです」
「アパレル大変だろ、偉いな。俺も早く社会に出たかったけど大学行けって言われたしな」
「うちは本当に貧乏だったし、私はそんなに勉強できないから。でも接客の仕事も洋服も好きだから楽しいです」
「あんたいい子だな。上司に可愛がられるだろ」
まっすぐにそう褒められると照れ臭い。
「さあ、まだ一年目だし。日比野さんはどんなお仕事してるんですか」
「俺は不動産屋というか都市開発関係」
「開発ってT地区の再開発みたいな?」
「そう。今それやってるよ、T地区の」
新しく生まれ変わっている街の風景と、間も無く考えなくてはいけない引越しのことを瑠衣は思った。
高速道路に入ると車はスピードを上げエンジンがひときわ高く唸った。
それは勇ましく感じる音で、車窓の景色が急激にどんどん後ろに飛んで行く。
すごく速い。
こんなスピード、今まで体験したことがない。
自分が誰にも捉まえられない強く足の速い動物か、風になったみたいな気がする。
家にはお金がなかったので修学旅行には行けなかったし、新幹線や飛行機を使う旅行も、まだ経験がない。
「急に黙ったな、怖いのか?時間を稼ぎたいから少しだけ我慢してくれよ」
「怖くはないです。逆になんだか気持ちいいくらいですよ」
「へえ、そりゃ。ちょっと危ないこと言うなあ」
初めて日比野が楽しそうに声を立てて笑った。
「私、危ないですか。だってこんなに速いと自分を縛ってくる何かの鎖が散り散りになって、何からも自由になれる気がする」
高いエンジン音に負けないように、少し大きな声で心のままに瑠衣は言った。
すると、バックミラー越しに見えた日比野の口元に浮かんでいた笑顔が消えて、彼が言った。
「そうだな。俺もそう思うことがある」