シンデレラへのサプライズ 2
その何日か前のこと。
ある女の子から大志にチャットアプリで連絡が来た。
相手は以前瑠衣に紹介された、絵菜という名前の女子大生だ。
彼女の苗字は忘れたが、確か瑠衣が働くアパレルショップの客で友達と聞いていた子だ。
『大志くん、今度のバーベキューの日、実は瑠衣の19歳のバースデーなの。一緒にサプライズしませんか?』だって。
瑠衣のバースデー?そうだったの。本人は何も言っていなかったけど。
「それ知らなかった。いいね、サプライズしよう」
すぐに大志はそう返した。
もともとサプライズを仕掛けて親しい誰かを楽しませたり喜ばせるのは大好きだ。
それから瑠衣には秘密で絵菜とやりとりして他の友人も巻き込み、バレずに完遂出来そうなプランを考えた。
彼女を驚かせて、そして喜ばせたい。
打ちひしがれた去年の秋の夜からは考えられないほど美しくなって、生き生きと働く瑠衣の姿を目にすると胸が騒ぐ。
年下で華奢で愛らしいのに一本芯が通ってる、というのか簡単に手を伸ばせない気がするのだ。
自分は人と接することから始まる、意見を戦わせてなんぼの仕事をしてるし誰に対しても物怖じしない。
女の子ともそれなりに付き合ってきたし、仕事相手とキャバクラに行くこともある。
どうしてなんだろう。
でも瑠衣から見えるそんな自分は、適当に世の中に擦れたオジサン?と思ってしまうこともあって、二人で会う約束すらしたことがない。
きっと嫌われてはいない、と思うんだけど。
大志にとって瑠衣の笑顔は日増しに大切なものになっていた。
日比野裕也にも当日のサプライズの仕掛けは伝えておいたが、さほど興味は示さなかった。
裕也とは中高一貫の男子校サッカー部からの付き合いだが、昔からこういう事にあまりノリのいい男ではない。
今回は河原でバーベキューという外遊びで、久々に会う元サッカー部絡みのフットサル仲間も来るから裕也も来るけど、パーティーもクラブ遊びも苦手で車を運転するから酒もほぼ呑まない。
ただ、大抵のことに冷静な裕也も今の瑠衣を見たら流石に驚くだろう。
車を数台連ねて繰り出した秋晴れの空の下でのバーベキューは最高だった。
川床で飲み物を冷やし火を起こしてダッチオーブンも据えて、料理を作ったり食べたり喋ったり、釣りをしたり思い思いに過ごす。
麦わら帽子を被った瑠衣と友人の絵菜の傍らで、大志が二人に釣竿の扱い方を教えていた時、後ろから声をかけられた。
「よう大志、久しぶり」
「お、裕也今来たの。久しぶり」
声の主は白のTシャツにデニム姿でサングラスを掛けた裕也だった。
「裕也じゃん!久しぶり」「お、裕也だ。珍しい」
あちこちからそう声がかかり、肩を叩かれながらサングラスを外した彼はずいぶん日灼けしている。
「灼けてるねえ、最近どこか行ってたの?」
「ああこれ、親父に連れ回されてゴルフ。おっさんばっかりとな」
そう苦笑いして大志と会話する裕也は、すっかり変貌した瑠衣に全く気づかない。
黙って泳がせていた大志もついに痺れを切らした。
「裕也、瑠衣ちゃん覚えてる?ほら」
そうして瑠衣のそばに引っ張っていくと、裕也は大志の期待とは全く別の反応を見せた。
思いっ切り眉をひそめた怪訝な顔で「瑠衣ちゃん、え?これが……」だと。
これとは何だよ、失礼なやつ。
大志がそう言いかけた時、瑠衣が裕也に笑顔を向け頭を下げた。
「お久しぶりです日比野さん。江島です」
「ごめん、全然わかんなかった。元気?」
まだ頭の中にある瑠衣の姿と今の彼女とが重ならないらしい裕也は、そう答えながらも怪訝そうな表情を崩さない。
「裕也、その顔怖い」と大志は思わず口にした。
「いえ私。日比野さん、あの時は……」
少し気まずそうに瑠衣が何か言いかけた時、別の女の子がそばに来た。
「瑠衣、その人お友達?絵菜にも紹介してよ」
「ああこれ、日比野裕也。僕の中学時代からの友達だよ」と大志は言ってやったが裕也は意に介さない。
「日比野さん、この子は私のお友達で南絵菜ちゃんです」と瑠衣も絵菜を紹介した。
「南さん、どうも。よろしく」
それなりの見た目の女子大生を前にしながら全く社交モードが感じられない口調の裕也。
「瑠衣と日比野さんって知り合い?仲いいの?」
絵菜に屈託ない感じで追求された瑠衣が一瞬ひるんだような表情を浮かべた。
「別に。確か大志の紹介で一度会ったきりだったよな」
瑠衣が何か答える前に、裕也が大志と瑠衣に向かってそうきっぱりと言った。
その時、河原の向こう側から見知らぬ男性が小走りにこちらにやって来た。
「すみませーん、柳井様。お約束の物をお届けにあがりました。こちらでよろしいですか」