シンデレラへのサプライズ 1
二つの仕事を続けながらの夏は足早に過ぎて九月になった。
もう秋に差し掛かっているはずなのに残暑が厳しい。
瑠衣がアパレルの仕事の休憩中にチャットアプリを覗くと、大阪に出張中の大志からメッセージが来ていた。
『明日は、日比野裕也も来ることになった。覚えてる?』
日比野さんのことは覚えてる。
というか忘れない、あのちょっと怖かった人。
「日比野さん、もちろん覚えてますよ」と返した。
明日は大志と彼の友人達と郊外にドライブして、河原で釣りやバーベキューをして遊ぶ予定になっている。
アルバイト先のファミレスでの再会から数ヶ月、大志は何度か海斗や他の人達と連れだって店に姿を見せた。
『すぐ近くに会社の事務所があるんだ』と言って、来るといつも何人かで食事をしながら打ち合わせをしていた。
デジタル広告やイベントタイアップの仕事をしている大志は、瑠衣や友達が注目している夏の音楽フェスティバルにも関わっていた。
『こういうの好き?内緒だけど、招待のパスが幾つか手に入るんだ』
と声をかけてくれた時、瑠衣は大志と一緒に行けるのかなと期待してドギマギした。
『僕も行くことは行くんだけど、あちこち挨拶したりとかで当日はほとんどゆっくりできないんだ。だから瑠衣ちゃんは友達誘っておいでよ』
彼と一緒に、だなんて。
都合よく解釈してしまった自分が恥ずかしい。
耳が赤くなっていないかな。
緊張したり恥ずかしがると瑠衣はそうなってしまう。
自分の勝手な期待だけは大志に気づかれたくない、と思いながら「それ、行きたかったんです。すごく嬉しい。ありがとう、柳井さん」と礼を言った。
『柳井さんて。もういい加減、大志でいいよ。僕の後輩だって苗字なんて呼ばないし』
「あ、ええとじゃあ、私も今日から大志くん、て呼んでもいいですか」
確かに彼の周りの人たちは大抵そう呼んでいたから、瑠衣もそれに倣うことにした。
『いいよ。瑠衣ちゃんはいつも頑張ってるし、楽しんで』
大志は笑顔でそう言ってくれた。
二つの仕事の休みを調整して、二日間の招待パスを手に友達とハイテンションで参加した初めての音楽フェスは、楽しくて最高だった。
そんなこともあり、瑠衣は大志とたびたび連絡を取り合うようになった。
いつも人に囲まれている大志は、自分が企画する遊びやパーティーなんかのちょっとした集まりに誘ってくれて、瑠衣も男女問わず様々な職種の人たちと知り合いになった。
そうした繋がりで瑠衣は小さなCMに出たり、商品紹介のアシスタントを務めたりもした。
近江海斗とも連絡を取るようになった。
彼はプロの動画クリエイターとして知名度が上がり、それ以外にバンドで音楽活動もしている。
そちらも人気で急激に忙しくなり最近は顔を合わせていない。
明日のバーベキューも『謎の肉色々混ぜて、気づかないように大志に食わせてやるか』とか言って、悪戯を仕掛ける気満々だった海斗。
けれど仕事が入って彼は来られなくなり、瑠衣は残念だった。
『大志の仕事は人脈作りがキモだから、いろんな人間が見れるし勉強になるんだよな』と海斗は言っていた。
それでも『お前は未成年なんだから自分でも気をつけろよ』と、お酒が並ぶ場面からは瑠衣を遠ざけ『はい、もう遅いから。お子様はさっさと帰れ、シッシッ』と追い払うようにしながら、帰りが遅くならないように気を配ってくれる。
それくらいきめ細やかで常識の発達した海斗なのに、彼が作った動画を見ると仲間にドッキリや悪戯を仕掛けたり、雑貨や新発売の商品を使って変わったチャレンジをしたりと破天荒で驚かされ、そして面白い。
大志も海斗もまだ若いのに、会社に勤めるのではなく自分で始めた仕事をしている。
それはちょっと変わった生き方だと思うし、きっと大変なことがたくさんあるだろうけど、二人ともすごく元気で一所懸命で光ってて憧れる。
海斗のことはなぜかすぐに名前で呼ぶようになった。
五歳年上には見えない彼とは話しやすい。
ある時瞼が腫れぼったくて気になっていた日に『お前、なんか今日やたら顔デカくてブサイクだな。このブス!』といきなり言われて「海斗ひどい!」と思わず瑠衣は言い返していた。
でも海斗は頭が良くて保護者みたいで頼りになる人生の先輩で、友達だ。
けれど柳井大志のことは。
大志くん、と呼ぶだけでも胸の中心が落ち着かなくて、もやもやこそばゆくなって普通のテンションでいられない。
明日あの笑顔のそばに居られると思うと、早く眠らなくちゃと思いながらも瑠衣は眠れなかった。