光の圏内 4
嵐のように混雑した平日のランチタイムが終わった頃に、一組の客が来店した。
「あっ」
二人組の彼らを見た瑠衣は思わず小さく声を挙げた。
一人はあの夜たどり着いたコンビニの店員をしていた近江で、もう一人は柳井大志だった。
近江とは、あれからもコンビニで買い物する時に顔を合わせる事があり「何かあったらここに駆け込みなよ」と気にかけてくれた。
やや小柄で肌が白く中性的な顔立ちの近江は、男っぽい威圧感を受けないせいか瑠衣は話しやすかった。
近江もこちらに気づいた様子だったけれど、二人は特に何も言わずに瑠衣の案内を受けて席に着いた。
水のグラスとメニューを運んだ時に思い切って「近江さん、こんにちは。柳井さん、お久しぶりです。あの時はお世話になりました」と笑顔で挨拶した。
「ここで働いてたの。俺、あのコンビニ辞めたんだ。どうしてるかなと思ってたよ」
近江が言い、柳井も瑠衣を見上げて「江島さん、元気だった?」と目を細めて微笑んだ。
久しぶりに見た彼は身長が高く百八十センチ以上はありそうで、ウエーブのある髪を軽く茶髪にしている。
あの時は観察する余裕もなかったけれど、明るい場所で見る柳井は甘さのある整った顔立ちで、眉も整え少し日焼けしていて爽やかな雰囲気だ。
瑠衣に話しかける口調は、ややゆっくりしていて優しい。
あの夜もそうだった。
「うわ、雨が降って来たよ。江島さん立てるかな。はい、僕の手に掴まってごらん」
彼はそう言って地面に座り込んだ瑠衣を促し、手を引いて雨が当たらない場所に連れて行ってくれた。
最初に自分に気づいて上着まで着せかけてくれた日比野裕也にも、無論感謝している。
けれど、おそらく自分の中の何かが日比野を苛立たせたらしい。
そのことに瑠衣は気づいていた。
『あんた必死で逃げてきたんじゃないのか。……泣いてるのか、黙ってちゃわからない、何か言えよ』
厳しい口調でそう言った日比野のことは、正直少し怖く感じた。
でもあの人が言った通り私は本当に必死だった。
そしてあそこに辿り着いただけでもう気持ちが緩んで楽になった気がしていた。
でも、あの言葉があったからこそ中一の時の二の舞をせずに、こうして自由になれたのかも知れない。
だからあの時も、あれからも一度だって私は泣いてなんかいない。
「すっげー驚いた。あの子変わったねえ、僕は最初わからなかった」
二人のオーダーを取った瑠衣が厨房に向かうと大志は対面に座る海斗に言った。
「高校卒業して就職したって前に言ってたけど。ここでもバイトしてんのかなあ。まあ女の子って変わるよねえ。服もちゃんとしてるし、化粧して歩いてたら別人だよ」
「生活が落ち着いたのかなあ、そうだといいけど。今の江島さん、本当に可愛いなあ」
華奢な体で顔に怪我を負い震えていたあの夜とは比べ物にならない。
気がつけば、笑顔が愛らしく凛として仕事に臨む瑠衣を大志は何度も目で追っていた。
「おい大志、いつまでも感心してないで。今度のイベントの話しようぜ」
「あっ痛て!やめろ海斗」
感慨に耽って気がそれたところを海斗に急襲され、フォークで手の甲を突かれた。
全くこいつは親しい相手ほど凶悪な悪戯を仕掛けてくる。
それから、同じ二十三歳で今はプロの動画クリエイターとして活動するようになった海斗とイベントプランナーの大志は、食事をしながら真剣に二人で企画した仕事の打ち合わせを進めた。
瑠衣も仕事の傍ら時折、熱心に話をする二人をそっと眺めた。
食後のアイスコーヒーに柳井はガムシロップとミルクを二個ずつ入れて飲んでいる。
柳井さんて結構甘党なんだな、と瑠衣は思った。
近江が手振りを交えて何か言うと柳井がひときわ明るく屈託なく笑った。
心から楽しそうで影がなくて、こちらまで嬉しくなりそうないい笑顔だった。
「またきっと来るよ。仕事頑張ってね」
帰りしなに柳井がそう言った時、本当にまた来て欲しいと瑠衣も思っていた。