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午前零時の鐘 2

 結局、大志くんと連絡が取れないまま雨の日曜日が過ぎ、日付けが変わってから『今日はごめんね』とチャットが入っていた。


 次の日電話して、絵菜が大志くんにも送った日比野さんと私の写真の事を話した。


 誤爆したって絵菜は大志くんにも言ったみたいだけど、それは違う。

 大志くんもそう感じて写真の扱いは絵菜に注意したと言った。

「瑠衣ちゃん、写真の事は気にしない。僕は瑠衣ちゃんを疑ってないから君は何も心配しなくていいよ」

 その時のことを説明しようとした私に電話で大志くんはそう言った。


 けれど「瑠衣ちゃんに会って話さなきゃいけない事があるんだ」と言ったその口調に胸騒ぎがした。

 大志くんの声が今までになく硬い響きだったから。


 改めて大志くんと会って、咲香さんとの事を打ち明けられた時はとても信じられなかった。


 以前にデートの最中に出会ったあの咲香さんという人と、大志くんは昔付き合っていた。

 友達って言ってたけど、あの人は大志くんの元カノだった。

 でもそれは私に嘘をつくつもりではなかったって、今も信じてる。

 隠すつもりじゃなくても言えない事、私にもあるもの。

 だけど日曜日に連絡がなかった理由は。


 すごく悲しくて心が凍りそう。

 どうして、どうしてなの。

 大志くん、何かの間違いなんだよね。間違いだってそう言って欲しい。

 すごくすごく悲しくて、それでも大好きな彼を責めるなんて私にはできなかった。


「大志くん、わかったよ。でももういいの、私この事は忘れるから大志くんも忘れてこれからも一緒にいて下さい」

 泣かない。

 泣いちゃ駄目、瑠衣しっかりして。

 そう思いながら大志くんに言った。


「瑠衣ちゃん、なぜこんな僕を赦そうとするの。ゲスな事をした僕をもっと責めていいのに」

「そんなの無理だよ大志くん。そんな風に言わないで、好きなのに」

「瑠衣ちゃん。君は心が綺麗で健気で、僕にとって天使みたいな子だ。でも瑠衣ちゃんは何か無理をしてる気がする。君は今も僕のために自分の悲しさを無視しようとしてる」

「だって大志くん」

「瑠衣ちゃん、僕はこんな事言う資格なんかない。でも悲しい、辛い、許さないって、そう言っていいんだ。僕を責めていいんだ。思った事をもっともっと言ってくれていいんだよ」

「でも私、お付き合いするのってこれが初めてで、いつも楽しくって幸せで……」

「そうだったよね、それなのに。本当にごめんなさい瑠衣ちゃん。そんな君を裏切って傷つけて」


 大志くんが悲しい顔をしている。

 そんな顔しないで。

「やめて大志くん。裏切ったなんて、あの私……」


 こんなに好きなのに、でも私が無理をしてるって。どうしてそう言うの。

 以前彼に強く抱きしめられてパニックした理由、大志くんに打ち明けられずに乗り切ろうとしてた事。それがいけなかったの?


 そう思って言葉を探していたら大志くんが言った。

「瑠衣ちゃん、君はもっとわがままになっても大丈夫。自分の心を押さえつけて我慢しないで。これからはきっと、そうするんだよ」

「じゃあ大志くん、この事はもう二人とも忘れる。そうだよね?」

 私が言うと大志くんは苦しそうに首を横に振った。

「別れよう、瑠衣ちゃん。僕はもう君のそばには居られない」


 今も何だか現実と思えない。

 優しく甘やかされて夢みたいに幸せだった日々が遠く感じる。

 大志くん、本当にもう会えないの?




「ねえ瑠衣、痩せたよね。どうしたの?まさかダイエットとか言わないよね、そんな必要ないし」


 しばらくの間食欲がなくて食事がとれないでいたら、動画のために顔を合わせたキョウに訊かれた。

 ショップでは夏風邪でお腹を壊したという事にしてたけど、キョウには大志くんと別れたことを打ち明けた。キョウには話せる、信頼できるから。


 あれから絵菜や周囲の友達だった子たちとは連絡を取っていない。

 勝手に撮られた日比野さんとの写真の事で、もう彼女達を信じることができなくなってしまった。


「瑠衣、そんなになる前に連絡してくれたら良かったのに。楽になるならなんでも話してよ」

「ありがとうキョウ」

 優しいキョウと居るとそれだけで気分が穏やかになる。

 それに動画の活動を通じて思いがけないオファーがあり、この秋にはキョウと一緒にトウキョウガールズスタイルコレクションのランウェイを歩くことになった。

「ウオーキングのレッスンもしてくれるって。でも瑠衣は細いからもっと筋肉をつけた方がいいかも」

「筋トレとかランとか、した方がいいかな?」

「そうだね。でも瑠衣はまずちゃんと食べて、暑くなってきたから無理しないでよ」


 季節は夏、もうじき七月になる。

 Y市のショップでの仕事もあと少しで来月から渋谷のショップに異動だ。


「あ、海斗から連絡。ねえ瑠衣、今日一緒にご飯行かないかって言ってるけど」

 スマホを覗いたキョウが言う。

「海斗が誘ってきたの?何か怖い、でも私は大丈夫だよ」

「なら参加ね。あ、裕也さんも来るって」


 日比野さんも。

 あの雨の日以来彼と顔を合わせるのは一週間ぶりくらい。


 私は大志くんとこんな事になってしまったけど、日比野さんはあのハルカさんて人とどうなったのかな。

 彼はハルカさんと何を話したんだろう。



 夜になって、日比野さんが選んだという中華のお店で四人でテーブルを囲んだ。

 久しぶりに私の顔を見た海斗は一瞬眉を寄せたけど、軽い感じで言った。

「大志のやつと別れたって?あいつに電話したらそう言ってた」


 私達のこと、海斗は知ってるんだ。


「うん、そうなの。海斗知ってたの」

「ああ。アイツに今度はワサビ仕込んだパイぶつけてやるからな。いや、デスソース入れたやつにするか」

「海斗やめて、そんなの酷いよ」

「どうして瑠衣が庇うのさ。怒鳴り散らして罵ってやりゃいいんだよ。蹴りでも入れてやれ」

「もういい無理、そんなの。海斗、悪戯は絶対にやめてよ」

「悪戯じゃなくて復讐だって。わかった、わかったよ瑠衣。でも、お前って俺の妹みたいなもんだからさ。ウチの万鈴よりイジリ甲斐あるし。一人で落ち込んでるなよ」


 イジリ甲斐は余計だよ。

 でも、妹みたいって言ってくれて。

 これって海斗なりの励ましなんだ。


「うん。ありがとう海斗」

「それと今日は裕也の奢りだから、な。珍しく誘ってきたんだし」

 海斗がそう言うと「ああ、だから遠慮するなよ」とコース料理をオーダーした日比野さんが言った。

「うわあ、すごい」とキョウ。


 日比野さんもきっと大志くんとの事を知ってるんだろう。

 絵菜との写真の事があったし迷惑をかけてしまった。

 そう思ったけど彼は全くそのことには触れず、その後は楽しく食事をしながら色々な話をした。


 その中で日比野さんが言った。

「急だけど俺、今月中に引っ越すことにした」

「いよいよ裕也も都内に住むの、どこら辺?」と海斗。

「はっきり決めたら知らせる。でも越してすぐジャカルタに二ヶ月出張だから、落ち着いたら遊びに来てくれ」

 そして私に向かって「部屋の処分はまだ考えてない、だから瑠衣はこれまで通り住んでいてくれ」と言った。


 日比野さんがあの部屋に居なくなる。

 そして今度は二ヶ月も出張ってマールはどうするの、それになんだか。


「日比野さん、マールは?」

 胸がきゅーっと締め付けられる気がして私は訊いた。

「うん、それなんだけど。瑠衣、もし良ければ何日かでもアイツを預かって貰えないか?」

 少し首を傾げて私の顔をのぞいた日比野さんが言うと、胸の苦しさが消えてすごく安心した。


「そうさせて下さい。何日かじゃなくて二ヶ月預からせて下さい、ちゃんとお世話できます」

 そう答えると日比野さんは笑って「随分張り切ってるなあ、じゃあお前に頼む」と言った。

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