掠めとる愛 3
「彼女ってあの子なの、幼い感じで子供みたい」
偶然出会った大志達と言葉を交わし別れた後、伊原咲香は歩きながら呟いた。
初めて大志と顔を合わせたのは高校同士の交流のため生徒会メンバーで集まった日。
その日から彼を意識し始めた。
甘さのある顔立ちで背が高い大志は咲香の通っていた女子校でたちまちアイドルのような扱いになった。
その頃は生徒会長でそれなりにプライドもあり、彼にも周りにも気付かれないようそっと視線を送った。
明るく人を惹きつける大志は周りの皆んなに分け隔てなく爽やかに接して、そうなると逆にこちらが彼を独占したい気持ちに駆られていった。
『初めて会った時から僕、伊原さんの事が気になってたんだ』
大志から告白された時は跳び上がりそうに嬉しかった。
『柳井くんは咲香を選んだか。あー、めちゃくちゃ羨ましい』
親友にさえそう言われたほど、いつも仲が良くてカッコいい自慢の彼だった。
でも医大に進学してから、男子が多くて周りの学生皆んなが優秀という環境に圧倒されて焦りを感じ、気持ちが空回りし始めた。
両親も幼い頃から優秀だった二人の兄も医師、そういう家庭に育って人に遅れは取れない。
別の大学でのびのびと自分の個性を発揮していく大志とは住む世界が違うのかも。
素直な気持ちで彼と向き合えなくなり、自分から「別れよう」と切り出した。
そんなの大志のせいじゃなかったのに。
新しい環境でカチコチになった自分の意地やプライドが関係を壊した。
そう気づいた時はもう遅かった。
別の相手と付き合うことになっても、どこかで大志と比べてしまう。
今になって再会したのは何か意味があるの?
確かめたい。
そう思うと咲香はスマホからチャットアプリで大志にメッセージを送った。
「さっきはご馳走さま!デート中に元カノと再会なんて、と思って友達って言っちゃった。今度高校つながりのメンバーでYスタジアムにサッカー観に行きたいな。よろしくね」
瑠衣とのデートの後、一人になってから大志は考えていた。
瑠衣ちゃんと付き合い始めて半年が過ぎて、気になってる事がある。
以前に一度裕也の家の合鍵のことで僕は嫉妬して、責めるようなキスをした。
その時彼女がパニックした感じになった。
僕は反省したし、あれ以来心を乱すような出来事もない。
いつも瑠衣ちゃんが可愛くて優しく扱いたいと思ってる。
彼女にキスする時、抱きしめたい時僕は前より慎重になってる。
だから気づいたんだけど、キスが深くなって腕の中に彼女を抱きしめると瑠衣ちゃんの身体が緊張する。
あの時のように震えることはないけど。
瑠衣ちゃんは何も言わない。
僕が気づいて腕を緩めて「苦しくなかった?」と聞いても『ううん大丈夫だよ』って笑う。
怖かったり嫌だったなら教えてほしい、優しくしたいからそう思う。
瑠衣ちゃんが無理をしてる気がする。
彼女が話す言葉と身体が見せる反応が違ってる気がする。
最近は抱きしめていると、もうこのまま裸になりたいと思う。
瑠衣ちゃんを全て知りたい。
肌や君の形に触れて、君は何が嫌でどうしたら嬉しいか僕は知りたい。
でもそうなれるには今のままじゃ少し遠い気がするんだ。
携帯が振動して画面をチェックすると、伊原咲香からチャットが入っていた。
「さっきはご馳走さま!デート中に元カノと再会なんて、と思って友達って言っちゃった。今度高校つながりのメンバーでYスタジアムにサッカー観に行きたいな。よろしくね」
サッカー観戦か、いいな。
昔、咲香が部活の試合を見にきてくれた事があったっけと大志は思い返した。
来月の半ばには大志くんの誕生日がある。
去年の私の誕生日は遊びに行った場所でサプライズして貰った。懐かしいな。
実はもう遊び仲間の人達から、大志くんにサプライズを仕掛けようという秘密のチャットが入って来ている。
表向きは久々にみんなで集まろう、バーベキューしようという内容で、私は大志くんと一緒に参加することになっている。
絵菜も参加すると言ってきたけど、やはり彼女への警戒心が薄れないので複雑だった。
複雑といえば大志くんとのことで、彼にずっと心配をかけてることがある。
大志くんの部屋でテーマパークに行く相談をしてた日、キスをされた時に体が震えて少しの間苦しかった、あのこと。
彼は自分が私を怖がらせたと思って謝ってくれた。
あれからも大志くんは、それまで以上に優しくしてくれて気遣ってくれている。
どうしてそうなったのか、そうなるのか分からないけど大丈夫。
大志くんが好きだしこんなの平気、と思っていたけど少し時間が経ってから気がついた。
パタンとソファに体が倒された時、多分頭より先に身体が思い出したんだ。
怖くてたまらなかった中一の時のことを。
そう思っても認めたくはなかった。
なぜ思い出したの?好きな人との間のことなのに。
好きな人なのに。大志くんなのに。
本当の事はとても言えない、言いたくない。
伝えたいのは大志くんは何も悪くないという事だけ。
部屋の中で草花の香りがする。
帰り際に大志くんが買ってくれた小ぶりなピンクのバラが入った花束の香りだ。
こんな私を好きになってくれて、うんと甘やかしてくれる人を後ろめたい気持ちにはさせたくない。
寝室の常夜灯の下、ベッドに横たわる瑠衣は思った。




