掠めとる愛 2
「ねえキョウ、この前私言われちゃったよ、動画見てますーって。同い年の子だった」
「え、僕もー。ちょうど狙い通りの子達が見てくれてるんだ、やったね」
外を歩いている時に動画を見てくれているリスナーの人と出会ったのだ。
キョウと一緒の動画に出るようになって三ヶ月が過ぎ四月になっていた。
もともとあるキョウの動画チャンネルのサブで二人の動画を始めたのだけど、登録して見てくれる人が増えてきている。
季節先取りでショップの洋服を着まわしたり、花粉症対策のマスクを色々試してみたり、新しくて手頃な値段で美味しいスイーツのお店に行ったり。
そんな事から始めて月に数回だけどキョウと色々な事に挑戦しては撮影している。
キョウの撮影部屋だとテーブルと椅子をセットし、決まった場所に座って固定したカメラに向かって撮る。
それが外になるとハンディカメラを持って出掛けるので体力と根気が必要だ。
お店での撮影するのにはちゃんと許可をもらって、周りの迷惑にならないように気を配る。
食べ物や飲み物は見る人が不快にならないように食べて、残したり辺りにゴミを散らかしたりしない。
でもそれ以上に撮影の後が大変。
部屋に戻ってPCに取り込んだ画像をキョウが編集していく。
「瑠衣は心配しないでいいよ。動画撮って編集してってのは僕の仕事。これが好きだから」
彼はそう言ったけど、様子を見せてもらったら撮影以上にものすごく根気が要る作業だった。
PCに取り込んだものを画像編集ソフトでわかりやすく面白くみられるようにカットしてつなぎ、テロップや効果音や音楽をつけて加工する。
内容を確認しながら作業を進めていって、サムネイルという静止画像で内容が一目でわかるタイトルを付けて完成。
それをより多くの人に見てもらえるように狙った時間に配信する。
数時間かかりきりになるとキョウは食事も忘れていて、こっちが心配になってしまう。
キョウが一人で作ってるチャンネルが別にあるからそれも含めると、時間がいくらあっても足りない毎日だろう。
「キョウお腹空かない。冷蔵庫に何かある?私がご飯作るよ」
「瑠衣が?えー嬉しい。ちょうど自分でサラダチキン作ってみたのがあるの、それも食べよ」
冷蔵庫を覗いてオムライスを二人分作り、キョウが自分で作ったサラダチキンや綺麗なピクルス達も食べた。
「キョウって料理するんだねー。このチキン美味しいよ」
「簡単なのとか話題になってるのは動画のネタになるし作ってみるの。瑠衣、オムライス美味しーい。今度二人で料理する動画も撮りたいな」
「緊張しそう。失敗したら恥ずかしいもの」
「それはそれで笑えるからいいじゃない。でもこの家のキッチンだと撮影しづらいなあ」
何でも動画に絡めて考えるキョウと、お喋りしながらアイデアを出し合う。
キョウと私を引き合わせてくれた海斗も毎日のようにこんな生活をしているのだ。
海斗は私達を応援してくれて一緒に撮った写真をフォトブログに挙げてくれたり、リンクを貼って動画を紹介してくれる。
海斗の動画のリスナーでこちらのチャンネルを見てくれてる人が居るってわかる。
コメントを残してくれるからだ。
面倒見のいい海斗には頭が上がらずキョウと一緒に感謝している。
それと同時に動画を始めた事で一つ前進したと思うのは、メンタルが強くなったこと。
海斗もキョウも以前言ってた通り、毎回応援してくれるコメントがあれば否定的なコメントもあった。
読んでいるうちにどっちもあってそれが普通なんだと思うようになった。
もし自分が何かおかしな事をしていて、それを指摘されたり叱られたとしたらちゃんと直す。
でもただの中傷には取り合わないし縮こまらない。
以前よりも自分がしっかり立っているような気持ちがして、それはキョウと海斗のおかげだと思う。
周りの友達も大志くんも、私たちの動画を見て応援してくれている。
キョウを大志くんに紹介した時はキョウが張り切ってお洒落してきたので、男の子だとわかった時はすごく驚いていた。
「撮影で瑠衣を長い時間借りちゃうから、彼氏さんには一応筋を通さなきゃね。心配かけないように」
「ありがとうキョウ」
そんな気遣いをする細やかなキョウは女の子の親友みたい。
ショップの店長も動画の事を知っているし、メーカーからもいい宣伝になっていると言われているそうで安心した。
意外だったのは最近、南絵菜からも動画を見たと連絡が来たことだ。
絵菜はショップにも姿を見せて「瑠衣、元気。有紗に聞いて動画観たの」と声を掛けてきた。
彼女は半年以上前に私を拒絶した事など忘れてしまったような笑顔で、逆に私は警戒心が解けなくて前みたいには話せずにいた。
本当に当たり障りのないことしかもう彼女には話せない。
子供の頃から友達との関係で悩んできたというキョウに絵菜との事を打ち明けたら、キョウが言った。
「その子瑠衣に嫉妬してるんだよ!噂なんてデタラメで、自分で作って流したんじゃないの?」
「そうだったのかな、急に全然身に覚えのないこと言われたの」
「きっとそうだよ。友達ぽい顔で近付いて瑠衣の大事な人とか、立場に手を出そうとして来るの。瑠衣は人を疑わないから気をつけなよね」
絵菜を前にした時、キョウの言葉を思い出した。
「瑠衣、大志くん元気?忙しいからって、連絡しても皆んなと遊ぶ時に顔出してくれないから。まだ付き合ってるんでしょ」
「うん。今は色んな場所のイベントの企画が重なっちゃって、大志くん出張が多いの」
「ふうん、そうなの。なら体壊さないようにって言ってよね」
大志くんは私の大事な人。
そして私は人に非難されるようなことはしていない。
自分で自分を守らなきゃ、もう絵菜の前で怯んだりしない。
以前のように店内を見て回る彼女に笑顔をキープして応対しながらそう思った。
「大志じゃない、元気?」
ある日、大志くんとのデート中に後ろから声を掛けてきた人がいた。
「あ、咲香」
振り向いた大志くんが言うと、私と繋いでいた手を離して一瞬照れ臭そうにした。
小柄で艶やかな黒髪をまとめた綺麗な人が笑顔で立っていた。
「こんにちは、デートのお邪魔してごめんなさい。大志の友人で伊原咲香と言います。彼女さん?」とその人が聞くと「僕の彼女の江島瑠衣ちゃん」と大志くんが紹介してくれて、
「伊原さんはドクターなんだ。ほら、お正月に爺ちゃんが。あの時病院に彼女がいて診察をしてくれたんだ」と私に言った。
「大志、私今月からY市総合病院に来たのよ。しばらくこちらで暮らすから、また会うことあるかも」
背の高い大志くんを見上げて伊原さんは言った。
透き通るような白い肌に鼻筋が通ってて女子アナ風というか、聡明な美女ってこういう人を言うのかな。
「伊原さん、お医者さんなんですか」
「そうなの内科のね。もし会うことあったら声かけてね。病気はしないに越したことないけど」
伊原さんは微笑んでそう言うと「じゃ、大志また。瑠衣さん、失礼します」と軽く頭を下げて歩き去った。
スカートから出ている彼女の脚は足首が引き締まっていてパンプスがよく似合う。
女らしくて大人っぽい。
「カッコいい綺麗な人だね、伊原さん」と言うと大志くんは「そう?」とだけ言ってまた私の手を取った。




