光の圏内 2
再びドアチャイムが響き、大志と裕也の友人でコンビニの深夜バイト中の近江海斗が店の出入り口から顔をのぞかせた。
「裕也、大志、さっきから何してんの。あ、その子見たことあるな。どうしたの」
「海斗この子知ってるの」と大志。
「名前までは。でもここのお客さんだよ。あれ、怪我してるの」
そう言って瑠衣に視線を走らせた海斗の表情が変わり、無言で裕也をドアの横に手招きすると耳打ちした。
「あの子確か高校生のはずだぜ。あの状態どう見てもやばいよ、もう通報したの」
「俺もそう思うんだけど本人がなんか渋ってるんだ」
「うーん、……ここだけの話。あの子の母親って病んでるアル中だぜ。家で揉めたにしてもさあ、もう渋ってる場合じゃないよな」
海斗は小声で言った。
母親を心配しているか庇っているのだろうか。
それとも自分が口を閉ざしていれば、我慢すればそれでいいって思ってるのか。
家族の誰かの無責任さや身勝手のために自分が犠牲になるつもりでいるとしたら。
いつからそうしてきたのか、それをいつまで続けるつもりでいるかは知らないが。
そういうの、俺は気に入らない。
心を決めた裕也は唇を結んで振り返った。
大志が瑠衣の手を取って立たせ、店舗の外壁のそばに招き寄せている。
急に強い雨が降り出してきた。
バタバタ音を立てて落ちる大粒の雨の乱反射で舗道はテラテラと黒光りし、冷えた夜気が肌を刺す。
「俺の車に入ってて。江島さん、やっぱり警察呼ぶからな」
大志に車のキーを渡し、瞳を見据えて裕也が言うと彼女は一瞬目線を泳がせたが、ついに小さくうなづいた。
程なく駆けつけた警官に事情を話し、片方裸足の江島瑠衣は裕也の車からパトカーに移された。
裕也と大志はそれぞれの名前や連絡先を聞かれてから、帰宅して良いということになった。
「じゃあね江島さん。元気出して」
パトカーの窓に向かって大志が穏やかに言うと瑠衣は頭を下げた。
「ありがとうございます柳井さん、日比野さん。あの日比野さん、上着お返しします。すみません借りたままで」
そう言うと瑠衣は裕也の上着を脱ごうとし、裕也は慌てて制した。
「それはいい、着てろよ」
この瑠衣って子は全く。
律儀なのか頭が弱いのか、服ビリビリなのに今脱いじゃダメだろ。
「そのまま着てけよ。古いやつだし、もう要らないから」
顔をしかめた裕也はぶっきらぼうに言い直し、心配そうにそれを横目で見た大志がフォローのつもりか
「江島さん、遠慮しなくていいよ。こいつセンスなくて同じようなのばっか十着くらい持ってるから」
と言った。
その言葉を聞いた瑠衣は僅かに微笑んで、もう一度小さく頭を下げると
「じゃあ着ていきます。日比野さん、ありがとうございます」と裕也を見上げて言った。