二本のガーベラ 4
「瑠衣ちゃん、ねえ……」
大志がそう呼びかけると瑠衣がハッとしたように顔を上げた。
今日は瑠衣と夕食を一緒にして、初めてのクリスマスをどう過ごそうか話したいと思っていたけど彼女の様子がおかしい。
表情がどこかさえなくて元気がないし、自分からメニューをリクエストして楽しみにしていたはずの食事も進んでいない。
「ごめんね大志くん、なんの話だっけ」
「どうしたの、元気がない気がする。疲れてるのに無理させちゃったんじゃない?」
「ううんそんな、無理なんてしてないよ。今はちょっとぼーっとしてただけなの」
「そうなの、疲れた時はちゃんと言ってよね。また時間を合わせたらいいんだからさ」
大志が気遣うと瑠衣は微笑んで言った。
「ありがとう大志くん」
向かい合った席から見る瑠衣の笑顔は綺麗で可憐で、でもやはり今夜はどこか痛ましく見える。
この子を包み込んで癒したい、喜ばせたいといつも大志は思う。
「クリスマスのお祝い、どうする?僕ちょっと調べて来たんだけど瑠衣ちゃんは行きたいところとかある」
ダブルワークを続ける瑠衣と二人の予定を合わせられるのはクリスマス当日だ。
「私はここがいいって言うのはないけど、大志くんと一緒ならそれが嬉しいな」
「本当、じゃあ僕のプランでいくけど任せていいの。後悔しない?」
「えー、どうして」
気分が高揚して大志がわざと気を持たせると瑠衣の表情が訝しそうに、でも興味を惹かれて明るく変わった。
「港から出てる遊覧船でクリスマスディナーができるんだ。ゆっくり時間をかけて食事しながら港を回って、終盤では花火も見られるんだって。どうかな」
「すごいね、そんなのがあるの?知らなかった」
「気になる、予約していい?」
「すごく気になる。大人っていう感じで素敵」
今度は本当に瑠衣がまっすぐに嬉しそうな瞳を向けて言った。
「一応ドレスコードってほどじゃないけど、お洒落めにして行った方がいいみたい。僕はジャケット着てくよ」
「じゃあ私はワンピースにしようかな」
クリスマスに向けての会話に瑠衣の口調も弾んで楽しい。
当日はディナークルーズの前に自宅で過ごす時間をとる事にして、その時瑠衣にプレゼントを渡そう。
これにしようか、と狙っている物がもうあるから後はそれを準備しておけばいい。
「瑠衣ちゃん、年末もお正月も仕事だったよね」
「初売りでは呼び込みもするって。朝から元気よくいきますよ」と彼女は笑った。
大晦日と年明けの二日にはもうシフトが入っていて、入院中の母親を見舞って後は仕事をすると以前に言っていた。
下町の古いアパートにたった一人で暮らして、不満も言わず寂しさもにじませず明るく働く瑠衣はやはり愛らしく清らかな謎だと思う。
「僕は三十日から年明け三日まで都内の実家に戻る事にした。去年は年末イベントの仕事で帰ってないし、施設にいる爺ちゃんを連れ出すって母が言ってたから手伝うよ」
「ならきっとお爺さんも楽しみに待ってるでしょうから、今年はゆっくりして来てね」
「え、あっさりしてるなあ。僕は休みなのに瑠衣ちゃんに会えなくて寂しいけど」
思わずそう言ってしまってから、瑠衣の方が五歳も年下なのに自分の方が甘えてるみたいでしょうがないよなあ、と大志は思った。
もっと年上らしく気を引き締めた方がいいのかなと思った時、
「あっさりなんてしてないよ。私だって同じ気持ちだもの」
少しはにかんだ瑠衣が小さくそう言って、大志はそのまま彼女を抱きしめたい思いに駆られた。
その夜、部屋で一人になった瑠衣は思い返した。
今日は大志くんとの楽しい食事の最中に一瞬、この前の絵菜の言葉がよぎった。
私が大志くんを利用したなんて、過去に援交してたなんて。
すると太陽が急に黒雲で隠されたように、彼が与えてくれる光と温もりを見失ってしまった。
心を刺した絵菜の言葉とともに親しかったはずの他の女友達も失ってしまったようで、あれから有紗も他の子達も連絡して来ない。
きっと皆んなに誤解されて、私は友達づきあいの輪から弾かれてしまったんだ。
電話での絵菜の態度を思い出すと、今はもうそれを何とかしようという気持ちにさえなれない。
けれど幸い大志くんの耳にはそんな酷い噂は届いてないみたい。
彼と初めて過ごすクリスマスを思うと瑠衣の胸はまた温かくなった。
大志くんには迷惑かけたくない、心配かけたくない。
心に寒風が吹いても、彼と手を繋いでいられたら負けずにいられる気がする。
だから彼に涙を見せたくない。彼の前では笑顔でいたい。
そうだ、大志くんへのプレゼントを探そう。
遊覧船でのディナーはどんなスタイルで行こうかな。
楽しいことだけを考えて瑠衣は胸の黒雲を追い払った。




