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第60話:声明は、雨に打たれて

 真夜中の内にキールに連れ出されたリディは、アドルフォ城から1kmほど離れた地下室に身を潜めていた。元々プラテアード王国の時代、王族や貴族の隠れ家として作られたもので、未だジェードに知られることなく保存されている奇跡的な場所だ。入り口は巨大な岩陰に隠れており、事情を知らぬ者には決して見つけることはできない。

 ここが使われるのは26年前、ジェードとの戦争以来のことである。

 固い岩盤を削った「地下室」は、部屋というより館と言った方がふさわしい。中は10以上の部屋が、3層もの階にわかれている。急で狭い階段を降り、最も下の階の一室に、リディは閉じ込められた。キールは10人ほどの見張りを中と外に配した。

「私が迎えに来るまで、何があってもリディ様を外へ出すな。動きがあれば使いをよこす。」

 キールが見張り達にそう話す脇にいたリディだったが、これから何が起こるのか、何をしようとしているのか聞く余地は全くなかった。

 

 懐中時計が午後2時を示した。

 声明読み上げの時間まで、一時間。

 リディは居ても立ってもいられない。

 この大事に、こんな所で何をしていろというのか?

 しかし、キールの言いつけを守らずして成功した試しがない。

 部屋の入り口を見張っているのは、アンテケルエラの城を訪れる際キールと一緒にリディの供をしたフレキシ派幹部の一人、パリスである。敵からリディを守るにも、リディが外へ出ようとするのを阻止するにも、剛腕パリスが打ってつけと考えたようだ。

 リディはどうしても落ち着かず、パリスに尋ねた。

「キールは、私をどうしようと考えているのですか。」

「・・・リディ様を他国からお守りしようと必死なのです。」

「私がここから出せと命令しても、駄目なのですか。」

「リディ様の命令より、リディ様の御命を優先せよとキールから言われておりますから。」

 リディは立ち上がり、パリスの両腕を掴んだ。

「今日が私にとってどれほど大事な日かわかるでしょう?キールはどういうつもりなのです?私が声明文を読み上げるのは3時!これでは間に合わないではありませんか!?」

 パリスは、ある意味の限界を感じて固い口を割った。

「・・・本日の未明、ジェード軍がアドルフォ城に乗り込んできて、リディ様の身代わりに仕立てた女を連れ去って行きました。」

「身代わり・・・!?」

「リディ様が声明を読み上げたら、身代わりだったことがばれてしまいます。」

「身代わりの女は、どこへ連れて行かれたのです?」

「第四総督府のウエルパ将軍が連れて行きましたが、行く行くはジェードの王宮でしょう。すべてはジェード国王の命令だそうですから。」

「国王自ら、私を・・・。」

 リディは、唇を噛んだ。

 アドルフォの娘を最高賞金首として暗殺したがっていたマリティム。それがなぜ、「捕える」だけなのだ?

 今までアドルフォ城に乗り込むことを躊躇していたのは、結局誰がアドルフォの娘なのか見当もつかないからだ。アドルフォ城にいるかどうかもわからない、雲を掴むような存在だったからだ。プラテアードが「これがアドルフォの娘だ」と差し出された女が本物かどうか、所詮見分けられないからだ。

(・・・マリティムは私が王女であることだけでなく、額に紋章があることを知ったか見抜いたのかもしれない。見分ける術がある以上、逃れられないだろうと強気に出たのだ。そして私を殺す事より、国策として利用する道を選んだのか。それとも公開処刑にでもするつもりなのか。)

 リディは、パリスから離れた。

「パリス。外の天候はわかりますか。」

「先ほど、外を見張っていた奴から報告を受けました。激しい雨だそうです。」

「雨・・・!?それは、水不足を解消してくれるだけのものですか?」

「何日降るかはわかりませんが、風がないとのことですから、一晩は降るでしょう。」

 天が味方したなら、今日の満月は拝めない。つまり、マリティムは連れて来られた女が本物かどうか見分けることはできないということだ。少なくとも、次の満月までは。

「身代わりの女を、助け出す算段はあるのでしょうね。」

「・・・ありません。ジェードの王宮まで乗り込むだけの力はありません。」

「見殺しにする気ですか?私はそのようなこと認めません!フレキシ派の幹部の考えがそうなら、私が自ら助けに行きます。」

「リディ様にそんなことをされては、身代わりの意味がなくなります!」

「私は身代わりを立てることなど望んでいませんでした!」

「身代わりを立ててでも、プラテアードを独立させて頂かねばならないのです!」

 パリスの声で、リディの唇が止まった。

「・・・その娘は、リディ様がプラテアードにとって絶対必要だと信じて犠牲になるのです。その心、リーダーなら受け止めていただかねば。」

「それが正義だとするなら、独立は、正義ではない。」

 リディの弱気な言葉に、パリスは毅然とした態度で立ち向かった。

「誰も傷つかず独立できればいいでしょう。でも、既にどれだけの血が流れたかおわかりのはずです。我々が相手にしなければならないものが正義ではない以上、我々は正義だけを振りかざして戦うことはできないのです。」

 リディは、肩を落としてその場に座り込んだ。

「・・・私は、先頭に立って悪を扇動しているということですね。」

「毒を以て毒を制すという言葉があります。」

 組んだ腕に額を埋めて、リディは後悔した。

 正義なんて美しい言葉を、発すべきではなかった。

 そんな資格、とうの昔に無くしていたのを忘れていた。

 多くの犠牲の上に存在しているこの命。そんなものが、正義であるはずはない。

 パリスは、項垂れたリディに追い打ちをかけるように言った。

「俯いている時間はないのです。次にどう動くか、お考えになってお待ちください。我々はリディ様が無事に声明を読み上げることなど無理だと初めからわかっておりました。ジェードの領土なのですよ、ここは。それをもっと自覚なさってください。アンテケルエラへの輿入れには、我々も反対でした。その時点で戦争を覚悟しています。そうなれば、1年でも2年でもここに隠れて頂くことになるかもしれないのです。」

「声明は・・・私の声明は、国民への謝罪が一番だった。王女であることを隠していたこと、父上の本当の娘ではなかったこと、そして国民を再び危険な目に遭わせてしまうこと。それでも尚、私を派首と認めてくれるのなら、必ず独立させてみせると宣言したかったのです。」

「お気持ちはよくわかります。しかし、」

「パリス。・・・私はいつになれば、表舞台に出られるのでしょう?それとも、出られないまま伝説になるのかしら?」

 その問いに、パリスは答えなかった。

 色々な覚悟をしていたのに、それらは無駄に終わり、新たに別の覚悟をしなければならなくなった。

 リディは唇を噛みしめて、パリスから視線を反らした。

 


 その頃キールはアドルフォ城の一室で、アンテケルエラとの国境を見張らせていた小隊からの報告を受けていた。

「ジェードの第二総督が?」

「はい。ジェード国王からの伝言を、アンテケルエラの国王に伝えるために来たと言っておりました。」

「で、我々にはどうしろと?」

「アンテケルエラがジェード国王の伝言を無視し攻め入ってくるかもしれぬゆえ、その時は盾になれ、と。」

「・・・ジェード国王の伝言が何かわからぬが、正直、助かったと考えた方がよいな。我々の兵力ではアンテケルエラに皆殺しにされても仕方がないと諦めていたが、ジェードの戦力があれば、少なくともプラテアードの領土に入らせないようにはできる。」

「しかし、我々に盾になれなどと言うのは・・・。」

「もともと前面に立って戦う覚悟ではなかったのか?国の維新を賭けて、絶対にリディ様をお守りせねばならないのだ。それがわからぬわけではないだろう。」

「・・・はっ。」

 伝令役は軽く頭を下げ、再び国境へと戻って行った。

 キールは窓の外を見やり、低く垂れ込める灰色の厚い雲に目を細めた。

 雨は、小康状態を保っている。

 元ジェード第三総督府であったこの場所は、平地より少し高い場所に位置している。

 城壁内へ入るための大門二つ、小門一つ、そして裏門が二つ。今日は小門のみが開放され、そこから国民が続々と入ってきている。ジェードとの戦いで城壁の一部は崩れてしまっているが、人の身長の三倍の高さを保っているため、修復はしていない。

 小門から細い曲り道をいくらか進むと、大通りに突き当たる。大理石が敷き詰められた大通りは城壁内の中央を横断しており、一方に兵士らの宿舎、もう一方にアドルフォ城が聳えたつ。通りの両脇には街灯を兼ねた神殿柱が規則的に配置されているが、高価なオイルを使用できないプラテアードにとっては単なる「柱」でしかない。

 本来リディは、アドルフォ城の2階バルコニーから大通りを見下ろして声明を読み上げるつもりだった。しかし、リディが王女であるという告白をした後の幹部会議で第一に決まったのは、リディの保身だった。アンテケルエラよりも前にジェードが動く可能性が高いと踏んだのはキールだった。プラテアードの独立運動を常に警戒しているジェードが、「アドルフォの娘」や「王女」が表舞台に出る事も声明を読み上げることも、易々と見逃すわけがない。そこでキールは、事情や段取りを話す間もなく、直ちにリディを隔離させたのだった。

 

 約束の3時まで、あと2分。

 大通りには溢れんばかりの国民が集結している。今ここで城壁内に火でも投げ込まれたら一貫の終わりだ。城壁に空いた無数の小さな穴から外へ銃口を向けてはいるものの、不安は尽きない。リディは国民を集め、自らの思いを伝えたいとか結集を強めたいとか考えていたのだろうが、「集会」は一派を大量殺害することを可能にする危険性を伴う。 

 プラテアードが仕立てた偽物の王女を連れ去ったウエルパ将軍の一隊は、再び城壁外に戻ってきた。

 緋色の肩章を付けた兵士達が銃を構え、周囲を完全に取り囲んでいる。

 現在解放されている小門は、人ひとり通れる細さの道にしか繋がっていない。

 ウエルパ将軍一行が未明に城壁内に押し入った時は、大門に繋がる吊り橋が深い濠に架けられていた。それは偽物の王女を引き渡して敵を遠ざけるための作戦だったわけで、今は他の門は封鎖され、また吊り橋も完全に上がっている。小門の吊り橋は非常に細長く、人なら2列、馬なら一騎が通れる幅しかない上、5騎以上が一度に渡れば重さに耐えきれず崩れる造りである。これらはジェード第三総督府時代からの造りであり、このことを熟知しているからこそ、ウエルパ将軍たちは城壁の周囲を取り囲むことしかできないでいた。

 大通りにひしめき合うプラテアード国民達は、揃って今か今かと城のバルコニーを一心に見つめている。通りに納まりきらない者は、脇の泥濘に足をさらしながら首を懸命に城の方へ向けていた。激しく打ち付けるような雨にも、誰一人怯むことはない。城壁外のジェード軍の存在も、稲妻の閃光さえも、これから始まる事への期待に打ち勝つことはできない。

 その群集の中に、アランとネイチェルの姿があった。声明を城壁外で聞くことは無理なため、馬を近くの林に隠し、城壁内へなだれ込むプラテアード国民に紛れて入り込んだのだった。アランは、以前プラテアード国民に拉致された時の経験から、身なりにも髪の毛にも注意を払った。今回は、上手くいったようだ。

 足の悪いアランに片腕を貸しながら、ネイチェルは固唾を呑んでこれから始まる「何か」を待っていた。



 「本当に、これでいいのかしら。」

 いつの間にか現れたソフィアが、背後からキールに話しかけた。

 キールは、振り向かずに答えた。

「ここでリディ様が現れて自分が王家の末裔だなどと告白してみろ。未明に連れ去られた娘が本物でないことがばれてしまう。その途端、ジェード軍が再び城壁内へ押し寄せて血の嵐になる上、今度こそリディ様を奪われ、何もかも台無しだ。あの群集の中にジェードの者がいないとも限らないしな。」

「でも、国民の熱い視線を欺くなんてできないわ。」

「誰も、ソフィアに声明を読み上げろとは言わない。」

「・・・いつも通り、私を身代わりに立てるのではないの?」

「そうすれば、ソフィアがさらわれる。そんなことはさせない。」

「じゃあ、どうするの?この雨の中、何もしないでは済まされなくてよ。」

「無論、放っておくわけではない。」

 キールは長い金髪を束ねていた黒い紐を解いた。

「リディ様には、もう少しヴェールの奥に隠れていただかねばならない。」

「お兄さん・・!」

「ソフィア、今日は集まった民衆を城壁外へ出すことはできない。天候のこともあるし、アドルフォ城以外の館と兵舎に分配して泊めようと思う。とりあえず火を焚いて湯を沸かし、あるだけのトウモロコシ粉を溶かしておいてくれ。」

「あれが最後の蓄えよ?今日雨が降ったって、作物は明日できるわけじゃないのよ?」

「彼らは長い距離を飲まず食わずで歩き続けて来たんだ。それくらい労えないのなら、派の幹部など名乗るべきではない。」

「・・・わかったわ。すぐに準備する。」

 ソフィアが出ていくと、キールは意を決し、バルコニーへと続くフランス窓を開けた。

 風と雨が、白い額と長髪を容赦なく襲う。が、「おぉっ」というどよめきが起こった勢いの方に気圧されそうになった。

 とうとう何かが始まる!

 その期待の歓声だった。

 この高さからでは、遠く人の表情まではうかがい知れない。

 だが、眼下に集まった無数の国民の思いは、強く熱くキールの胸へこみ上げてくる。

 強引にリディを閉じ込めただけの責任は、何が何でも果たさねばならない。

 バルコニーの先端まで進んだキールは、民衆に向かって大声を張り上げた。

「私は、フレキシ派第一側近キールである!今この場に、ルヴィリデュリュシアン・ヴァルフィ・コン・シュゼッタデュヴィリィエ様はおられない。それは、今日の未明、ジェード国に連れ去られてしまったからだ!」

 雨が地を打つ音しか聞こえなかった空間に、驚きや怒り、叫びが入り混じったどよめきが起こった。それが納まる少しの間を待ち、キールは続けた。

「ルヴィリデュリュシアン様が今日、皆を集めた目的の一つは、自分が本当はプラテアード王家の末裔だったという事を告白することだった!」

 アランとネイチェルは、周囲の動揺の中、ただ静かに耐えて立っていた。

 キールは、今度は静寂を待たずに続けた。

「民主的な独立国家を目指すフレキシ派派首が王族であったという事実を国民に打ち明けるべきか、ルヴィリデュリュシアン様はずっと悩んでおられた。しかし、隠し続けることこそ国民への最大の裏切りになると結論を出され、今日、この時間に自ら告白することを決意されたのだ。26年前、ジェード軍に降伏したあの屈辱の夜に、瀕死の王妃の腹からアドルフォ様が取り上げたのがルヴィリデュリュシアン様だ。しかし、血が王族のものであっても、現在のあの方を育てられたのは、間違いなく我らのアドルフォ様なのだ。あの方の思想を芯から受け継いでいるのは、ルヴィリデュリュシアン様を置いて他にはない。王家の末裔であることを理由に、我々の派首の資格がないなどと言う者はいるか!?我々フレキシ派幹部の総意は以前と変わらない。このプラテアードを独立に導くことができるのは、ルヴィリデュリュシアン様しかありえない。この意見に賛同できないという者はいるか!?」

 通りには、再び雨音だけが響き渡った。

 誰一人声をあげないことを確認したキールは、話を続けた。

「しかし、問題はここからだ。我々にとっては派首であることに変わりがなくても、ルヴィリデュリュシアン様が王女だったという事実は、他国にとって大きな意味を持つ。実はこの度ルヴィリデュリュシアン様は、この飢饉の限界を感じ、アンテケルエラへ援助を求めた。詳細は省くが、その見返りにアンテケルエラ国の王子が求めたのは、ルヴィリデュリュシアン様の王女としての輿入れだ。それを受け入れられるわけがないことを理解してもらえるだろうか?結果として、今度はプラテアードがアンテケルエラに隷従することになるからだ。そしてそれを、ジェードが見過ごすはずはない。たちまち、このプラテアードは戦場になる。そうなれば独立どころか、敵を増やすだけの結果になってしまうのだ。」

 キールは、高く手を掲げた。

「今、我々は正念場に立たされている。アンテケルエラとの国境には我が同志とジェード軍が待機し、この城壁外はジェード軍に囲まれている。更に肝心のルヴィリデュリュシアン様は、多くの同志が負傷しながらも抵抗したが、力及ばず・・・ジェードによって拉致されてしまった。そして今、この時間を迎えている。私はせめてものこととして、ルヴィリデュリュシアン様の書き記した決意をここで読み上げようと思う。」

  アランは、隣で自分の身体を支えてくれているネイチェルの服の裾をギュッと握りしめた。

(やっぱりリディは連れ去られていたのか・・・。となれば、アンドリュー様はどう動くおつもりだろう?)

 二人の視線の先にあるキールは、マントの内側で徐にリディの声明文を広げた。

 風はない。

 雨粒は真っ直ぐに、強く、大地を叩く。

 キールは、できうる限り声を張り上げた。

「代読する。――― 私は、ルヴィリデュリュシアン・ヴァルフィ・コン・シュゼッタデュヴィリィエとして生きてきました。しかし、真の血はプラテアード王家のものだったのです。8年前にこの真実を知りながら国民に打ち明けることができなかったのは、私が国民から裏切り者と思われるのが怖かったことと、そして私の血が新たな戦いの火種になるだろうことを懸念したからです。特にジェードは、全滅させたはずの王家の血が残っていたことを見逃しはしないでしょう。しかし、いかに様々な理由があったとはいえ、私が王族であったこと、アドルフォの本当の娘ではなかったことを隠していたのは紛れもない事実です。長い間国民の皆さんを欺いていたことを、まずもって心からお詫びいたします。―――」

 そこからは、プラテアードがジェードに降伏した日に誕生をしてから、アドルフォが自分にどのような教育を施したのか、アドルフォが掲げ続けた「フレキシ派が目指す独立国家」とはどのようなもので、それをどう実現していこうと考えているかといった事が詳細に語られた。民衆は皆、息を押し殺して、微動だにせずキールの読み上げる声明を食い入るように聞き入っている。

「――― 私一人の血が、プラテアードの独立の妨げになってはなりません。また、国民を戦に巻き込むことも許されません。しかし、現実は私の思惑とは別のところにあるようです。私の王女の血を巡って国同士が対立する時、プラテアードは戦場になるでしょう。これからプラテアードはジェードだけでなく、王女の血を欲しがる国をも敵に回して戦わねばならなくなるかもしれません。すべての元凶ともいえる私が今、できることは唯一つしかありません。それは、王女の身分を完全に捨て去ることです。私は今も昔もそしてこれからも、自分を王女として扱わず、王女として生きることはしません。そして、独立運動の王ビーリャ・ラス・アドルフォ・アルミラーテ・コン・シュゼッタデュヴィリィエの遺志を受け継ぎ、今まで以上にプラテアード独立のために尽力することを誓います。私の命を賭けた約束ではありますが、王家の血を継ぐ人間に派首の資格がないと国民の皆さんが思うのならば、黙殺してもらって構いません。その時は、フレキシ派幹部が選出する者を新しい派首として迎え入れて欲しいのです。いずれにしても、私の命がプラテアードの礎とならんことを。・・・ルヴィリデュリュシアン・ヴァルフィ・ディア・プラテアード改め、ルヴィリデュリュシアン・ヴァルフィ・コン・シュゼッタデュヴィリィエ―――」

 キールは、書面から目を離し、眼下の民衆を見渡した。

「以上が、ルヴィリデュリュシアン様の声明である。私は最初に皆に問うた。王家の血が、我々の派首であることの妨げになるか?と。その答えは、今も変わらないか!?我々の派首は、変わらずにルヴィリデュリュシアン様であると認めるか!?」


「おぉぉーーーーっ!!」

 

 賛同の雄叫びが地鳴りのように響き渡った。

 一人一人が手を大きく上へ掲げ、キールにアピールしている。

 アランは、キールの問いかけがリディを派首として認めさせようと誘導的になっていることが気に入らなかった。あの聞き方では、この群集の中で反対の声を挙げるのは難しい。リディが国民から離反されることは望まないが、やり方として卑怯な気がした。

 そんな中、キールの声が一際高く響き渡った。

「遠路遥々この城へ赴いてくれた我が同志達よ!この神の雫が大陸の恵みとなる以上に、我々の強い決意を敵から守るいかずちとなることを祈れ!!アドルフォ城も、ルヴィリデュリュシアン様も、我々プラテアードのものだ!ジェードにもアンテケルエラにも、我々は屈しはしない!!」

 一層大きく湧き上がる歓声を受け、キールは感謝の意を民衆へ示しながら、次の言葉を発した。

「我々は、ルヴィリデュリュシアン様をジェードから取り戻さねばならない。しかしその前に、城壁外のジェード軍、そしてアンテケルエラの出方次第では、まず奴らと一戦交えなければならないのだ。その準備のために、まずは館で身体を休めてくれ。出撃の必要あらば、すぐに出てもらう。」

 ネイチェルは、アランに小さく囁いた。

「どうやら、しばらく外へは出れないな。」

「長い期間とは思えない。ジェードの人間と悟られない様に時が来るまで潜もう。」

 民衆は興奮冷めやらぬように、長いこと口々にアドルフォやキール、ルヴィリデュリュシアンの名を叫んで士気を高め合っていた。

 キールはバルコニーから部屋に入ると、人知れずに、ゆっくりと安堵の息を吐いた。


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