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第39話:彷徨の森

 プリフィカシオン公爵に成りすましたネイチェル一行が第四総督府に帰還したのは、西の空が紅から藍へと変わりだした頃だった。

 周囲を偵察し続けたアンドリューの側近たちも続々と府内に戻り、そして初めて、アランの姿がないことが発覚した。

「あれほど言ったのに!どうしてアランから目を離したんだ!?」

 アンドリューは腹立ちまぎれに、側近たちを怒鳴りつけた。

 アンドリューがこんな風に仲間に振る舞るまうなんて、未だかつてなかったことだ。

「アランの顔!あれこそが財産なんだぞ!プラテアードの手に渡ったら間違いなく利用される。わかっていたことだろう!?」

 取り乱して部屋の中を動き回るアンドリューに、誰一人として話しかけることができない。普段あれ程親しげに話しかける側近達でありながらも、だ。

 アンドリューの苛立ちだけが、部屋の空気を漂う。

 ネイチェルも、レオンも、喉をこわばらせている。

そんな仲間に怒りをぶつけるように、アンドリューは壁にかけられたマントを乱暴に掴み取った。

「アンドリュー!」

 レオンが呼び止めると、アンドリューは振り向くことなく言い放った。

「アランを探しに行く。」

「では、我々も。」

 仲間たちが動き出すのを見て、アンドリューは大声を上げた。

「ネイチェルは残れ!何かあった時は、俺の代わりに総督権限を行使して命令を下すんだ!それから、俺には誰もついてくるな!・・・一人にしてくれ。」

 振り絞るような口調に、アンドリューの苦悩が滲んでいる。

 アランに何かあったら、誰彼かまわず殺しかねない息遣い。

 そんな言葉には、誰も逆らうことができない。

 

 湖に跳ね橋が降りた。

 10騎の馬がドカドカと音をたてて走り抜け、四方へと散っていく。

 アンドリューは、宇宙そらを仰いだ。

 有難い。

 星明かりが味方している。

 敵の手に堕ちていない限り、アランは北極星と星座を頼りに、こちらへ向かっているはずだ。

 アンドリューも、心の奥ではわかっている。

 アランがアンドリューの言いつけに背こうと思って背いたわけではないこと。側近たちが迂闊だったのではなく、やむを得ない状況だったのだろうということ。

 すべてわかっていながら、あんな風に仲間を罵倒してしまった。

 本当は、一番、自分自身に腹を立てていたということに気づかずに。

 誰に対してでも、怒った後は気分が悪い。例え自分が正当な立場であってでもだ。だから、こんな風に自分が悪かったと気づいた時には、辛く、やるせない。

 暗い森を小さなランプだけで懸命に突き進みながら、アンドリューは苦い思いで唇を噛んだ。

 今はただ、アランを探すことだけに集中するしかない。

 小道を辿り、やがて、森を抜けた。

 そこは、小高い丘の上だった。

 アンドリューは辺りを見渡し、思いがけないものを目にした。


 あれは、何だ?


 遠い眼下に、橙色の小さな揺らめきが見える。

 よく目を凝らすと、その明かりは細く長く連なっているのが確認できた。

 そこへ、別の道から森を抜けた仲間の一人が駆け寄ってきた。

「アンドリュー!」

 馬を止め、二人は並んで光の正体を探ろうと同じ方向を凝視した。

 オレンジ色は段々と濃く、大きくなって森の方へ向かってくる。

「プラテアードの連中に間違いはない。俺はもう少し近づいて探りを入れる。アンドリューは城に戻って対策をとった方がいい。」

「しかしアランが、」

「非常事態だぞ!総督府を護るのがアンドリューの役目だろう?アランは俺達が必ず探し出す。それに、もしかしたら行き違いになっているかもしれない。」

 アンドリューは躊躇いながらも承諾した。

「わかった。万一に備え、戦闘態勢をとっておく。」

「よし。」

 二人は別々の方向に分かれて、再び馬を走らせた。


 その頃、アランとリディは森の中腹で足止めを食らっていた。

 馬が疲れて、走ることはおろか歩くことさえ拒否しだしたからだ。

 思えば当たり前のことだった。朝から走りっぱなしで、しかも途中からは二人を乗せて崖さえ下ってきたのだから。

 後ろでぐったりとしているリディの背に偶然手が触れると、燃えるように熱いことがわかった。それがアランの気を急かす。

 アランは思い切って馬を降りた。

 こんなところで往生してはいられない。

 嫌がる馬の手綱を無理やり引いて、ゆっくり前へ踏み出した。

 ただ歩くのではない。重い物を引っ張るための労力が、アランの一生癒えぬ足の痺れにのしかかる。

 一歩地面を踏みしめるたび、電流が全身を駆け巡るようだ。

 だが、耐えて進まねばならない。

 カタラン派の連中は今頃どうしているだろうか。

 諦めて帰っただろうか。それとも、引っ込みがつかず、あのまま行進を続けてるのか。もし追いつかれたら、今度こそ逃げられない。そんなことだけは、絶対に避けねば。

 言うことを聞かぬ足に、アランは、これほど腹がたったことはない。

 痺れなんて耐えればいいだけなのに、こんなにも足が言うことをきかないとは。

 

 どろどろの沼に足をとられているようだ。

 重い物を引いて歩いたことなど一度もないアランには、想像以上の試練だった。

 汗が額から目に染みる。

 息があがる。

 ずっと大事に温室で育てられてきた。ハンスや、アンドリューや、仲間に支えられて。

 今なら、よくわかる。

 どうして、アンドリューが自分を表に出すことを躊躇ったのか。一人で行動することを禁じたのか。

 当前だ。こんなに未熟で独りで何もできない男を、一人立ちさせられるわけがない。

 どんなに賢いと言われても、身体も精神も鍛えられていないのでは、いざという時何の役にもたたないのだから。

 足が、動かなくなってきた。

 膝から下が持ち上がらない。

 ひきずっても、もう、前にさえ出ない。

 総督府まであとどれくらいなのか、想像さえつかない。

 駄目なんだろうか。

 このまま、誰かに発見されるのを待つしかないのだろうか。

 それが味方なら救けだ。

 しかし敵なら―――

 疲れ切った頭を、馬の脇腹に押し付けるようにしてもたれた。

 そんなアランの目に、ふとリディの腰にある銃が映った。

(そうだ。)

 アランの持ち物はすべてカタラン派に奪われしまっていたため、今まで思いもつかなかったが、これを利用しない手はない。

 一か八か。

 少なくとも、ここはジェード総督府の周辺。味方に発見される可能性の方が高いはず。

 いや。それに、賭けるしかない。

 アランは、リディを揺らさない様、慎重に銃を手にとった。

 残る力すべてを振り絞って、腕を高々とかかげる。

(どうか ――― )

 

 ダ・・・ーーー・・ン


 天に向かい放たれた銃声に、鳥の群れが一斉に羽ばたいた。

 味方に届いてほしい。

 この、救援の叫びを。

 アランは祈りながら、湿気を帯びた草の上に膝をおとした。

 赤い流れ星がスッと視界に現れ、そして消えて行った。


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