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第3話:王宮にて

 リディ達が暗闇を歩かされている頃、店の周りは騒然としていた。

 

 「おい、店の中には誰もいないじゃないか!」

 

 閉店と同時に乗り込もうとしていた警官らは、あわてて周囲を探し始めた。

 店は営業の灯を消さぬままいつの間にか閉店しており、従業員も客もいなかった。

 またもチャンスを逃したのだ。

 その様子を見たアンドリューは、舌打ちした。

「くそっ、警察なんかあてにするんじゃなかった!」

 アンドリューは、建物の影から現れたレオンの襟首をつかんでなじった。

「どうするんだ!絶対助けるって言ったくせに!」

「今回は中庭も見張ってたし、怪しい奴の出入りもなかった!」

「店の中に潜入してりゃ良かっただろうが!」

「俺は店に面が割れてるんだよ!尻尾つかもうと何度か入店してて、すでに怪しまれてる!」

 アンドリューの鋭い瞳が、レオンを射抜きそうなほど睨み付けた。レオンはその熱い、しかし冷酷な光に身震いした。

「・・・すまない。だが、手をつくす!」

「当たり前だ!」

 アンドリューが手を放すと、レオンは夜の街に走り去って行った。

 警官達も店の中の捜索を諦め、散っていく。

(入り口と中庭を見張ってて出てこないなら、地下しかないだろうが。)

 店の入り口に鍵はかかっておらず、アンドリューは容易く中に入ることができた。

 

 店内は暗く、窓から差し込む僅かな月明かりでしか様子をうかがい知ることはできない。

 カウンターにテーブル席、ソファ、酒の棚・・・普通の酒場だ。

 店の端の扉が開きっ放しになっている。警察が調べたままなのだろう。

 アンドリューは、扉の奥に入った。

 今度こそ暗くて何も見えないため、アンドリューはマッチを擦った。

 暖炉の位置を確認し、そこから木の枝を拾い上げると、火をつけた。

 ボウッと音を立てて、枯れ木は赤い光を宿した。

 中はテーブルと椅子だけの、粗末な控え室だ。

 アンドリューは火をかざして、壁から天井まで、ぐるっと一周見回した。

 ここで行き止まりか?

 そんなはずはない。

 中庭への出口があるはずだ。

 それとも、中庭には店からしか出れないのか?それとも・・・。

 アンドリューは火を床に近づけた。薄汚れた木の板が続く。

 その時、突然心臓の音が高くなった。それは、アンドリューの本能が呼び覚まされた瞬間だった。

 今まで気にしていなかったが、もし、まだ敵がこの店内に潜んでいたら?

 警察の眼を欺くために店を出たように見せかけているだけで、リディ共々どこかに隠れているかもしれない。

 アンドリューは一気に慎重になった。

 息を詰め、足音を立てないよう注意を払う。

 人の気配がないか、肩先に神経を集中させる。

 そんな中、アンドリューは暖炉脇の用具入れに目をとめた。

 人一人入るくらいの入れ物だ。

 そっと手を伸ばし、開けてみる。

(ここか・・!)

 予感は的中した。

 用具入れに見せかけた扉の向こうには地下へ続く階段が伸びていた。

 アンドリューは一歩一歩慎重に階段を降りていった。

 やがて底にたどり着き、正面、右、左の3つの扉に出会った。

 とりあえず、右から開く。

 埃臭い倉庫だ。

 正面の扉を開けても、同じだ。ワイン樽が壁ぎわに積まれている。

 そして、左の扉。

 扉を開けてすぐ目に飛び込んできたのは大きな蜘蛛の巣だった。

(こんなでかい蜘蛛の巣、1時間くらいじゃ作れないだろう。だとすれば、右か正面・・・。)

 とりあえず、右の倉庫に入る。

 湿気とひんやりした空気。

 長く居れば、病気になりそうだ。

 見えない埃でむせかえる。

 火を翳して、注意深く部屋の隅から隅をチェックしていく。

 さっきのような出口が絶対あるはずだ。

 

 そんな中。

 

 ふとアンドリューは、床の一部分で目を留めた。

(これは!?)

 赤黒い液体。

 膝をついて目を近づけてみると、それが紛れもなく血であることがわかった。

 しかも、まだ乾ききっていない。

(ここで何かがあったんだ。)

 アンドリューは、床から壁から、手当たりしだい押してみた。

 幸い、例の大男達は荷を片付ける間もなく警察の動きに気付き逃げ出したため、リディたちが押し込められた穴はふさがれていなかった。

 しかし、少年一人が押したくらいで幅50cm高さ30cmの石ブロックが動くわけはない。アンドリューは腰から小型ナイフを取り出すと、石と石の間に差し込んでみた。つっかえず、スッと差し込めたら、その石は動く証だ。

 アンドリューが動く石を見つけ、動かし、リディ達が歩かされた暗い地下通路を見つけるまでに、30分かかった。

 しかも通路は一本道ではなく、迷路のように入り組んでいる。

(こんなすごい地下道、いつ作ったんだ?第一、それだけの資金を持っている人物など、限られるだろうに。)

 何度か行き止まりに悩まされながらも、やっと外の空気を見出したのは、蒼い朝を迎えた頃だった。

 階段を上りきり、扉や柵を越えることもなく外へ出ると、そこは青々とした芝生の広がる庭だった。

 振り返って自分が出てきた所を見てみる。

 岩陰になっている上雑草で覆われ、外から見れば洞穴があるのかどうかさえ、言われなければ気付かない。

 フッと鼻を突く臭いで横を見ると、そこは馬小屋だった。

 しかも、かなり立派な、アンドリューが軍隊の仕事で乗っている馬達の小屋よりも立派だ。 これは・・・。


「何をしているのです!?」


 アンドリューが驚いて振り向くと、そこには上等なビロードの乗馬服を着た少女が立っていた。

「お前は、城の者ではないわね?見かけない顔だわ。」

 よく動く薔薇色の唇。白い肌。亜麻色の巻髪に、服とお揃いの紅いリボン。

 しかも、この高貴な顔立ちは見たことがある。

 そうだ、一月ほど前の新聞で見た。

 「姫様!」

 質素な乗馬服の少女が後ろから現れ、「姫様」の隣に立った。

 そうだ。

 この少女は南に隣接したプリメール国の王女、フィリグラーナ!

 確かこの国の王子と半年後に結婚するため、早々に国入りしたのだ。

 侍女らしき娘が、フィリグラーナの前に立ちはだかる。

「姫、このような得体の知れない男に近づいてはなりませぬ!」

 ここは王宮の庭、そして王宮所有の馬小屋だったのだ。

 フィリグラーナ姫は、おおよそ朝乗りを楽しもうと侍女一人だけを連れてここへやってきたに違いない。

 だが、思いの他手間取ってしまったアンドリューに、これ以上割ける時間はない。どうして街の酒場が王宮の庭につながっていたのかわからないが、リディがここまで連れてこられたのは確かだ。レオンが言うように海を越えて売られるのなら、夜明けは出航にうってつけの時間だ。人目につかず、明かりは要らず、水煙が味方につく。

 アンドリューは、姫の足元にひざまづいた。

「私はジェード王国軍通信司令部三等士官アンドリュー・レジャン。ただいま犯罪者を追っている途中です。無礼を承知でお願い申し上げます。どうか、馬を一頭貸していただきたい。」

「・・・馬を?」

「時間がないのです。どうか、馬を!必ずお返しに参ります。」

 フィリグラーナは、ちょっと眉を吊り上げて意地悪な笑みを浮かべた。

「そんな保障、どこにあって?初めて会った三等士官のたわ言など、相手にする義理はないわ。」

「急いでいるのです!一人の罪のない少年が、外国へ売られそうになっているのです!」

「その犯罪者を追っている人間が、どうしてこの王宮へ?犯罪者が王宮の中にいるとでも?」

「それも含めて、確かめねばならないのです!」

 すると侍女が、アンドリューの脇に立った。

「無礼な!王宮の中に犯罪者がいるかもしれないだなんて、よくそんなでたらめを!」

「余計なことはしないで、ダイナ!」

 フィリグラーナは自分で乗るつもりだった馬を引いて来た。

「こんな上等な馬を貸すのです、あなたがここへ戻る証として、何か置いていきなさい。」

 アンドリューはちょっと躊躇いながらも、シャツの胸元に手を入れてペンダントをはずすと、侍女のダイナに渡した。ダイナからペンダントを受け取ったフィリグラーナは、驚いてアンドリューを見つめた。

「これは、どこで手に入れたの?」

「私の両親の形見です。私の財産は、それしかございません。」

 フィリグラーナは形のいい小さな唇の片隅を軽く持ち上げた。

「もう一つ、条件があってよ。」

「私でできることならば、何なりと。」

「よろしい!」

 フィリグラーナはそう言うと、馬の手綱をアンドリューに差し出した。

「私も乗せて西の門へ行きなさい。あそこの番兵は私の国の者です。私が話をつけましょう。」

「ありがとうございます!」

 アンドリューはひらりと馬に飛び乗ると、地上のフィリグラーナの腕をつかんだ。

 フィリグラーナが「えっ?」と思う間もなく、アンドリューは掴んだ腕を強く引いてフィリグラーナの腰を抱き寄せ、自分の前に横座りさせた。

 その鮮やかな身のこなしにフィリグラーナが驚いたのは、言うまでもなかった。

 後ろを馬で追いかけてくるダイナなど、あっという間に見えなくなる。

 フィリグラーナの案内で、3分後には西の門に着いた。

 アンドリューはフィリグラーナを馬から下ろし、門が開けられるのを待った。フィリグラーナの命令は即効で、門はすぐに開けられた。

「明後日の朝六時、ここへ馬を返しにいらっしゃい。邪なことを考えるのではありませんよ。いざとなれば私はお前を捜索させ、縛り首にすることも可能なのですからね。」

「お約束は、必ず守ります。条件というのも、返却時に伺いましょう。私も形見を手放す気はございませんから。」

 あっという間に丘を降りていくアンドリューを見送るフィリグラーナに、侍女ダイナは息も絶え絶えに声をかけた。

「姫様の気まぐれにも、ほどがあります!あんな得体の知れない男に大事な馬を貸すなど・・・、王子の耳に入ったらどうなることか。」

 フィリグラーナは、アンドリューから受け取ったペンダントをダイナの目の前にぶら下げて見せた。

「気まぐれではないわ。このペンダントが私に決心させたの。」

 ダイナは手のひらに治まるサイズのペンダントトップを目を凝らして眺める。

「・・・これは、本物の薔薇翡翠ですか。」

「そうよ。それに不思議な模様と古代文字が彫刻されている。鎖は安物の銀だけど、そんなことは問題ではないわ。」

 フィリグラーナは、ペンダントを自分の首にかけると、ブラウスの下に入れた。

「薔薇翡翠はジェードの宝。これを持てるのは限られた地位の人間だけと聞いているわ。彼の両親は、爵位のある人たちだったのかもしれない。」

「盗んだものかもしれません。」

「ねえ、ダイナ。私は人を見る目があるつもりよ。20年、王族の人間として、いつも人の裏切りを気にして生きてきたのだもの。その私が認めたのよ。見た?あのプラチナブロンドに蒼い目。少なくとも教養ない庶民には見えなかったわ。」

「姫はまた、すぐそういうことをおっしゃる!姫は半年後にマリティム王子と結婚する身なのですよ?軽はずみな発言は慎んでくださいませ!」

 フィリグラーナはクスクスと笑った。

「それはわかっているわ。私は私に釣り合う国の王子としか結婚する気はないし、マリティム王子は頼もしくてハンサムで、理想どおりよ。でも、それとは別に、私に絶対忠実な騎士ナイトが一人くらいいてもいいと思わない?」

「姫!」

 フィリグラーナはダイアをからかうように走り出した。

 フィリグラーナはアンドリューとの出会いを運命だと信じて疑わなかった。

(いいえ、運命にしてみせる。だって私にはそれだけの権力があるのだから!)


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