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第37話:二度目の視察にて

 減税の通知を出して二か月。

 第四総督プリフィカシオン公爵の第2回視察が行われた。

 前回と同じようにネイチェルを中央に据え、周囲を近衛兵もあわせて50人の騎馬が囲んだ。

 レオンとアランを含めた数人は別行動で、早朝からアドルフォ城の方を偵察していた。

 公爵の視察を知ったフレキシ派の連中の動きを見張るためだ。

 幾手かに分かれ、それぞれ違う方向から城の出口を監視する。

 アランはレオンに支持された芦の茂みに身を隠し、じっと息を潜めていた。

 視察の電報を打ってから10分と経たないうちにフレキシ派の動きがあったらしく、レオンの合図で3人がそれを追った。

 それから30分も経っただろうか。

 突然、地をたたきつけるような蹄の音がし、アランが見張っていた裏の小さな門が開いた。

 10騎ほどか。

 足の強そうな、見るからに上等な馬ばかりが城の門を駆け抜けていく。

 皆マントを羽織っていて、目では顔や性別は全く判断つかない。

 だが、アランは、これは追いかけるべきと判断した。

 この軍団は、フレキシ派の幹部だ。

 雁首をそろえて、一体どこへ急ごうというのか。

 アランは仲間に知らせようとしたが、近くにいた男は、あいにく先ほどの早馬についていってしまってようだ。

 少し走ればまだ仲間がいるのはわかっている。だが、そこまで行ってたら完全に見失ってしまう。

 アランは、アンドリューの言いつけを思い出した。

 一人で行動しないこと。そして、居場所は仲間に告げること。

 それが、不可能な時は?

 一瞬だけ躊躇したが、アランは意を決して手綱を握りなおした。

 彼らを追って、行き先を確認したらすぐ戻ればいい。

 危ないことはしない。それは、言いつけを守る。

 自分だって、役に立てる。

 それを証明したい気持ちも、アランの心を波立たせていた。


 アランが見た軍団は、キールやリディを始めとした、まさにフレキシ派の中心人物ばかりだった。

 実は10日ほど前、カタラン派の使いがアドルフォ城を訪れ、次の公爵視察の際に行動を起こすと宣告していた。前回の視察で、公爵が大物に見えなかったことで、いい気になっているらしい。

 カタラン派は、第四総督府と第一総督府の狭間に住んでいる。今までは第四のみに納税していたのだが、第四の減税の恩恵を受けたと知った第一総督府の税徴収軍が突如現れ、減税分の穀物を持ち去ったと憤っていた。

「何が減税だ。第四の領地の連中だけいい気持にさせて骨抜きにしようって魂胆さ。その分、別の領地の奴らは確実に20%増税されてるんだ!くだらねぇ作戦だ。ジェードの奴らが俺らをなめてる証拠さ!」

「何もしないだろうと甘く見て、性懲りもなく偵察なんかしやがったら、俺たちはもう容赦しねぇ。数十騎くらい、俺たちカタラン派で十分だ。全員の首をとって晒し者にしてやるぜ!」

 カタラン派のナンバー2と3の地位にある若い男二人は、血気にはやった息遣いで「止めても無駄だ」という意気込みだった。前回の視察で、フレキシ派が公爵に手出しするなと言ったことを、「腰抜けの戯言」と受け取ったらしい。今はまだ戦いを仕掛ける時ではないと、何度ソフィアとキールが説得しても駄目だった。もともと戦いが好きな部族の集まりでもある。長い間じっと大人しくしているなどできない性質なのだろう。

 後方でやりとりの一部始終を見ていたリディは、眉をひそめた。

(カタラン派の怒りもわからなくはない。税の取り立てに、裏があるのはわかった。それにカタラン派の連中も、そろそろ存在を鼓舞したい時期だろう。だが、・・・。)

 そこへ、公爵2回目の視察の知らせ。

 カタラン派の公爵襲撃を止めるため、キール以下リディの側近として仕える連中が動いた。

 カタラン派の集落へは、公爵視察の知らせをしないように早馬に告げてある。だが、カタラン派は至る所に仲間を配置し、常にアンテナを張っている。早馬が来なくても、公爵視察はすぐに知るところになるだろう。

 リディは、ソフィアをアドルフォ城に残した。

 最悪の場合、リディは自分こそがアドルフォの娘であり、フレキシ派派首であることを宣言する覚悟だった。自分の言うことを聞けぬのなら、国外追放も辞さないと伝えるつもりだ。

 今日は、リディの覚悟を知るキールがしっかりと脇についている。二度と一人にしてはならないと痛感しているからだ。リディの頬の傷は癒えたが、未だに辛い表情をして独りになりたがる。同じことを二度と繰り返させないように、しっかり傍にいようと思う。

 例え血は繋がっていなくとも、アドルフォの遺志を受け継いでいるのはリディ以外にありえない。プラテアードを独立に導くには、リディの存在が絶対に必要なのだ。

 リディ達一行は、カタラン派の集落まで一心不乱に走り続けた。

 村や街をいくつも通り抜け、橋のない川を渡り、岩肌のむき出しになった丘を登る。

 ようやく、カタラン派の集落の入り口が見えてきた。

 しかし、そこには既に武装した民衆が武器を構えて待機していたのである。

 リディは驚いた。

 一体、いつの間にカタラン派の勢力はこんなに増していたのだろう。

 この数は、とても集落一つ分ではない。知らぬ間に、フレキシ派の一部も取り込んでいたと見て間違いない。

 リディを仲間の後方に下げ、キールは馬上から民衆に向かって叫んだ。

「早まるな!公爵一行を殺そうと、人質にとろうと、総督府そのものを落とさねば意味がない。あの公爵を殺してもジェードはビクともしないし、人質にとっても大した効果が得られるとは思えない。逆に、今度こそジェードと全面戦争になるぞ!それで今の我々が勝てると思うのか!?」

 すると民衆の後ろから、カタラン派の派首、ノキアが現れた。

 ノキアは前派首の一人息子で、相手を威圧するような鋭い鷲目が特徴的だ。

 黒い詰襟に映える赤いマントを翻して、ノキアはキールの前に進み出た。

「フレキシ派の派首はどうした!?今日は来ないのか!?」

 ノキアも、ソフィアが派首だと思っている。

 仲間の背中の向こうに僅かに見えるノキアを、リディは初めて見た。

 背は高く、筋肉質で肩幅が広い。リディと一対一で剣の争いなどすれば、力だけで負けてしまうだろう。

 キールは馬上からノキアを見下ろした。

「乱闘に巻き込まれては困るのでな。シュゼッタデュビリエ様は城に置いてきた。」

「それが腰抜けだというんだ!こんな大事に現場に訪れないとはな!」

 それを聞いたリディが前へ出ようとすると、仲間の騎馬がそれを遮った。

 キールが「よし」と言わない限りリディを表面へ出してはならないと、きつく命ぜられているからだ。

 リディはノキアの勝手な言い分に苛立ち、ただ見ていることを強いられた立場に気を揉んで落ち着かなかった。

 が、そんな最中、リディはふと自分達に向けられた視線に気づいた。

(!?)

 ハッとして、振り向く。

 が、特に人の影は見当たらない。

 向こうでは、だんだんキールとノキアだけの言い争いに留まらず、周囲の者の怒号も飛び交うようになった。いつも冷静なキールにも、焦りの色が見え始めた。仲間も前へ出て、口々に説得を始める。

 仲間は皆、カタラン派との対立に気をとられている。

 リディはそっと後ずさり、視線の正体を探りに行った。

 茂みを縫うように、手綱を操る。

 半径500mほどを回ったが、人影さえ見当たらない。

 これだけ来て誰もいないなら、気のせいだったのか。

 リディがそう思って、引き返そうとした時だった。

 (!?)

 突然人々のざわめきが聞こえ、それは徐々に大きくなっていった。

 何事かと考える間もなく、武器を手にした数十人の民衆の群れが現れた。

 だが、リディの目は民衆ではなく、中央に囲まれた馬上の青年にくぎ付けになった。

 民衆は、青年の方に鍬や銃の先を向けて歩いてくる。

 彼らはリディの姿を見つけ、立ち止まった。

「あんた、誰だ?」

 怪訝な顔つきに、リディは多少強気に言った。

「私は、フレキシ派の遣いの者です。あなたたちこそ、どうしたというのです?」

「俺たちもフレキシ派だが、カタラン派が総督を殺すってんで加勢に来たんだ。そしたら見ろ、こんな獲物がひっかかったぜ。」

 馬の上の青年は、後ろ手に縛りあげられた上目隠しをされ、口にも猿轡を噛まされている。

 リディは訊いた。

「獲物って・・・この人がジェードの人間だという確信でもあるのですか?」

「こいつのシャツを見ろ!こんな上等な布は、プラテアードには切れ端さえ存在しねぇ!」

「それにさ、これを見てよ!」

 民衆の中には女も大勢混ざっている。その中で威勢のいい女が、夫らしき男に肩車され、あっという間に馬上の青年の頭から、髪をはぎとった。

 リディは、息を呑むほど驚いた。

「これ、カツラなんだよ!」

 女たちは、甲高い声で笑った。

「ジェードには余計な金がある証拠さ!変装のつもりかねぇ?」

 周りの者も、下卑た笑いで青年を辱める。女はさらに大きな声をあげた。

「見なよ、この見事な金髪!それに顔は、あのマリティム国王そっくりなのさ!」

 リディは、思わず手綱を持つ手に力を入れた。

「こいつは只者じゃないと思ってな。カタラン派に合流する手土産に持ってくつもりなんさ。」

 もう、確信せざるを得ない。

 この青年は、アランだ。

 確か、20歳くらいになったはず。

 どうしてアランがこんなところに出てきたのかはわからない。

 だが、この絹糸のように滑らかなミルク色がかった金髪。間違いない。

 目隠しされているアランには、ここにいるのがリディだとはわからないだろう。

 リディは、先頭にいる男に努めて冷静に言った。

「私は、カタラン派が公爵を襲う計画を止めるために使わされたのです。そんな青年一人つれて、どうなるものでもないでしょう。それに、公爵を襲えばジェードとの全面戦争になりますよ。まだ時期が早すぎます。」

「1年前、俺たちは第三をやった!次はいつかと、指折り数えて待ってんだ。ちんたらやってたら、生きているうちに独立なんかできやしねぇ。フレキシ派は、アドルフォ様を失って腰抜けになっちまった。」

「そんな!」

「俺たちは、強気な指導者を求めてるんだ。その点、カタラン派の派首ノキア様は頼もしい。なんたって、やる気がある。フレキシ派のあんたには悪いが、今回の加勢を機にカタラン派に入れてもらおうかと思ってるんだ。」

 リディは、叫んだ。

「それは違う!1年前の戦いで、どれだけの犠牲が出たか忘れたのですか?確かに城を降伏させはしました。でもそのために、我々はジェードより多くの人を死なせてしまったんです。武器もお金も使い果たしました。次の戦いまでの蓄えは、1年やそこらでできるわけがないんです。」

 民衆達はリディの声に苦笑し、または嘲笑した。

「おい、行くぞ!」

 リディを無視して、彼らは再び歩き始めた。

「待ちなさい!その青年をどうするつもりですか!?」

 その声に、先頭の男が振り向いて冷たい視線を投げかけた。

「そんなこと、ノキア様がお決めになることだ。」

 アランに近づこうにも、人の波が邪魔をしてどうにもならない。

 リディは仕方なく、集団の後ろからゆっくりとついていくことにした。

 アランがどうなるのか見極めておかねばならない。

 もしかすると、アランが戦の引き金になるのかもしれないのだから。

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