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第29話:三件目の火事

 吹き荒ぶ風に頬をさらしながら、ジェリオは、バッツの屋敷やキールの家、キールとその妹のソフィアのことを脳裏で反芻していた。

 バッツの大きな屋敷。

 医師だという、バッツの祖父。

 キールとソフィアの、尋常ではない洗練された身のこなし。

 それらが総て、凡人でないことは確認できた。

 プラテアードで、あのレベルの隠密をつける必要がある要人は、ジェリオが考える限り一人しか思いつかない。王室を潰され、軍隊を持つことも許されず、国民すべてが奴隷のように働かされているプラテアード国で今、特別な地位に置かれているのはただ一人。伝説の革命家で独立運動の王と呼ばれていたアドルフォの娘 ――― ルヴィリデュリュシアン・ヴァルフィ・コン・シュゼッタデュヴィリィエ。

(ジェード軍から暗殺の指令が出ていたはずだが、どこに潜んでいたのか結局噂にさえならなかった。その彼女がバッツの主人だとして、一体どこでアンドリュー殿を知り、護衛しようなどということになったのだ?まさか、我々の知らない所で二人が手を組んだか?・・・いや。あの晩、満月の下で額の紋章を見るまではバッツだってアンドリュー殿が王子だということに気づいていなかったはずだ。)

 息が詰まりそうだ。

 今、自分はまさに大いなる運命の狭間に立たされているのではないか。

 プリメール国王女にして、現ジェード国皇太子妃、フィリグラーナ。

 ジェード国王子、アンドリュー。

 そして、プラテアード国の次期指導者ルヴィリデュリュシアン。

 この3人を繋げば、歴史は変わる。

 いや、繋ぎ様によって、歴史を操作することができるのだ。

 さしものジェリオでさえ、身震いするほどの興奮に襲われた。

 


 この林を抜ければ、総督府の入り口に着く。

 あと少し、という所でジェリオは馬を降りた。

 

 静か過ぎる。

 

 深夜ではあるが、それとは明らかに違う、緊迫した空気が漂っている。

 ジェリオは手綱を木の幹に結びつけると、城壁の入り口の様子を窺える位置まで歩み寄った。そこで木々の間から見た光景に、ジェリオは息を呑んだ。

 

 何ということだ!

 

 普段から、監視が厳しいことは知っている。

 だが、今夜は異常に数が多い。

 何十騎という馬上の兵士が、三重にもなって鉄の扉の前に整列しているのだ。

 たいまつの火さえ、いつもより激しく燃え上がっている。

 明らかに、特別な命令が下っている証拠だ。

 アンドリューのことと、無関係だといえる理由はどこにもない。

 こんなに厳しい警戒態勢では、フィリグラーナから渡されたジェリオの偽造国民証明書など見破られてしまうだろう。

 ジェリオはゆっくりと後ずさった。

 あの場で捉えられては、元も子もない。

 ここは一先ず、様子を見たほうがいい。

 その刹那。

 ジェリオは火薬の臭いに身体を強張らせた。

「動くな!」

 目を凝らすと、いつの間にか八方から複数の銃を向けられている。

(!!)

 城壁の方ばかりに気をとられていただろうか。だが、油断はしていなかったはずだ。

(こいつら、全く気配を感じさせなかった・・・?)

 軍服を着ていない。しかし、揃いの深緑の詰襟に、埃臭いマントを背負っている。

「貴様、プラテアードの者か?」

 銃を向けたまま、正面にいる馬上の男が近づいてきた。

 ジェリオは肩で呼吸しながら、どうすべきか考えた。

 生唾を呑み込みながら、心を決める。

「私は・・・ジェード国民だ。証明書もある。」

「見せてみろ。」

 ジェリオは胸元に手を入れ、折りたたんだ紙切れを男に渡した。

 たいまつで煌々と照らされた城壁入口付近では偽造が見破れるかもしれないが、男の持つ小さなランタンだけなら誤魔化せるはずだ。

 男は紙をジェリオに返し、言った。

「どうして今夜、総督府外に出た?今宵、不要な外出は禁じられていたはずだぞ。」

 そんなお達しが出ていたのか。

 ジェリオは紙を仕舞いながら、男を見つめ続けた。

「そうだったか?どうりでプラテアードの村々が騒がしいはずだ。」

「とにかく、これ以上勝手な行動をされては困る。――― おい。」

 男の合図と共に、二騎の馬がジェリオの両脇にぴったりと着いた。

「逃げようとすると、容赦なく銃弾が額を貫くぞ。」

「私は敵ではないのに、この扱いは酷くないか?」

「プラテアードを一人で彷徨う男など、十分に怪しいと思わないか?夜明けが訪れれば我々の任務は終わる。そしたら一緒に戻ればいい。」

 たまらず、ジェリオは叫んだ。

「東の外れで火事を見てきた。でかい城のような屋敷で、森の一つも焼き尽くしそうだった。私はそれを知らせに、総督府に戻るつもりだったのだ。」

「プラテアードのことに、庶民が関心を持つ必要はない。行くぞ!」

 馬の嘶きがいくつも林に木霊し、蹄の音が耳を叩いた。

 首を動かすことさえできない中、ジェリオは眉間を寄せた。

 夜明けまで拘束されては、キールとの約束の時間を過ぎてしまう。

 しかも、夜明けと共に開放されるわけではない。

 だが、このままでは逃げようにも逃げられない。

 前後左右が駄目なら、上に跳ぶか。

 木の枝から枝へ、敵の目を晦ますことは可能だ。

 敵の銃弾が早いか、ジェリオの動きが早いか。

 馬より早く逃げられるか。

(こいつらと一緒なら、時間がかかっても総督府に入れる。しかし、時間に間に合わなかった私を、キールは裏切り者と決め付けるだろう。敵が逃げたと見なすだろう。)

 ――― このままジェリオ殿と二度と会えなかったら、私は一生後悔します。

 ――― 私は、必ず戻ります。バッツ殿に借りがある以上、このまま逃げることも死ぬこ

ともできませんから。

 あんな大口を叩きながら、それを実行せずに終わるのか。

 あの時、バッツに話そうと思っていたことを少しだけでもキールに知らせておくべきだったか。

 迷っている内にも、時間はどんどん過ぎていく。

 相手が10人以内ならば、一人で片付ける自信がある。しかし、この人数・・・50人以上はいるだろうか。これでは、歯が立たない。もしかすると、こいつらがアンドリューをさらい、バッツを殺し、バッツの家に火をつけたのかもしれない。

(こいつらと行動を共にしてアンドリュー殿の手がかりを見つけるか、ここを逃げ出し、キールとの繋がりを優先させるか・・・。)

 そこまで考えておきながら、ジェリオは答えが一つしかないことに自嘲した。

 己の身分は、フィリグラーナの隠密。

 行き先は、アンドリューがいるであろうジェード総督府の中しかありえないのだ。

 

 30分ほど走っただろうか。

 ジェリオは、辺りの景色に見覚えがある気がしていた。

 男たちのランタンの明かりだけだから、確かとはいえない。

 しかし、一度通った道を二度と忘れないジェリオには、何か感じるものがある。

 何だろう。

 落ち着かない。

 その予感は、最悪の形で現実になった。

 集団は一軒の家の前で止まった。

 それは、先ほど訪れた家。

 死んだバッツを連れてきた、キールの家だ!

 あの中には、キールの妹やジロルド、そしてバッツの遺体があるはずだ。

 こいつらは、やはりバッツを襲い、アンドリューを連れ去った集団だった。

 この家に、さっきは見当たらなかった家族や仲間が帰ってきているかもしれないと踏んで、戻ってきたのだろう。

 男たちは奇声を上げながら、赤々と燃えるたいまつを、次から次へ家に向かって投げ始めた。

 騎乗の集団が家の周りをぐるぐると回る間に、家は業火に見舞われた。

 あっという間のことで、逃げ出す隙さえ見つからない。

 ジェリオは、次が自分の番であることに気づいた。

 両脇にいた男がジェリオに銃を向ける。

「馬を降りろ。」

 言われるまま馬を降りると、次の命令が飛んだ。

「その家に入れ。」

「!?」

「早く入れ!今なら玄関の扉は燃えていないぞ。それとも馬に蹴飛ばされて死ぬのを選ぶか!?」

 一緒に始末しようというのか。

 だが、これはジェリオにとって好都合だった。

 撃ち殺されずに奴らの呪縛から逃れられれば、後は何とでもなる。

 だが、それを敵に悟られないようにジェリオは躊躇いがちに足を進めた。

 背中に感じる視線。

 あまり時間をかけていても、痺れを感じて撃ってくるかもしれない。

 その辺の駆け引きは、プロだ。

 ジェリオはギリギリのラインを見極め、燃え盛る家の中へ入った!


 家の中は、炎が渦巻いていた。

 煙が立ち上り、視界をさえぎっている。

 木が燃えたぎり、火が唸る。

 煙が染みて痛み出す目を必死にこらえて、ジェリオは家の中に人の気配がないか探った。

 そんな中だった。

 奥にある階段を上る人影に気づいた。

 その動きは、あまりにも遅い。

 ジェリオは火の輪を潜り抜け、駆け寄った。

 そこにいたのは、バッツの遺体を肩にかついだソフィアだった。

 細身のソフィアは、3倍はあるバッツの身体を運ぼうと必死になっているのだ。

「あ・・っ、」

 ソフィアが階段を踏み外した。

「危ない!」

 とっさに身体が動き、ジェリオは倒れ掛かった二つの体を抱きとめた。

 ジェリオはソフィアを立たせると、その肩からバッツを外して自分の肩に乗せた。

 驚いたのはソフィアだった。

 始めは兄のキールが助けに来たのだと思ったが、違うではないか。

「あなたは、さっきの・・・!?」

「どこへ運べばいい?」

「この・・・上へ。」

「わかった。」

 ジェリオはソフィアの先導で階段を上りきった。そこには、まっすぐ地下へ続く直径1mほどの穴があった。

「15mの高さがあるの。飛び降りられる?」

「私はいいが、バッツが問題だ。背負って降りられるだけの幅は無い。・・・私が先に下へ行く。そしたらバッツを突き落としてくれ。しっかり受け止める。そしたら、すぐに君も。」

「わかったわ。」

 外から、馬の鳴き声と、蹄の音が大きく聞こえ、それが遠ざかるのが聞こえた。

 この家の巧妙な仕掛けに気づかず、奴らは家と住人の崩壊を確信して去っていくのだ。

 ソフィアが穴に入ったのと、階段が崩れたのはほぼ同時だった。

 石を積み重ねたトンネルも、どうせ使い物にならなくなる。

 

 地下の狭い道は、這って進むのが精一杯だった。

 ジェリオは自分のベルトに紐をくくりつけ、その先端でバッツをくくり、引っ張った。

 後ろにソフィアが付き、バッツの体を押してサポートする。

 道は、300m以上ある。

 よく作ったものだ。

 バッツの城のような屋敷に比べて粗末だとは思ったが、中々どうして、要人の擁護に抜かりはない。

 突き当たりに小さな扉があり、開くと今度は頭上に扉があった。

 それを開けると、広い空間が広がっていた。

 頭だけ出したジェリオが始めに目にしたのは、一人の少年の顔だった。

 小さなランプを掲げた少年を見上げて、ジェリオは息を呑んだ。

 そしてそれは、リディも同じだった。

「どうして・・・!?」

 それは、闇の騎士ダーク・ナイトと、エンバハダハウスの住人だったリディの、思いがけない、しかし必然の再会だった。


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