表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/152

第27話:約束の日 ― 夜 ―

 時間は決めていなかったが、日が暮れてからの密会が定石だ。

 茜色に染まる西の空に向かって、ジェリオは馬を走らせていた。

 バッツが印を刻んだ木の下にたどり着くと、それを待っていたかのように一番星が輝きだした。

 木の幹に馬をつなぎ、木陰に腰を下ろす。

 この一ヶ月、ジェリオはジェード国内を走り回っていた。

 エンバハダハウスの炎上で行方不明になった住民達を探し、ハンスとアランフェスの正体を突き止めようと必死だった。フィリグラーナも侍女のダイナを使って城の中の秘密を探らせ、その結果、いくつかの事実が明らかになった。だが、プラテアード国内のことまでは手が回らず、バッツの正体もわからず仕舞いだった。

 1時間が経ち、2時間が経った。

 しかし、バッツは一向に現れる気配がない。

(少し村を回ってみるか。行き違いになるかもしれないが、1時間以内に戻ってくればいいだろう。)

 ジェリオは村人達に怪しまれぬよう、黒いマントと覆面を外した。

 火を入れたランタンを左手に持ち、周囲を確認するように手綱を引いた。

 村は、いくつかの集落でできていた。

 中心に教会があり、その周囲に赤瓦の家が集まっている。

 広い畑を経て農家が点在し、川のせせらぎには水車が設けられている。

 やせた土でもよく育つ野菜や穀物が、地面にへばりつくように育ち、収穫を待っている。

 夜のため、家の明かりは確認できても人影はまったく見当たらない。

 都会と違い、田舎では夜出歩いて行くような場所がないからだ。

 そんな中、ある農家から一人の老人が出てくるのを見つけた。

 外へ薪を持ちに出たようだ。

 ジェリオはすかさず馬を降り、老人に近づいた。

「夜分遅くすみません。」

 背の低い老人は、ジェリオを見上げて怪訝そうに目を細めた。

「この辺りに、バッツという名の男性の家はありませんか。」

 老人は眼光鋭くジェリオを凝視した。

「お前さん、この土地の者ではないな。」

「・・・そうです。旅の途中にバッツ殿に助けられてお礼を言おうと訪ねてきました。」

「どこの者だろうと、あのバッツの家の存在を知らないなんて潜りに決まっとる。そんな奴に何も教えられん。」

 老人はそう言い残して、家の扉をパタンと閉じてしまった。

(そうか。やはり、その名を知らない者がいないくらい知られた人物なのか。)

 ジェリオは再び馬に跨ると、村の外れへ向かって走り出した。

 とりあえず村を一周してから戻ろうと考えたからだ。

 それが、神の導きだったのかもしれない。

 ジェリオは暗い林の細道で、人が倒れているのを見つけた。

 (!?)

 ランタンを翳すと、うつ伏せになっている大きな身体が見えた。

(まさか・・・!)

 驚いたジェリオは、すぐに駆け寄って身体の主の顔を覗き込んだ。

 

 声にならない悲痛な息を漏らし、ジェリオは顔を背けた。


 再びランタンで道の奥を照らすと、他にも人が倒れている姿が見てとれた。

 ジェリオは一人、また一人と、死体を確認した。

 銃で撃たれている者もいれば、ナイフが刺さっている者もいる。

 遺体の状況から、この24時間以内に死んだと思われる。

(アンドリュー殿が、連れ去られたのだろうか。)

 フィリグラーナは明言を避けたが、それが逆にアンドリューの身分を決定づけた。

 ジェード王国の王子がさらわれ、バッツはそれを阻止しようとして戦い、死んだのだ。

 バッツ以外の死体が敵と考えれば、相手は大勢でバッツを襲ったと考えられる。

(あと、一日早ければ・・・!)

 ジェリオはバッツの硬くなった肩に担ぐと、鞍の上に乗せた。

 手綱を引き、静かに、ゆっくりと今来た道を戻っていく。

 フィリグラーナは、ジェリオにアンドリューを引き取るよう命じていた。

 プラテアードからジェードへの帰国ルートや住まい、医者の手配すべてを整えておいたというのに、すべてが水の泡だ。いや、それよりも・・・

 バッツの身体は、重かった。

 生きているときよりも、なぜ死人は重くなるのだろう。

 悔しかった。

 アンドリューの安否よりも、今はバッツの死が苦しかった。

 アンドリューの身柄を任せたのは、自分だ。

 ジェリオが頼まなくても、バッツはアンドリューを引き取ったかもしれない。

 しかし。

 足元だけを目で追いながら、ジェリオは重い足取りで夜道を進んだ。



 その頃、村はずれの自宅に戻ったキールは、家の中の惨状を目にするなり雷に打たれるような衝撃に襲われた。

(間に合わなかった・・・!!)

 破られた窓、大勢の靴跡、開きっぱなしの扉。

「一体これはどういうことなの!?」

 後から入ってきたソフィアも、思わず声を上げた。

 バッツがアンドリューを連れてこの家にいたことを知っているのはキールだけだ。

 そして、アンドリューと一緒にいるバッツが狙われていたことを知っているのもキールだけ。

「ソフィア、お前はリディ様と一緒にここにいろ。絶対に外に出るな!」

 恐れていたことが、現実になってしまった。

 もっと早く、戻りたかった。

 しかし、国境の警備は依然厳しく、相当な回り道を余儀なくされた。

 馬も躊躇する崖を上り、谷を渡り、3人が帰り着いたのは予定より2日も遅くなっていた。

 狂ったように馬を走らせ、キールは嫌な予感を打ち消すように鞭を振り続けた。



 ジェリオは先ほどの老人の家までたどり着くと、入り口の扉をノックした。

 まだ明かりがついている。

 起きているはずだ。

 しかし、用心のためか出てこない。

 ジェリオは木の扉を激しく叩いた。

「お願いです、話があります!」

 それでも一向に出てくる気配がない。

「バッツ殿が林の中で倒れているのを見つけました!家まで送り届けたいのです。」

 その言葉に、やっと反応があった。

 扉がほんの少しだけ開き、先ほどの老人がくすんだ目を覗かせた。

 ジェリオは、馬のほうを指差した。

「あちらです。確認してもらえればわかります。」

「そんな事を言って、わしが家から出た隙に食料を奪おうというのじゃろ。」

「何を馬鹿なことを!私はそんな・・・」

 と、その時二人は、けたたましい馬の嘶きを耳にした。

 ハッとするより早く、家の前に早馬が辿り着いた。

 馬には若い男が乗っており、家の中の老人に向かって叫んだ。

「大変だ、隊長の家が燃えている!」

「何じゃと!?」

「放火らしいが、すごい有様だ。男手が欲しい。すぐ来てくれ!」

「わかった。」

 老人はジェリオに向かって怒鳴りつけた。

「邪魔だ、どけ!」

 扉が乱暴に開き、老人に続いて、家の中から息子であろう男も出てきた。

 二人は馬小屋に入ると、すぐに手綱を引いて出てきた。

 老人はジェリオの馬に近づき、鞍の上のバッツを見て青ざめた。

「バッツ・・・、どうして。」

 ジェリオは老人の顔を覗き込んだ。

「やはり、バッツ殿で間違いないのですね。」

「どこで見つけた?」

「ここから3kmほど離れたところの林の中です。近くに何人か覆面の男が死んでいました。」

「まさか、お前が殺したんじゃないだろうな!?」

 老人の息子であろう男が、後ろからジェリオの肩に掴みかかった。

「殺した本人が死体連れて人前に出るわけなかろう!?」

「やめろ、今は諍かってる場合ではない!」

 老人は怒鳴り、そしてジェリオを凝視した。

「お前、わかっているのか?」

「何をですか。」

「燃えてるのは、バッツの家じゃぞ。」

「な・・・!?」

「何があったのかわからんが、行くぞ。お前さんもついて来い!」

 立ってる時は腰が屈んでいたのに、馬に乗った老人は颯爽としていた。

 ジェリオは鐙に足を乗せ、バッツの身体を挟むように立ち乗りの姿勢で馬を走らせた。

 バッツの家が火事とは、どういうことだ。

 早馬の若者は、「隊長の家」と言っていた。

 バッツの父か誰かが、プラテアード王国の時代に隊長だったということか。

 だとすれば、バッツの家はこの辺では名家ということになる。有名で当たり前だ。

 やがて、オレンジに染まった空が見え出した。

 勢いよく燃える炎とむせ返るような黒煙が大気を嘗め尽くしている。

 それは石造りの、ちょっとした城のような建物だった。

 広い畑は、かつて王家が栄えていた頃は広大な庭園だったのではないだろうか。

 大勢の人々が連なり、近くの川から汲んだ水を手渡しで回していく。

 しかし、焼け石に水とはまさにこのことだ。

 少しも、効き目がない。

「バッツ!?」

 突然、後ろから声がした。

 馬から下りたジェリオが振り向くと、そこには白い髭を蓄えた老人が立っていた。

「バッツではないか、これは・・!」

 老人はバッツの脈を計り、すぐに震えだした。

 ジェリオは老人に声をかけた。

「あなたは、バッツのお知り合いですか。」

 老人は、一度奥歯をかみ締め、搾り出すように言った。

「わしは、バッツの祖父じゃ。」

「おじい様・・・!?」

 すると、別の所から一人の女が駆け寄ってきた。

「ジロルド様!」

 医師のジロルドは、村人からそう呼ばれている。

 女は涙声でジロルドにすがりついた。

「よく、ご無事で・・・。」

「これは、どういうことじゃ?わしが往診に行ってる間に、何があったというんじゃ?」

「私たちが気づいたときには、もう火の海で、手がつけられなくて・・・。」

「わしの家族は?息子は、義娘は、孫は!?」

「わかりません。でも逃げた様子がなくて、まだどこにも見当たらなくて・・・。」

 女はたまらず、泣き伏せた。

 ジロルドは、ジェリオを見た。

「バッツを、どこで見つけなさった?」

「村はずれの林の中です。私が見つけたときにはすでに固くなってました。周囲にも何人か銃で撃たれていて、」

「お前さん、何者じゃ?」

「私は・・・バッツ殿の知り合いです。」

 悲しみに満ちた目で、ジロルドはジェリオを見つめた。

 ジロルドは、バッツの言葉を思い出した。

 ――― 5日待ってくれ ―――

 奇しくも今日が、その5日目ではないか。

 何があるのかバッツは言わなかったが、これは全て偶然ではないのだろう。

 見知らぬこの青年が、何かを知っているに違いない。

 しかし、今は火事の方が先だ。

「バッツを見ててくれ。」

 ジロルドはそう言い残し、火事の現場へと走っていった。

 ジェリオは、下唇を噛みながら考えていた。

 この火事は、アンドリューを連れ去った奴らの仕業に違いない。

 この家から随分と離れたところでバッツが見つかった理由はわからないが、つまり、アンドリューの存在を目にした人間すべての口を封じようとしたに違いない。偶々、往診に出ていたというジロルドだけが助かったのだろう。

(ご家族まで巻き込んでしまったのか。)

 黒煙立ち上る天を見上げ、ジェリオは目を細めた。

 どうすれば良かったというのか。

 これから、どうするか。

 

 その刹那。

 

 不意の気配に、ジェリオは胸元から短剣を取り出し身構えた。

 驚いたのはキールの方だった。

 見かけない男の存在に、馬を下りて遠くからそっと見張っていただけなのに、こんなに早く気づかれるとは。

 キールは、ジェリオの傍の馬上に掛けられた大きな身体を見て息が詰まった。

 遠くからだって、間違えるわけがない。

 20年以上も連れ添った、無二の親友にして戦友。

 ジェリオの短剣に用心しながら、キールは木陰から姿を現した。

 長い髪を靡かせたキールの姿に、ジェリオは只ならぬ雰囲気を感じ取った。しかしそれは、敵のそれではない。

 ジェリオは口元を緩めた。

 その隙に、キールは近づき、口を開いた。

「その馬上の男・・・私の親友、バッツだと思うのだが。」

「親友?」

「バッツは、どうしたんだ?怪我をしてるのか?」

 ジェリオはゆっくりと瞬いた。

「いや、もう、・・・。」

 嫌な予感は的中した。

 ここへ来る途中に見つけた遺体の数々。

 村人に聞いた、バッツの家の火事。

 アンドリューを連れてキールの家に逃れたが、無駄だったということか。

 覚悟はしていた。

 だが。

 キールは、ジェリオに訪ねた。

「なぜ、バッツとここに?」

「私はバッツ殿の知り合いで、実は今日、会う約束をしていたのです。それが、こんなことに・・・。」

「・・・!」

「先ほど、バッツ殿のお爺様とおっしゃる方に会い、ここでバッツ殿を見てるよう言われました。」

 キールは、この男がジェリオだと確信した。

 満月の晩、再開すると言っていた。

 黒尽くめと聞いていたが、今日は違う。しかし、オニキスのような黒い瞳。この雰囲気。そして、今宵を約束の夜と告げた薄い唇・・・!

「そなた、もしやジェリオ殿では?」

「・・・どうして、私の名を?」

「私はバッツの親友だ。すべて聞いている。今夜が約束の晩であることも、そして、アンドリュー殿のことも、すべて承知している。」

「アンドリュー殿のことも?」

 キールは、深く頷いた。

 ジェリオは息を呑んだ。

 つまり、額の紋章のことも知っているということか。

 バッツに導かれた二人は、燃えやまぬ炎の下で動き出した宿命を感じていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ