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第26話:約束の日 ― 未明 ―

 カタラン派残党の話をキールから聞いたリディは、

「今まで私達の忠告を無視し、非人道的なテロを繰り返していた奴らに、今更救いの手を差し伸べる必要はない。」

と言い切った。

 背を向けて窓の外を見つめるリディに、キールは跪いたまま忠告した。

「しかし、国内に敵を作ることになります。」

「奴らが再び、同じ過ちを繰り返さない保障があるか?私達の仲間に入って再び力を蓄え、反旗を翻さない保障があるか?私は奴らを信じられない。」

「では、せめて当座を凌ぐだけの穀物や既存の畑だけでもお与えください。仲間としないまでも、情けだけは見せておくべきです。」

「国の皆が苦労して作っても作ってもジェードに殆ど巻き上げられて辟易しているのに、それを分け与えろというのか?」

「そうです。ここでカタラン派の反感を買う方が、将来恐ろしいことになると思いませんか。」

 リディは腕を抱えて悩んだが、やがて力なく返事した。

「わかった。バッツにこう、伝書を。カタラン派には向こう3か月分の穀物と村一つ分の畑を与える。それから私は今、派閥に関わらず誰とも会わないと。」

「かしこまりました。」

 そして、それから一週間後。

 再びバッツからキールに伝書鳩が送られてきた。

 こんなに頻繁に鳩を飛ばすことは滅多にない。

 そうせねばならないほど、今、急速に何かが起ころうとしているのか。

 バッツからの暗号を解きながら、キールの手は段々震えてきた。

 恐れていたことが、当に現実になろうとしているからだ。


 キールは、バッツをこれ以上一人にしておいてはいけないと思った。

 バッツの家を見張っていた輩の正体は、三つ考えられる。

 一つは、ジェリオの仲間。

 ジェリオが、アンドリューを心配して仲間を護衛に回した場合。

 二つは、アンドリューの仲間。

 アンドリューを取り戻すため、家を見張っている場合。

 そして三つ目。

 これは、アンドリューを王子と知って略奪しようとする第三の敵の場合。

 どれも同じ確率だとすれば、三分の二はバッツが危険ということになる。

 いや、ジェリオだってわからない。

 帰国したがっていたリディを押し留めていたが、これが限界だ。

 リディとソフィア二人だけをジェード国内に残す方法もある。しかしリディは軍の手配犯。ソフィアだけに任せるには重過ぎる。

(仕方ない。総督府テロから約一ヶ月。軍の警備も少しは緩んできたことを期待して帰国しよう。)

 迷っている余裕はない。

 キールは決断し、リディに告げた。

「プラテアードへ帰ります。用意をしてください。」

 突然のことにリディは驚いたが、帰国の願いが適ったのだ。すぐに頷いた。

 ソフィアの帰りを待って、3人は家を後にした。

 馬は2頭。

 キールは自分の身体の前にリディを座らせた。何かあってもキールの身体が盾となり、リディを守るためだ。

 「行くわよ。」

 先頭切って、ソフィアが走り出した。

 待ちに待ったはずの帰国なのに、リディの心は沈んでいた。

 なぜだろう。

 少しも嬉しくない。

 それどころか、胸騒ぎがする。

 馬のたてがみを両手で掴みながら、リディはそれ以上考えないように、ただ蹄の音に集中した。



 満月の前日。

 明日、ようやくジェリオに会える。

 バッツは指折り数えた日がついに来ることに身震いした。

 寝場所が変わったことについて、アンドリューは何も聞かなかった。

 バッツは、「ここの方が風通しも空気もいいから。」とだけ言った。

 アンドリューはバッツに尋ねた。

「俺の家族から、手紙の返事が来ていませんか。」

 バッツは慌てず、用意しておいた答えを言った。

「ああ、まだだ。」

 キールから、エンバハダハウスが炎上し、ハンスやアランの行方がわからなくなってしまったことを聞いている。実際に手紙を送ったとしてもハンスには届かなかったということだ。しかし、この事実をアンドリューには言えずにいた。

 キールの家の周りも、広い畑と草原だ。

 身を潜めるような場所は、半径1km以内にはない。

 窓から外を眺めると、人の手を加えなくても勝手に育った雑草が風に揺れている。

 その夜のことだった。

 アンドリューのベッドの脇で暖炉の火の番をしながら、バッツは眠気に襲われそうになるのを必死に耐えていた。この家に来てから、ろくに寝ていない。その疲れもピークに達していた。

 と、そこへ。

 

 バンッ


 突然、入り口の扉が乱暴に開いた。

 バッツが立ち上がった時には、すでに大勢の男がなだれ込んだ後だった。

 覆面をした男たちはベッドで眠るアンドリューを取り囲むと、毛布ごと抱きかかえた。

「何をする!?」

 怒鳴ったバッツに、一人の男が銃を向けた。

「動くな!」

 バッツも、胸元に銃を隠し持っている。だが、それを取り出すより先に男の銃が自分の心臓を貫くだろう。

 バッツはゆっくりと両手を挙げながら、尋ねた。

「その少年をどうする気だ?」

「貴様こそ、どうする気だった?」

「見張ってたならわかるだろう。看病していただけだ。」

「プラテアードの奴が考えそうなことよ。恩を売って情けでも買おうというのだろう、卑怯者め!!」

「違う!!」


 ダー・・・   ン

 

 覆面の撃った銃弾が、バッツの脇腹をかすめた。

「ぐっ!」

 肉を引きちぎられる痛みに、思わず膝をついた。

 その間に、男たちは窓から次々と逃げていく。

「逃がすか!!」

 これくらいの傷で怯んでいられない。

 正体のわからない輩に、アンドリューを連れて行かれてはならない!

 バッツも窓から外へ飛び降りた。

 まだ、太陽の気配もない夜空の星が、今日は雲に隠れて地を照らさない。

 目を凝らして敵の姿を捉え、バッツは銃を構えた。

 しかし、敵にも抜かりはなかった。

 二発目の銃弾は、後ろからバッツの背中を捉えた。

「っ・・・!!」

 バッツの分厚い皮と脂肪が、かろうじて銃弾の貫通をせき止める。

 衝撃で蝦反りになりながらも、バッツは引き金を引いた。

 しかし弾は、男たちの足元を翳めただけだ。

 続けて撃つ。

 だが、当たらない。

 銃声の響きと裏腹に、アンドリューに当ててはならないとバッツの本能が働いているからだ。

「引き上げろ!」

 覆面の奥で一人が叫んだ。

 馬に乗った敵は、20人以上いるだろうか。

 男たちは一斉に手綱を引いた。

 逃がしてはならない。

 バッツは、大きな足音をたてて走り出した。

 近づけば、視界は明るくなる。

 バッツの後ろから銃を撃った男だろうか。一人だけ、遅れて馬に乗ろうとしている。

 バッツは空かさず男の太もも狙ってナイフを投げつけた。

 「ぐゎっ、」

 男が怯んだその隙に、バッツは馬を横取りして飛び乗った。

 馬の激しいいななきと同時に、走り出す。

 撃たれた傷が、冷たい風にさらされて千切れるように痛み出した。

 冷たい汗が、額から噴出している。

 口の中が、空気よりも水分を欲している。

 バッツが追ってきているのに気づいた一番後ろの男が、振り向き様に弾を撃った。

 威嚇目的のその弾は、空を切って消えた。

 次はバッツが銃を構え、撃った。


「うわぁぁっ!」


 敵は馬から転げ落ちた。

 騎乗からの発砲で的を射ることができなければ、要人の側近など務まらない。

 

 アンドリューは、遥か前方。

 もう、躊躇はしない。

 バッツは次の男に狙いを定めた。


 いった!


 次の男へ。


 次の男へ。


 そして、その次へ!

 

 この調子で攻めていける。

 そう思った瞬間だった。


 「!?」


 バッツは突然、身体の異常に襲われた。

 何だ?

 全身が総毛立つ。

 臓器が腹の奥から飛び出しそうだ。

 目の前が、かすむ。

 視界が、揺らぐ。

 だが、バッツは力を振り絞って引き金を引いた。


 ダー・・ン


 それが最後だった。

 弾が敵に当たったのか確認できないうちに、バッツは馬から転げ落ちた。

 見る見る間に遠ざかっていく蹄の音を聞きながら、バッツは地面に身体を横たえた。

 急所は外れているからと安心していた二つの銃弾が、突然牙を剥いたのだろうか。

 違う。

 今までだって、銃弾は何度も食らっている。

 命に関わる怪我も負ったことがある。

 だが、その時とは明らかに違う、この脱力感。

 その時になって、バッツは初めて太腿の痛みに気づいた。

 震えだした手でそっと触れてみると、腫れて熱を帯びている。

 この腫れ方は、毒だ。


 そうか。

 背中の銃弾に気をそらせておいて、その間に毒針を打ち込んでいたのか。

 やることに、抜かりがない。


 苦しくて、地面を掻き毟った。

 なんて乾いた土。

 なんて強い臭い。

 大地とは、こんなに生命力を持った臭いを孕んでいたのだろうか。

 遠のく意識の中で、バッツはゆっくりと目を閉じた。

 待ちに待った夜は、今晩だったのに。

 あと、少しだったのに。

 一人で守りきれると思ってはいなかったが、誰も頼れないのも事実だった。

 脳裏に、リディの幼い横顔が浮かんだ。

(申し訳ない。命令を全うできなかった。)

 リディは、すべての真実を目の前にした時どうするのだろうか。

 アンドリューの正体を知ったとき、どうするのだろうか。

 自分が死んだことを知ったとき、どうするだろうか。

 

 僅かに目を開けると、自分の太い指が見えた。

(頑丈な身体の割りに、駄目だった・・・な。)

 ジェリオの返事を聞けなかったことが心残りだ。

 

 アンドリューを連れ去った連中が、アンドリューの仲間でありますように。


 その祈りを込めるように、バッツは静かに永遠の眠りについた。


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