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第24話:消された焼け跡

 ヴェルデの街外れ。

 深い林の中にある小さな木こり小屋が、キールとソフィアの住まいである。リディはそこに身を寄せ、キールからの報告を待っていた。

 エンバハダハウスの焼け跡は見るも無残だったが、数日後には、国に雇われた男たちが後片付けに追われていた。

 忙しそうに瓦礫を運んでいる数十人の男の一人に、キールはできるだけ気さくに声をかけた。

「忙しそうですね。私にも手伝わせてくれませんか?」

 人の良さそうな太った中年男は、キールを見て笑った。

「よぉ、兄ちゃん。そんな細い腕じゃ何もできねぇよ。」

「こう見えても力はあるんですよ。」

 キールはそう言うと、男が運ぼうとしていた荷押し車を、代わりに軽々と押してみせた。

「ほう、大したもんだ。しかしな、賃金は正式に雇われた奴にしか支払われねぇよ。」

「お金は要りません。大変そうで見てられなかっただけですから。」

「奇特なもんだな。ま、気が済むまでやってくれや。」

「そうさせてもらいます。」

 キールは、火災の原因を探りたかった。焼け跡に何か残されていないか注意を払う。警察は「タバコの不始末」と結論を出していたが、キールは納得していない。

 大勢で取り組んでいるため、進度は思った以上に速かった。

 キールは、できるだけハンス達が住んでいた部屋の辺りの片付けに回った。

 何か手掛かりがないか、慎重に探っていく。

 家財道具らしきものが無残に壊れているのを確認した。それらを注意深く拾っては眺め、手押し車に入れていく。

 そんな中、キールは瓦礫が斜めになって、小さい窪みができている場所を見つけた。なぜだろうと思って、レンガをガシャガシャ踏みつけて近寄ると、急に足元が崩れて滑った。

「おい、大丈夫か?」

 遠くから男達が笑っている。助けに来ようという気はさらさらないようだ。

 キールが手を突いて立ち上がろうとすると、崩れたレンガの中に手がズブズブと埋もれていく。

(ここに、床下収納でもあったのだろうか。)

 そこの場所を片付けつつ様子を探ろうとした時だった。

「今日はここまでだ!」

 リーダーらしい男が、大声で撤収を呼びかけた。

 夢中になって気づかなかったが、もう大分日が傾いている。

(仕方ない、明日もう一度手伝いに来よう。)


 その頃、キールの妹ソフィアは、街を回って住人達の行方を捜していた。

 エンバハダハウスが正式には国家の持ち物であることがわかった。ただ、財産的価値もなく、解体にも労力が必要なため、放置していたに過ぎない。そこへハンスが住み着き、館の主のような顔で居座っていたようだ。家賃を取らないのも、当たり前といえば当たり前だが、腹黒い人間なら確実に家賃を取っていただろう。

 住人達の行方は、掴めなかった。

 もともと隣人干渉御法度のアパートを好んで住み着いていた男達だ。レオン以外は身分も本名さえもわからない。

 大家のハンスとアランフェスだが、こちらも手がかりさえ得られなかった。車椅子の金髪の美少年なのだから、どこかにいれば噂ぐらい立つはずだ。しかし、そういった声はまったく聞かれない。警察も、「浮浪者」に近いエンバハダハウスの住人のことなど、意に介さない。

 昼は捜索に忙しいソフィアも、夕刻にはいつも通り歌手として酒場の舞台に立った。

 帰りは深夜3時。

 リディは眠りについているが、キールは台所で妹の帰りを待っていた。

 今まではエンバハダハウスでリディの見張りをしていたキールが家でソフィアを出迎えるのは、久々だった。

 ソフィアは頭に巻いていた菫色のショールを外しながら、フッと微笑んだ。

「明かりの点いてる家に帰るなんて、久しぶりで可笑しな気がするわ。」

 キールは、久々に見るソフィアの柔らかな表情に、ハーブティーを入れてやった。粗末なブリキのカップを両手で抱えながら、ソフィアは昼間の成果を報告した。

 報告を聞いたキールは、口に手を当てて考えた。

「ハンスとアランはエンバハダハウスに居た時から中々正体を見せなかった経緯もある。身を隠すことに、長けているともいえるな。」

 ソフィアは腕を抱えて頭を振った。

「あの二人、やはり只者ではないのかも。アンドリュー共々ね。」

 キールは、息が詰まる思いだった。

 リディはともかく、ソフィアにもアンドリューの正体を隠しておくべきか迷っている。そんなキールを察するように、ソフィアは冷たい顔で詰問した。

「また、私に隠し事をしてるのでしょう?」

「隠し事では、ない。」

「秘密もまた任務だとでもいうの?皮肉だわ。私は誰よりもプラテアードに忠誠を誓っているのに、兄さんは裏切り者の味方をするのね。」

 キールは、ソフィアを射るように睨み付けた。

「リディ様を侮辱するのは許さないと言ったはずだ。」

「侮辱なんてしていないわ。私は、一日も早くリーダーとしての自覚を持って欲しいだけ。」

「もう少しすれば、嫌でも帰国しなければならない。そうすれば、リディ様は本格的に活動することになるんだ。」

 苦々しい表情のキールに、ソフィアは些か乱暴に紙縒りを差し出した。

「昼間、伝書鳩が巣に帰ってたわ。バッツからの伝聞でしょう?」

 キールは紙縒りを握り締めると、急いで自室に戻ろうと立ち上がった。

 そんな兄に背に向かって、ソフィアは言った。

「どうしても私には解けない暗号で、バッツは何を伝えてきているの?バッツは何を知っているの?二人は私に、何を隠しているの!?」

 キールは振り向かず、静かに言い放った。

「大きな声を出すな、ソフィア。リディ様が目を覚ましてしまう。」

 長い髪を靡かせて、キールは自分の部屋に入っていった。

 ソフィアは下唇を噛みながら、大きな秘密の気配を感じていた。


 次の日、キールは再びエンバハダハウスの焼け跡に向かった。

 昨日の続きの片付けが始まるだろう9時には到着した。

 が。

(これは、一体どういうことだ・・・!?)

 何と、もう、片づけが終わっているのだ。

 キールが最後に見たときは、瓦礫や骨組みが相当残っていたはずなのに、今は跡形もなくなっている。完全な更地だ。これでは、火事の原因を探るどころか、床下収納だか地下室だかの存在の確認さえできない。

(くそっ!)

 まさに、地団駄踏みたい衝動にかられた。

 だが、もう後の祭りだ。

 しかし、キールは一つ確信していた。

 未明のうちに、秘密裏に行われたのであろう火事の足跡の消去。

 このエンバハダハウスは、誰かの確かな意図を持って焼かれたのだ。

 アンドリューという、王室縁の少年の偽りの死亡宣告を皮切りにして。

 キールは、のどの渇きを潤せないほどの緊張に襲われた。

 バッツは、伝書にこう、書き記していた。

 ――― アンドリューが意識を取り戻した。 ―――

 もし、ジェード国がアンドリュー奪還を目論んでいたとしたら、バッツはどうなる?

 バッツが親切心でアンドリューを助けたとしても、プラテアード人である以上、敵だ。

 敵が王子を誘拐したと捉えられても仕方がないかもしれない。

(駄目だ、バッツが危ない!このままアンドリューを匿っていては、いつか・・!)


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