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第22話:合同葬儀

 リディが重い足取りで屋根裏部屋に戻ると、そこにはキールが待っていた。

「キール。今の話、聞いていたか?」

「はい。しかし、アンドリュー殿は生きております。」

 リディはその言葉に、泣きそうな顔で笑った。

「そうだよな?死んだなんて、軍の嘘だよな。」

「もちろんです。バッツが異常なしという伝書をよこしましたね?それがすべてです。」

 リディは「うんうん。」と頷き、小さく鼻をすすり上げた。

 キールはリディの様子を見つめながら、(軍は一体何を考えているのだろう?)と疑問に思った。

 バッツの話からすれば、ジェード軍はアンドリューがカタラン派に囚われていることまでは確実に掴んでいたはずだ。その牢が燃え尽きたから、死亡と判断したのか。

 アンドリューが一般人なら、それで合点がいく。

(しかし、アンドリュー殿は王家の人間だ。死体もないのに、死亡したなんて簡単に結論づけるものだろうか。)

 リディは落ち着かない様子でキールの腕を掴んだ。

「なあ、キール。アンドリューは生きているのに、どうして軍は死んだなどと言うのだろう?」

 キールは、どこまで話してもいいのか素早く考えた。

「アンドリュー殿が紛争に巻き込まれたのは確かです。そこで傷を負って瀕死の状態だったところを、バッツが秘密裏に助けました。それで軍は・・・。」

「瀕死?」

 リディの顔色が変わり、キールを食いつきそうな表情でにらみつけた。

「どういうことだ?バッツは私には異常なしと言っておきながら、キールには別の伝書を送っていたのか?」

「申し訳ありません。バッツは、リディ様に余計な心配をかけさせたくなかったのです。ご理解ください。」

「余計な心配とは何だ?真実をすべて私に知らせることがお前たちの任務ではないのか!?」

「バッツは、リディ様がアンドリュー殿を心配して帰国なさろうとするのを避けたかったのですよ。今、国境は完全に封鎖されています。強引に突破しようものなら、間違いなく銃殺です。」

「しかし!」

「アンドリュー殿はご無事です。バッツのお爺様は王家専属の医師だったではありませんか?案ずることはありません。」

 リディの瞳が潤んでいる。

 亡き父の代わりにフレキシ派のリーダーとしてプラテアード国の独立を果たすという使命を背負った日から、リディは一度として涙を見せなかった。と、思う。

 それが、今はどうだ。

 命の恩人だから、なんていう理由が建前であることはわかっている。

 アンドリューが何も告げずにプラテアードへ発ったことに、リディがどれほどショックを受けていたか。

 ソフィアが心配するまでもなく、キールも常に気に病んでいる。

 リディはこの先、報われない恋心をどう断ち切るつもりなのか。

 十中八九、アンドリューはジェード国王と血の繋がりを持つ王子だ。プラテアード国の独立を目論むリディの最大の敵なのだ。

 キールはふと、ソフィアの言葉を思い出した。

 アンドリューをカタラン派が殺してしまえば、リディは永遠の片思いを胸に、独立運動の長として生を全うできるのではないか、と。

 あの時は「何を馬鹿なことを。」と思っていたが、図らずとも現実になってしまった。

 ソフィアに、アンドリューのことを話す気はない。バッツが助けたと聞いただけで憤慨し、国境を越えて殺しに行きかねないからだ。

 アンドリューをどうするか。

 それは、すべてが明らかになった時のリディの判断に委ねられる。

 それまでは、リディの命令どおりアンドリューを見守り続けるほかはない。

 敵であると知っていながらアンドリューを助けたバッツの気持ちも経緯も理解はできる。もしアンドリューが本当に死んでしまったとあらば、リディはバッツを恨み、詰ったことだろう。いくらアンドリューが敵だと説明しても、決して許さなかったはずだ。

(敵と認識できないほどに、もう他人ではいられない。リディ様だけでなく、私も、バッツも。逆にアンドリュー殿はどうするだろう?自分の敵に助けられたと知ったときに・・・。)

 エンバハダハウスに王の隠し子がいるという噂が事実と判明した今こそが、プラテアードへ帰国する潮時かもしれない。

 だが、その前に確認しておくべきことがある。

 それは、アンドリューの祖父というハンスと、弟アランフェスのことだ。

 アランフェスの容貌こそがマリティム王子に似ているということで、王の隠し子ではないかと疑っていた。しかしアンドリューが王の子であるなら、アランフェスは何者なのだ?

(もしアンドリュー殿専用の隠密がいて、プラテアードに潜入し全ての真実を掴んでいたとしたら?いや、アンドリュー殿死亡説が本当に軍の陰謀だとしたら・・・?)


 フィリグラーナはマリティム王子と共に、合同葬儀への出席について将軍から詳細を聞いていた。

 マリティム王子は、背もたれの付いた椅子に腰掛けながら苦い顔をしていた。

「国葬だろう?何故父上が出席しないのだ?」

「国王は、近隣諸国からの客人を出迎えるため・・・。」

「客人?国葬の傍らで舞踏会でもするというのか?」

 背の高い、精悍な顔に深い皺が刻まれた将軍も、さすがに困り顔で言葉を濁していた。

 ジェード国の軍隊は強大だ。しかし、その軍隊の長といえど王室には頭が上がらない。他国で噂に聞く軍隊によるクーデターを恐れた王が、軍をどう諌めているかが伺える。

 マリティムは肩まで伸びたストレートの金髪を揺らした。

「どうせ父上が、下級兵の葬儀になぞ参列しないと主張したのだろう?」

「それは・・・。」

「それで身分が格下の皇太子である私に出席させろ、と言ったのだろう?」

 鼻の下の白い口髭を動かすこともできないほどに、将軍は何も言えなかった。

 マリティムは乱暴に息を吐き、将軍に背を向けた。

「仕方がないから、行ってやろう。いいか、父上にしっかりと伝えろ。貴様の息子は国王の代理ではなく、将来の国王として葬儀に参列するのだと!」

 将軍は深くお辞儀をし、部屋を去っていった。

 フィリグラーナは扉が閉まるのを確認すると、将軍が置いていった死亡者リストに手を触れた。

 横目でその様子を見たマリティムは、

「そんなもの、見る必要はない。」

 と言い放った。

 フィリグラーナは白い手を引っ込め、マリティムの後姿を眺めた。

 最近、気づいたことがある。

 それは、マリティム王子と国王夫妻との関係だ。

 国王夫妻と離れた場所に住んでいるためか、フィリグラーナは国王夫妻に殆ど会ったことはない。パーティーや公務で一緒になることはあっても、プライベートで行動を共にしたことがない。

 始め、フィリグラーナが外国人であるという差別のせいかと思っていたが、そうではないらしい。マリティムも仕事以外で国王と言葉を交わすことはないようだ。そしてマリティムは時折、国王への不満を口にする。

 マリティムの滑らかで柔らかな金髪を見つめながら、フィリグラーナは思った。

 もしかしたら、マリティムは王子でありながら両親と深く関わることなく育ってきた、孤独な青年なのではないかと。

 規律や外聞に厳しく、奔放なフィリグラーナを叱ってばかりいるマリティムを「保護者面して鬱陶しい。」と思ったこともあったが、あれは両親から躾けられたのではなく、側近や爺やから仕込まれた教育の受け売りだったのかもしれない。

 マリティムは知っているのだろうか。

 アンドリューという、王家の紋章を額に戴く少年のことを。

 その疑問を口にしてしまいたい衝動を、フィリグラーナは唇を噛み締めて耐えた。

 


 合同葬儀の日になった。

 ヴェルデ中心部にある大聖堂には軍隊が集結し、仲間の殉死を悼んだ。

 先日のカタラン派との闘争で亡くなったジェード軍人は300人と聞いているが、真相はわからない。

 将校と殉職軍人の遺族は大聖堂の中に入れるが、それ以外は外の広場で弔いの鐘を聞くことしかできない。闘争から相当の時間がたっているため、遺体はすでに郊外の合同墓地に埋葬済みだという。

 円形の広場に冷たい風が吹きすさぶ中、軍隊は微動だにせず、遺族以外の人々も背筋を伸ばして式の終わりを待っている。

 黒い背広に身を包んだレオンと共に参列したリディは、(できるだけ悲しそうに振舞わなければ。)と心に言い聞かせていた。そうしていると、自然に強張った顔になるらしい。レオンが心配そうに声をかけてきた。

「大丈夫か、リディ。」

 優しい声に、リディは罪悪感を覚えた。アンドリューが死んだと信じているレオンに、余計な気をつかわせてしまう。しかし、迂闊に気楽な顔はできない。

 と、そこへ数台の馬車がやってきた。

 王家の馬車。

 皇太子夫妻だ。

 軍隊の警備が厳しく、二人の姿は殆ど見えない。ただ、リディが背伸びをすると、フィリグラーナ皇太子妃の黒いドレスの裾が石畳の上を流れるのだけを確認できた。

(王女は、アンドリューのことを知っていのだろうか。アンドリューが本当に死んだと信じているのだろうか。)

 フィリグラーナはマリティムの目を盗んで死亡者リストを見ていた。アンドリューの名を見つけたが、ジェリオの報告を得ていたため慌てることはなかった。しかし、その「死亡宣告」が、理由はどうあれ、国家がアンドリューをこの世から抹消しようとしていることだけは確信していた。

 弔いの荘厳な鐘の音が、ヴェルデの街を覆いつくしていく。

 一つ一つの響きが、死者の叫びのように悲しく心を打つ。

 胸の前で組んだ手で偽りの祈りを捧げながら、リディは帰国する決意を固めていた。

 アンドリューの所へ行こうと思う。

 行けば、色々なことが白日の下に曝されるだろう。

 バッツも、キールも、ソフィアも、怒るに違いない。

 下手をすれば、国境で兵士に見つかり射殺されるかもしれない。

 しかし、居ても立ってもいられないのだ。

 これ以上、ジェード国内に留まっていることができそうにない。

 少し伸びた髪が風に靡いて、もどかしく頬をかすめて揺れた。


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