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第16話:嵐の前

 マリティム王子とフィリグラーナ王女の結婚式まで、あと一週間となった。

 首都ヴェルデは、どこもかしこもお祭りムードに包まれていて、人々の明るい笑顔とざわめきが絶えない。

 リディが働く新聞社でも毎日結婚式の話題ばかりで、暴動専門のレオンも「フィリグラーナ王女の素顔」なる記事を書くために四苦八苦している。

「ほんっと、ろくな噂が無いよなあ。見た目はあんなに美しいのに、それ以上に内面の美しさがわかるエピソードがないと、ジェード国民の支持は得られないんだけどなあ。」

 ぼやきっ放しのレオンに、リディは言った。

「でも、みんな大喜びしてお祝いしてるよ?」

「そりゃあ、将来の国王の結婚式なんだから、めでたいさ。だけど、フィリグラーナ王女が将来の王妃に相応しいと思われているかどうかは、別問題。」

 王宮を抜け出して、アンドリューに会いに来たフィリグラーナのことを知っているのは、リディだけだろう。砂糖菓子を買っている時の少女の顔と、王宮の吊り橋を馬で駆け抜けていった時の高貴な表情。どちらも王女の本当の顔で、それは女なら誰でも持っている二面性に通ずる。

 ネタに行き詰っているレオンに、リディが知っている王女の話をしてあげたい所だ。

 だが、それをしてはならないことを、リディの理性が知りすぎている。

 そこへ、女性タイピストのモーラが口をはさんだ。

「私は、結婚式なんてどうでもいいわ。早く終わって欲しいくらいよ。」

「へ・・ぇ。女ってのは、みんな結婚式とか好きだと思ってた。」

「レオン、それは偏見よ。でも、私が怒ってるのはこのお祭りムードのお陰で、全然闇の騎士ダーク・ナイト様の噂が無くなったってことなの。」

「なんだよ、そんなことか。」

「だって、ここ一ヶ月、警官やら軍隊がうろうろしてるから、犯罪が減っちゃって、ダーク・ナイト様の出番がなくなっちゃったんだもの。」

 確かに、その通りだ。

 要人の隠密と思われる闇の騎士ダーク・ナイトのことは、ソフィアやキールに正体を探ってもらっているが、最近全然情報が得られないと聞いている。

 レオンは、書き上げ途中の原稿をモーラに渡しながら言った。

「ほら、タイプ打っとけよ。現行の続きは、昼飯の後だな。」

「レオン!?締め切りは守ってよ?」

「わかってる。ランチがてら、取材してくるよ。リディ、行くぞ。」

 ヴェルデで最も大きなアーケード街を歩きながら、レオンは溜息をついた。

「あぁ、この辺をフィリグラーナ王女が歩いていてくれたらなぁ・・・。」

 ドキッとする。

 レオンとしては、ネタ詰まり解消法としての夢物語を口にしただけだろうが、事実フィリグラーナはそういう事をやっていたのだから。

 あの一件を思い出すと、車椅子のアランのことが頭を過ぎった。

 王女のくれた砂糖菓子を、心から喜んでいたアラン。

 アランはあれ以来、リディがエントランスで掃除をしていると時折挨拶に来てくれるが、本当に顔色が悪くて、すぐ息をきらして部屋へ戻ってしまう。何かしてあげたいが、リディには何の力もない。

 リディは、ポケットの中の小銭を取り出して見た。

 リディを雇う時「飯代くらいしか払えない。」と言っていたレオンだが、実際は飯代より多めに賃金を支払ってくれる。レオン自身、給料の大半を田舎の家族の仕送りしているため、生活は決して楽ではない。家賃無料のエンバハダハウスにいるのも、余計な金は使いたくないのが大きな理由だ。そんなレオンがリディに支払ってくれる賃金は、本当に貴重な一部といえる。

 リディはポケットの中でコインをギュッと握り締め、レオンに言った。

「あのさ、行きたい所があるんだけど。」

 レオンはリディを振り返り、

「どこ?」

「フロンテラ。前に、あそこの砂糖菓子差し入れでもらったことがあるでしょ?あれ、アランに買っていってあげたいんだ。」

「そうか。・・・そうだな、アランなら喜ぶかもしれない。」

 実際アランは喜んだわけだが、それをレオンに話してしまうと、どうやってフロンテラの砂糖菓子を手に入れたかも話さねばならなくなる。

 リディが口を噤んでいると、レオンは一人楽しそうに話を続けた。

「アランは、アンドリューと全然似てないだろう?アンドリューとハンス爺さんの血の繋がりはわかるんだよ。でも、アランは異色だよな。」

 その言葉に、リディは顔を上げた。

「レオンも、そう思う?」

「ああ。誰が見たってそう思うさ。だって、アンドリューに砂糖菓子なんかやっても、絶対喜ばないぜ。年齢のせいじゃなく、性格上、な。」

「じゃあ、アンドリューは何なら喜ぶの?」

 レオンは両手をズボンのポケットにつっこんだまま、少しの間考え込んでいた。

「うー・・・ん、わからないなぁ。」

「全然?」

「俺、10年くらいハウスに住んでて小さい頃からアンドリューを見てきたけど、あいつに何かやって喜ばれた記憶がない。」

「勉強が好きで、読書が趣味とか?」

「勉強は、熱心にやってた。本も、よく読んでた。俺が読まなくなった本とか、大学で使ってた本とか、全部アンドリューにやった。喜んでた感じはしなかったが・・・内心、喜んでたのかな。」

 そんな会話を交わしてるうちに、フロンテラに着いた。

 深みのあるワインレッドに金色の模様が施された装飾のフロンテラは、相変わらず多くの女性で賑わっている。

 この店の前に立つと、リディは自分の服のみすぼらしさに気付く。

 前回と同じく、また気後れしてしまった。

「・・・レオン、悪いんだけど、俺の代わりに買ってきてくれない?」

「え?どうして?」

 理由を説明するのも、恥ずかしい。

 何と言えばいいだろう?

 だが、赤くなって俯いているリディを見かねたレオンは、優しく言った。

「いいぜ。何を買えばいい?」

 リディは喜んだ表情で、レオンにお金を渡した。

「じゃあ、水色の星の形の砂糖菓子!」

「了解。」

 ガラスの扉の向こうへ消えていったレオンの様子は、店の装飾やガラスの反射でよく見えない。

 しかし、レオンが帰ってくるのは早かった。

 しかも、息せき切って、興奮した様子で戻ってきたのだ。

「レオン、どうしたの?」

「リディ、お前のお陰だよ!特ダネだ!この店、フィリグラーナ王女がお忍びで来たことがあるんだってよ!」

「!!」

「店員が覚えてたんだ。派手なドレスで、目立ってたって。俺、社に戻ってすぐ原稿書くから、リディはサンドイッチ二人分買ってから帰社してくれ。頼んだぜ!!」

 やはり、フィリグラーナは周囲にその存在を気付かれていたのだ。

 だが、一国の王女が一人でお菓子を買いに来るなど誰もが信じがたくて、今まで口の端に上らなかっただけだろう。

 あれからフィリグラーナは、どんな咎めを受けたのだろう。

 少なくとも結婚式は行われるのだから、婚約解消だの外交問題には発展しなかったのだろうが、それなりの代償は支払った気がする。それをフィリグラーナが予測できなかったはずはない。

 だから、胸が痛む。

 そこまでして、アンドリューに会いに来たという事実。

 それを知っているのが自分だけだという、現実。

(一国の王女であるがゆえ、自分の人生を自分の思うように生きられない運命。それは多分、私も同じ。でも・・・。)

―― いい加減、ご自分の立場をわきまえてください!! ――

 ソフィアの罵倒が脳裏から離れない。

―― 敵国の軍人に恋をしたり、何かとジェードびいきでいらっしゃるようですし!――

 ソフィアの言葉を厳しく否定したものの、いつまでも引きずっているのは、リディ自身、心の奥ではソフィアの言葉を認めざるを得ないから。

 祖国の仲間にリディの行動が知られれば、皆、ソフィアと同じ考えを持つに違いない。

 リディを裏切り者と罵るかもしれない。

 カリスマ的存在だった父、アドルフォの跡継ぎとして相応しくないと、爪弾きにされるかもしれない。

(やはり私には、覚悟が足りないのだろうか。)

 今のリディには、やがて、レオンやアランやアンドリューと敵になるなんて、想像がつかない。

 もし、本当にアランがジェード国王の隠し子だったとして、彼を暗殺できるだろうか?

 アランをネタに王室のスキャンダルを暴き、アランやアンドリューを世間の晒し者にできるだろうか?

 レオンがプラテアードに潜入し、何か重大な情報をスクープしようとした時、レオンを監禁し、拷問にかけることができるだろうか?

 そんなことができるとは思えない。

 だが、いつかはやらねばならないことだ。

 やらずに済めばいいが、その確率は五分五分で、どちらに転ぶかわからないのが現実だ。

 エンバハダハウスへは、ジェード国王の隠し子がいるという真相を確認するために潜入したに過ぎない。

 それにしては、住民と親しくなりすぎていないか。

 上辺だけの親しさなら良いが、心から情を交わしてしまっている。それは、許されないことだ。

 リディだって、こんな展開は予想だにしていなかった。

 アンドリューとの出会いからハプニング続きで、ここまで来てしまった。

 思いがけない出会いが次の出会いを呼び、いつの間にか敵国に馴染みだしている。

 それが上辺だけなら、スパイ活動をする上で決して悪いことではない。

 しかし、自分の身分を忘れるほどに心を動かされたら、もう・・・。

(一刻も早く真相を確かめ、帰国すべきかもしれない。これ以上、私の情がジェードへ傾かないうちに。)


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