第151話:満月まで、あと2日
「巨神?」
第一神使の話を聞いたアンドリューは、話の切れ目で聞き返した。
ゴブラン織りのソファに腰かけた老齢の神使は、若干前屈みになった。
「ジェードだけでなく、この大陸には多くの鍾乳洞や鉱山の採掘跡の空間が存在します。それらを活用する時には、最も大きな空間にそびえる巨大な柱石を神の化身として奉る風習があるのです。その柱石を『巨神』と呼んでいます。巨神の額にあたる場所には、巨大な国石が埋め込まれています。」
アンドリューは、親指を唇に押し当てた。
リディのノートにあった古代文字の解読どおりだ。だが、古代文字が掘られた白い板は、それを伝えるだけのものではないはず。
「私達神使は年に一度、巨神に祈りを捧げる祭事を行います。」
「では、コン・クエバの内部も知っていますね?」
「いえ、・・・知っているとは言えぬのです。」
「どういうことです?」
「神使は監獄の入り口で目隠しをされ、籠のようなもので巨神の前まで連れて行かれるので、道中の事はまったくわかりません。時間的には15分程度だったと・・・思いますが、時計を持ち込むことも許されておりませんので。」
「その祭事、期日に決まりは?」
「満月の夜です。」
「祭事を行う人数は?」
「神使2名です。何番目の神使が務めるかは、その時々により異なりますが。」
「手伝いの弟子なども付かないのですか?」
「付きません。神使は昼間のうちに巨神の前に連れて行かれ、周囲は無人になります。神使は巨神の額の宝石が輝きだしたことで夜の訪れを知り、儀式を開始します。この儀式は、王族と神使以外、見ることを許されていないのです。」
「巨神の額が光る現象が、王族の額の裏紋章を想像させるから―――。」
神使は頷いた。
アンドリューは、胸元で拳を握りしめ、本題に入った。
「その祭事を明後日に設定できますか。」
神使は、白くなった眉毛を寄せ難しい表情を浮かべた。
「陛下。コン・クエバの儀式は先月終えたばかりです。年に一度の儀式を、二か月続けることはできません。」
「年に一度というのは、何を基準に決めているのです?」
「星の巡りです。星座版と洞窟の位置を照らし合わせて算出しております。」
「年に一度が、隣あう月になることも、無いとはいえないでしょう。」
「それは、・・・大変稀なことです。」
「可能性がゼロでないなら、十分だ。」
神使は厳しい眼差しをアンドリューへ向けた。
「陛下、儀式は神聖なものです。星の巡りを無視することは、災いを招きます。」
「洞窟に入る口実が欲しいだけだ。実際に祭事を行う必要はありません。」
神使は、首を振った。
「私は、リディ様が連れ去られた経緯も、裏で皇太后様が動いておられることも、側近から聞いております。陛下の目論見はわかりますが、催事のスケジュールは、向こう半年以上事前に予告してあるものです。突然、コン・クエバで祭事を行うなど、わかりやすい戦線布告に過ぎませぬ。」
アンドリューは、苦しい息を吐いた。
「――― そのとおりだ。浅はか過ぎた・・・な。」
神使は、頼る術をなくし、力を落とした国王の手を、皺だらけの手で包み込んだ。
「陛下、満月の夜に見張りが少なくなるのは、祭事がなくとも変わりません。」
「・・・。」
「神に仕える身として、これ以上無駄な血が流れることは、決して看過できませぬ。祭事など表立ったことはできませぬが、お力に――― なりとうございます。」
神使の真剣な瞳を見て、アンドリューは今一度、力を取り戻すように拳を握った。
立ち止まる暇などない。もう、事は動き出している。
ハロルドがアルティスのところへヴェルデマールの病気を伝えた結果は、数時間も待たずに出るだろう。それを迎え撃つ準備をしておかねばならない。
同時刻、皇太后アルティスはバジーリャ少佐をモラガス城へ呼び出し、穴埋めの進捗について尋ねていた。
少佐は、穴の上部の埋め立てはほぼ終えていると報告した。実際は、リディのいる牢の上部かどうかわからない窪みに土を運んでいるだけだが、自分達が「牢の上部の穴」と判断した場所を埋めているのだから、嘘をついていることにはならない。
しかし、報告を終えるや否や、少佐の頭上へアルティスの罵声が飛んだ。
「ふざけるな、バジーリャ!我の目を節穴と愚弄しておるのか!?」
少佐は、慌てて首を振った。
「飛んでもございません!なぜ、そのようなことを?」
「我にはな、数え切れぬほどの侍従やら召使いやらがおってな。そなたの動きは、常に監視させておるのだ。牢の上の穴など、見つけられていないのであろう?適当な窪みを見つけて、そこを土で埋めているだけなのだろう?」
少佐は、頑としてそれを否定した。
「いいえ、それは誤解でございます!部下達が牢の上の土地を歩き回り、雲を掴むような思いで何とか当たりをつけて埋め立てを遂行しております!皇太后様の侍従達が「場所が違う」と判断されたというのであれば、正しい位置を教えていただきとうございます。」
「黙れ、たわけが!!」
少佐の足元に、ガラスの瓶が投げつけられ、激しく割れた。
「我の遣いは、お前が部下たちに『どうせ正しい位置などわからないのだから、適当に埋めとけばいい』と言ったのを聞いてきたのだ。それを、よくぞ白々しく反論などできたものだ!!」
分厚いカーテンが閉められ、蝋燭の灯りのみの明るさしかない部屋。
さらにアルティスは何重ものベールの向こうで、その表情は少佐からうかがい知ることはできない。
だが、それを見る必要のない程に恐ろしい声で、アルティスは少佐に告げた。
「本当に穴が埋められていたかどうか、近くわかることだ。いいか、もし埋められていなければ、お前も、お前の部下達も全員コン・クエバに収容してやる。今、プラテアードの王女が収監されている場所が、こんどはお前の居場所になるのだ。」
バジーリャ少佐は、頭を垂れたまま固唾を呑んだ。
「よいか?お前は、アンドリューに地方へ飛ばされたところを、我の命令を実行するために、我が呼び戻したのだ。つまり、我の命令を遂行できないのであれば、用無しだ。我はアンドリューの様に甘くはないからな、遠方へ追いやるなどでは済まさない。全員、処刑してやる。それが嫌ならば、さっさとやり直せ!!」
「・・・はっ。」
こんな状態のアルティスに、何を言っても通用しないどころか、更に感情を逆なでするだけだ。
少佐は足早に部屋から退出した。
「・・・くそっっ、」
面倒この上ないと、バジーリャが舌打ちしながら歩き出すと、廊下の奥から、アルティス付の侍従長が足早に向かってくるのが見えた。
「何事か?」
少佐の声掛けに見向きもせず、侍従長はそのままアルティスの部屋に吸い込まれて行った。
バジーリャは、ちょっと顎を撫でると、廊下の角に身を潜めた。
何か起こる―――、
その直感は、きっと正しい。
侍従長が持ってきた二つの知らせは、皇太后アルティスの歩みを惑わせた。
リディの謝罪の申し出、そして王子ヴェルデマールの重病。
真実か、それとも罠か。
リディが謝罪の意を示したというのは、真実でも罠でもよい。もはや今のリディに歯向かう体力など残っているはずもない。あのしぶといプラテアード王家の末裔が、いよいよ足元に平伏す姿を目の当たりにできるのだ。命乞いしてくるのも、面白い。どちらにせよ射殺することに変わりはない。
問題は、ヴェルデマールの方だ。
王子は王宮でマチオに育てられている。アルティスや女官長が何度も引き取ろうとしたが、そのたびにヴェルデマールは死ぬ程泣き叫び、暴れ、高熱を出した。アルティスの手からアンドリューやマチオの腕に戻せば、ぴたりと泣き止み解熱するのだから、流石に諦めざるを得なかった。
ヴェルデマールが間違いなくマリティムの子――しかも裏紋章を持つ唯一の――と確信しているアルティスは、できるだけ早くアンドリューを王位から引きずり下ろし、ヴェルデマールを据えたいと考えている。幼すぎると他国に付け込まれるだろうから、14歳ぐらいがよい。数年はアルティスが摂政として後ろ盾になるつもりだ。だからヴェルデマールだけは、絶対に守らねばならない。そういう意味ではアルティスの泣き所といえる。それをアンドリューが利用する可能性もあるが・・・。
アルティスは金のミュールの爪先を右往左往させた挙句、緋色のドレスを翻しヴェールの外へ出た。
「我は王宮へ行く。すぐに馬車を回せ!」