表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/152

第14話:訪問者

 リディのエントランス掃除は、なぜか日課になっていた。

 五日間キールと山に篭って何とか鳩笛を操れるようになり、エンバハダハウスに戻ってくると、アンドリューの祖父である大家のハンスがリディを待ち構えていた。

「なんだ、帰ってきたのか。じゃあ、頼んだぞ。」

 突然雑巾を渡され、断る術もなく、それ以来の日課だ。

 別に掃除が嫌いなわけではないし、アンドリューの祖父だと思うと邪険にもできない。

 

 そんな日々が2週間ほど続いた。

 

 その日は休みだったため、いつもより丁寧にガラスを磨くことにした。

 埃にむせかえりながらも、床まで掃いた。

 玄関から外に出て、荒れた庭を見ていると、「やっぱり雑草も抜きたい。」という衝動に駆られた。

 その時だった。

 通りの向こうから、薔薇色のドレスがこちらへ向かってくる。

 地味な街に咲いた美しい花のようで、リディは思わず目を見張った。

 そのドレスの主の顔が見えたとき、リディは心臓が止まるほど驚いた。

 それは、忘れられない美しさ。

 フィリグラーナ王女!!

 なぜ、王女がここへ?

 まさか、そんなことがあるのか?

 王女は、そんなリディのところへまっすぐに歩いてくる。

 つばが斜めになったモダンな大きな帽子を手で押さえながら、王女はリディに微笑みかけた。

「こちらに、アンドリュー・レジャンという士官がいると伺ったのですが。」

 思い返せば、リディは王女を知っていても、王女は気を失っていたため、リディのことを知らない。

 だが、王女の顔は将来の皇太子妃として新聞報道されており、街の誰でも知っている。それを前提に、リディは話をすることにした。

「アンドリューは、仕事で暫らく帰りませんが。」

 すると、見る間に王女の表情が曇った。

 俯き加減で、帽子の陰になった瞳は見えないが、落胆加減は痛いほど伝わってきた。

 リディは放っておけず、おそるおそる声をかけた。

「失礼ですが、あなたはフィリグラーナ様ではありませんか?」

 王女は気丈に顔を上げ、小さく笑ってみせた。

「あら、わかります?」

 あっけらかんとした答えに、リディは気が抜けてしまった。

「わかります。新聞に大きく載ってましたから。」

「そう思って、一番質素な服で来たのだけど。これでもばれてしまうのね。」

 質素?

 確かにスカート丈は裾を引きずらず、平民並だ。しかし、こんな派手な色で、高級なレースの襟をつけてれば嫌でも目立つ。いいところ貴族の令嬢だ。

 王女は、大きく溜息をついた。

「結構大変な思いでここまで来たのに。残念だわ。」

「アンドリューのお爺様ならいらっしゃいます。アンドリューに言伝でもあれば・・。」

「無粋ね。直接会えないのなら、意味はなくてよ。」

 王女は、アンドリューに気があるのか。

 二人は、自分が知らないところで、そこまでの繋がりを持っていたのか?

 リディが次の言葉を見つけられないでいると、王女は辺りを見回し、言った。

「少し、休ませていただけないかしら。座る場所があれば十分よ。」

「5分ほど歩くと、国立美術館に併設されたカフェがあります。」

「馬鹿ね。そんなところに行ったら、沢山の人目に触れてしまうではないの。この大きな帽子で顔を隠してきたのが台無しよ。やっとの思いで王宮を抜け出してきたのだから、もう少し捕まりたくないわ。」

 リディは少し考え、

「では、裏庭にどうぞ。一応木陰にベンチがあるので。」

 裏庭の芝生はほぼ全滅だが、アンドリューの部屋のウッドデッキから直線上に大理石のベンチがあり、大木の陰になっていて、心地よい空間が作られている。だが、何十年も雨ざらしのため、角は風化してしまっている。

 リディはポケットからハンカチ代わりの白い布を取り出し、ベンチの上に広げた。

「汚い布で恐縮ですが・・・。」

 高飛車という噂のフィリグラーナは、こんなところに座るだろうか?

 だが、そんな心配は杞憂に終わった。

「ありがとう。」

 優しい声で、王女はリディのハンカチの上に腰を下ろした。

 リディが立ちっぱなしでいると、王女はクスリと笑った。

「そこに立っていられると、気が散るわ。隣にお座りなさい。私の話し相手になってくれると嬉しいわ。」

「・・・しかし、それは。」

「私は気が短いのよ。お座りなさい。」

「はい。」

 遠慮がちに、ベンチの端にちょっと乗っかるように座った。

 王女に人工呼吸までしているのだが、こうして目の前にすると、緊張する。

 普通の人とオーラが違う、というのだろうか。独特の風格に圧倒される。

「あなた、エンバハダハウスの住人でしょう?奇怪な噂が多いというのは本当なのかしら。」

「噂は、あります。でも本当のところは、そんなに変なアパートではありません。」

 王女は、まじまじとリディを見つめ、ハッとなった。

「もしかして、アンドリューが私から馬を借りて助け出したのは、あなたなの?」

「え・・・、ええ、まあ。」

「そう。あなた、アンドリューの何?」

「何?何って、何でもないですけど。」

「嘘でしょう?彼は馬を借りる代わりに、家宝のペンダントを置いていったのよ。」

「家宝?ああ、薔薇翡翠の・・・。」

 ダイナがアンドリューに返す時にちらっと見ただけだから、詳細はわかっていない。

 フィリグラーナは、白いレースの手袋をはめた指を軽く組み、口元にあてた。

「薔薇翡翠は、ジェード国の宝。王室の許しを得た家柄の者しか身につけることが許されないと聞いてるわ。アンドリューは名門貴族の出だと、私は確信しているの。」

 フィリグラーナの言うことが本当なら、アンドリューは王の隠し子とまではいかなくとも、やはり訳ありの身分なのかもしれない。

 ふわりと風に乗って、緑の清清しい香りが鼻をくすぐった。

 フィリグラーナは、大きく深呼吸した。

 誰にも監視されていないというのは、何と気持ちが楽なのだろう。

 地下道で命を落としかけた一件以来、自分の部屋から出ることさえままならなくなってしまった。地下道で倒れていたのを、誰がどうやって助け出したかということも教えてもらえない。ただ、あの刻限にアンドリューが王宮に馬を返しに来たはずだということと、胸にかけていたアンドリューのペンダントが無くなっていたことから、何となくの推測はできた。それを確認したかったし、御礼も言いたかったし、顔も見たかった。

 そこで今日、王宮を訪れた貴族の車の荷台にもぐりこみ、街まで下りてきたのだ。

 アンドリューがどこに住んでいるか調べることも、部屋の外にいる番兵や侍女に見つからないよう城内を走り抜けるのも、狭い荷台で息を殺していたのも、自由気ままな少女時代を過ごしてきたフィリグラーナには大変な苦労だった。

 そうまでしても、会っておきたかったのは、なぜだろう。

 所詮は「他人の国」で、自由など保障されないことや、気ままに権力を振るうことも許されないことを悟った。無論、アンドリューを自分専用の配下に置くことも不可能だった。

 だから、3ヵ月後の婚礼の儀を前に、最後の「何か」をしたかったのだろうか。

 皇太子妃となる前の、最後の心踊る冒険をしておきたかったのだろうか。

 だが運命は、フィリグラーナに味方しなかったようだ。

 アンドリューに会う最後の機会を、与えてくれなかったのだから。

 だが、これで良かったのかもしれない。

 アンドリューが、フィリグラーナに対して何の思いも抱いていないのは、何となく察しがついている。二人の温度差を見せ付けられ、不快な苦さだけが残ることになったかもしれない。

 例えアンドリューに会って、馬を貸したときに約束した「条件」を突きつけても、結局は何にもならなかったろう。

 そこまで思いを馳せると、だいぶ心が落ち着いた。

 そこで、隣で居心地悪そうにしているリディに、フィリグラーナは視線を向けた。

「ねぇ、どうしてあなたは少年の振りをしているの?」

「えっ?」

 激しく動揺して、声が裏返ったリディに、フィリグラーナは笑った。

「まさか、私を騙せるとでも思って?」

「いえ、そうではなくて・・・俺は、男です。」

「往生際が悪いのね。男だという証拠を見せられないでしょう?」

 フィリグラーナは、面白そうに続けた。

「どうしてわかったか知りたい?アンドリューに会いに来たと言った私を、あなたは嫉妬に満ちた目で見たからよ。あれは、女の目だったわ。」

 僅かに唇を震わせているリディを見たフィリグラーナは、口調を和らげた。

「安心して。誰に言うわけでもないわ。・・・どちらにせよ、私はもう二度とあなたに会うことはないのだから。」

 それは、そうかもしれない。

 だが、リディが少年の振りをしているのはフィリグラーナ以上に身分を隠さねばならないからであって、戯れではない。しかし、洞察力の磨かれた王女の前では誤魔化しきれないだろうと思い、それ以上の否定せず、口を噤んだ。

 フィリグラーナは、肢体を伸ばすように立ち上がった。

「そろそろ戻るわ。ただ、その前に一つ案内してくださらない?」

「どこですか?」

「小間使い達の噂で聞いたの。『フロンテラ』というお菓子屋さんの砂糖菓子、とっても評判なんですってね。」

「フロンテラって、ここから20分はかかりますよ?王女様なら、お城に取り寄せられると思いますが?」

「お城を抜け出した口実よ!城の者に責められたら、泣きながらこう言うの。『小間使いたちがあまりにも素敵だというものですから、どうしても行ってみたかったのです。』ってね。」

「それで誤魔化せますか・・・?」

「いいのよ、何でも。言い訳が一つ、あればね。」

 悪戯っぽい瞳で、フィリグラーナは軽やかに走り出した。

「辻馬車をひろってくださる?高級でなくて構わなくてよ。」

「あ・・・、はい。」

 リディは、王女を追い抜くように走り出した。

 辻馬車はすぐにつかまった。

 リディが王女の手をとって馬車に乗せてやると、王女はリディにも乗るように促した。

「もう少し付き合って。それとも、私を一人街へ放り出すおつもり?」

 放り出すも何も、城を一人で抜け出してきたくせに!

 だが、リディは大人しく従った。

 なぜか、フィリグラーナと一緒にいると心地よいのだ。

 王女が好きとか、そんな単純な理由ではなく、一緒にいることが嬉しい・・のだ。

 それに、馬車に揺られて街を眺めるなんて、リディには初めての体験だった。

 リディは思わず身を乗り出して、窓から外を眺めた。

 そんなリディに微笑して、フィリグラーナは、自分も窓の外の景色が流れていくのを見つめた。

 こうして街の様子を見ることなど、この先無いだろう。

 母国のプリメールとは違う、「支配する側」の厳格な緊張感が王室には漂っている。

(もう、いい加減に未練を断たねば・・・。私が私でいられる時間に、別れを告げなければならない。)

 フロンテラは高級菓子店ではあるが、庶民にも手の届く値段のため始終賑わっている。

 深みのあるワインレッドに金色の模様が施された装飾がトレードマークで、チョコレートやボンボン、クリームを使ったケーキなどが美しくショーケースに並んでいる。

 噂の砂糖菓子とは、色とりどりに着色された砂糖を、星や花や宝石などに模ったお菓子である。リディも一度、新聞社に差し入れされた時に食したことがあるが、口の中であっという間に溶けてしまったことだけ覚えている。

 いくら「庶民に届く値段で人気」といっても、室内装飾の豪華さに、着たきりの擦り切れた服では気後れする。リディは店の外で、馬車とともにフィリグラーナを待った。

 女の買い物は時間がかかると聞いていたが、それは真実のようだ。

 結局30分も待たされ、フィリグラーナはいくつもの袋を持って出てきた。

 楽しげな表情でフィリグラーナは馬車に乗り込んだ。

「もう、ここで結構よ。あとは城へ帰るだけだから。」

 しかし、リディは首を振った。

「いえ・・!王宮の門まで送らせてください。もし賊に襲われでもしたら大変です。」

「賊に襲われたとしても、あなたに私を救えて?」

「それは・・・。」

「でも、そうね。二人の方が安全かもしれないわ。・・・お乗りなさい。」

「はい。」

 リディは、再び馬車に揺られながら、キールの言葉を思い出していた。

―― 王女が死ねば、ジェードとプリメール国の間で戦争になって、ジェードの戦力を落とす絶好のチャンスになったのですよ? ――

 では、今ここでフィリグラーナを殺したらどうなる?

 小国プリメールは、ジェードとの戦いをどうしても避けたいから、人身御供のような形でフィリグラーナを嫁がせたのだ。それにも関わらず、フィリグラーナが殺されたことを理由に自ら負け戦を仕掛けるだろうか?そうは思えない。

 それよりも、ここでフィリグラーナと顔見知りになっておくことで、将来プリメール国との関係を良好に保つことが可能になるのではないだろうか。

 しかし。

 リディが王女を送っていこうと思ったのは、ただ純粋に王女の身を案じたからだ。

 王女と知らないまでも、物取りで襲われる可能性は否めない。将来の皇太子妃が供もつけずに一人馬車で移動するなど、危険すぎる。

 まさか馬車を操る御者だって、国の将来を決定付ける要人が二人そろって馬車に乗っているなど夢にも思ってないだろう。

 当の御者は、不思議な出来事に首を捻っていた。

 どう見てもつりあいの取れない男女が馬車に乗り、王宮の門まで連れて行けと言う。

 片や貴族の子女らしいが、もう一人は一体何なのだろう?

 そんな疑問を抱きながらも、馬車は西の門に着いた。

 深い峡谷に架けられた吊り橋が、西門への入り口だ。

 吊り橋を渡った後にも、渡る手前にも、番兵がいる。

 みすぼらしい辻馬車は、当然不振に見られる。

 フィリグラーナは、番兵が声をかける前に窓から顔を出した。

 「フィリグラーナです。門を開けなさい。」

 リディは、ハッとしてフィリグラーナの横顔を見た。

 低い、高潔の声。

 これが、一国の王女の声なのか。

 先ほどの軽い少女らしさとは、別次元の声。

 番兵達は、思わぬ出来事に面食らったようだった。

 重厚な鋼鉄の扉が、ギ・・・という音を立てて、ゆっくり開かれる。

 その間に、フィリグラーナはリディに一つの包みを渡した。

「これ、今日のお礼。受け取ってください。」

「え・・・。」

「楽しかったわ。あなたは、私と同じ境遇の臭いが・・・したから。」

「・・・!?」

「ごきげんよう。」

 フィリグラーナは、馬車から一人で降りた。

 そして、御者に金を渡すと

「もう一働きしてもらいましょう。馬車の中の少年をエンバハダハウスまで送り届けなさい。丁重にね。」

「は・・・はっ。」

 馬車はすぐに旋回して、走り出した。

 リディが窓から身を乗り出したとき、王女は番兵が用意した馬で、吊り橋を駆け抜けているところだった。


 ―― もう一度、この場所に来ることになる


 あの予感は、今日のことだったのだろうか。

 リディは馬車に揺られて、フィリグラーナがくれた包みを開けてみた。

 そこには、色とりどりの星型の砂糖菓子がぎっしりと詰まっていた。

 リディのような身分の低い者に対しても、礼を欠かさぬということか。

 それとも、『同じ境遇の臭い』がしたリディには、特別だということなのか。

 リディはもう、窓から外を眺めることはしなかった。

 それよりも、なぜか深い、重い気持ちに沈んでいた。


 馬車がエンバハダハウスに着いたとき、もう日は暮れていた。

 包み一つを持って、ゆっくりと自室に戻ると、そこには一つの影が待っていた。

 ハッと身構えるが、それがソフィアであると気付き、安堵の息を漏らした。

 が。

 部屋の扉が閉まるなり、ソフィアは足早にリディに近づくと、思い切り横頬を叩いた。

 リディの身体が床に倒れるのと同時に、星型の砂糖菓子が、ばらばらと音をたてて散らばった。

 ソフィアは、肩で激しい息をしながら言った。

「いい加減、ご自分の立場をわきまえてください!!」

「・・・!」

「今日、フィリグラーナ王女と行動を共になさいましたね。しかも、馬車で。」

 ソフィアは、宙に浮いた手をぎゅっと握り締め、背を向けた。

「私はクラブの仕事があるので、失礼します。・・・まもなく兄が参りますので、大人しくなさってて下さい。」

 リディは、少し切れた口端を拭いながら立ち上がった。

「待て、ソフィア!!」

 星灯りの中、リディの瞳が金色に光った。

「お前達兄妹は私の護衛であって、監視役ではないはずだ。こんな仕打ちを受ける筋合いはない!」

 ソフィアの細い背が、こちらを向いた。

「今後、馬車や車には許可なく乗らないで下さい。護衛できないだけでなく、密室で危険です。しかも敵国の皇太子妃になろうという女と親しげに・・・!」

 吐き捨てるような物言いに、リディは声を荒げた。

「私は、私の考えで動いている。立場もわきまえている。それを侮辱する気か!?」

 ソフィアも、眉を吊り上げた。

「立場をわきまえた上での行動ならば、尚のこと問題です。でも、それも仕方のないことなのでしょうか?敵国の軍人に恋をしたり、何かとジェードびいきでいらっしゃるようですし!」

 兄の言いつけを忘れ、ソフィアは口を閉ざすことができないでいた。

 アドルフォの志を継ぐはずの少女の軽率な行動が、どうしても許せないのだ。

 銃弾に倒れ、苦しい息の中、リディにすべてを託したアドルフォ。

 それを忘れたかのようなリディの振る舞いが、ソフィアの胸を突く。

 アドルフォの遺志を、命賭けで祖国のために働こうとしている同志を、リディは何だと思っているのか!?

 だが、リディは釈然としない目でソフィアを見ていた。

「敵国の軍人に恋・・・とは、何のことだ?」

「おとぼけになるおつもりですか?」

「アンドリューのことか?私は、恋などしていない。」

「では、なぜ命の半分を差し出したのです!?あのバッツを、ご自分よりアンドリューのために使わすなど、正気の沙汰ではありません!よほどその男に、お心を捧げていらっしゃるとしか思えません。」

「それは、私の命の恩人だからだ。借りを返しているまでのことだ。」

「いいえ。それだけではないはずです。」

「それだけだ。見当違いも甚だしい。」

「・・・わかりました。そういうことに、しておきましょう。」

 ソフィアは深く頭を下げ、窓から去っていった。

 リディは床に跪き、こぼれた砂糖菓子を拾い上げた。

 五つの頂点を持つ星型は、皹が入っていたり、粉々に割れていたりした。

 かろうじて包みの中に残った7つの星だけが、無事に形を成していた。

 砕けた星を一つ一つ拾い上げ、丁寧に手のひらに載せていく。

 その瞳から、いつの間にか涙が溢れていた。

 別に、ソフィアに叱責されたことに傷ついたわけではない。

 きっと、砂糖菓子が儚く壊れてしまったことが悲しいのだ。

 ぽたぽたと落ちる熱い雫に、リディは唇を噛んで耐えた。

 もうすぐ、キールが見張りに立つ。

 こんなところを見られたくない。

 部下にも、同志にも、涙は絶対見せたくない。

 それが、リディのプライドだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ