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第11話:命の半分

 「アンドリューが!?」

 星空の下やって来たキールの報告に、リディは思わず大声をあげた。

 キールに口を手でふさがれ、リディはハッとして口を閉じた。

 キールは一つに束ねた長い髪を柔らかな風になびかせて天窓から部屋の中に入り、床に片膝をついて報告を続けた。

「軍の諜報部員適性のため、プラテアードへ潜入されます。夕刻一度エンバハダハウスにお戻りになり、またすぐ立たれました。今夜軍の宿舎に入られましたので、今後の動きはわからなくなります。」

「プラテアードの現在の動きはどうなってる?」

「我々の仲間であるフレキシ派は落ち着いておりますが、反発するカタラン派は、時折国境付近でジェード軍と衝突してます。アドルフォ様が亡くなって3年。小さかったカタラン派は、徐々に勢力を伸ばしております。」


 プラテアード国内のジェード総督府は4箇所ある。

 しかし、いずれも高い城壁に囲まれており、プラテアード国民が立ち入ることは許されていない。

 城壁内部だけ豊かな生活が営まれ、その外は荒れている。

 ジェード国の民間人が城壁の外へ出る時は、必ず軍隊の護衛がつく。

 プラテアード国民にとって、ジェード国は大いなる敵なのだ。


「諜報部員の適性検査は、大体何人が受けるんだ?」

「私の得た情報では、5名です。」

「多くはないな。・・適当なガセを掴ませて追い払うよう仲間に命じておけ。」

「アンドリュー殿は、いかがなさいますか。彼は最長の6ヶ月滞在です。」

「・・・キール。これは命令ではなく、私のお願いだと思って聞いてほしいのだが。」

「リディ様の願いならば、何なりとお受けしたいところです。しかしアンドリュー殿はジェード国民であり、軍人であり、いわば我々の最大の敵です。」

「そんなことはわかっている。だが、アンドリューは私の命の恩人だ。キールにとっても、同じだろう?お前達の失態で私があのまま死んでいたら、キールもバッツも銃殺だったんだからな。」

 リディは、頭を垂れたままのキールを見下ろした。

「今回だけだ。借りを返すと思って、アンドリューを守ってやってくれないか。」

「もしアンドリュー殿がジェード国王の隠し子であっても、ですか?」

「アンドリューは、違う。」

「それは、リディ様の都合のいい思い込みでしかありません。」

「キール、言葉が過ぎるぞ!今回だけだと言ってるではないか!?」

「ジェード国に対しては、もっと非情になっていただかないと困るのです。今回リスクを推してでもリディ様をジェードに入国させたのは、ジェードに愛着を持っていただくためではありません。」

「わかってる!だから、今回だけだ。命の借りを返すだけだ。願いをきいてもらえないというのなら、命令する!」

「子供のような駄々をこねないでください。」

「駄々などこねてない!お前が守ってくれないというなら、私が行く!私がプラテアードへ帰る!」

「リディ様!」

 キールはリディの両肩を強く掴んだ。

「しっかりなさってください!リディ様がジェードに入国したことが軍に知られてしまった今、動くことがどんなに危険なことかわかるでしょう!?そうでなくとも、入国以来ハプニング続きだったというのに!」

「そのハプニングを乗り越えられたのは、全部アンドリューのお陰ではないか?」

「リディ様は甘いのです。フィリグラーナ王女だって、あの時リディ様が助けなければ死んでいたのでしょう?王女が死ねば、ジェードとプリメール国の間で戦争になって、ジェードの戦力を落とす絶好のチャンスになったのですよ?」

「それは、キールの考えが甘い。もしあそこで王女が死んでみろ。王女の賢い侍女が、私とアンドリューに責任をなすりつけたに決まってる。それで私たちは打ち首さ。だから助けた。それだけだ。」

 視線を落としたリディを見つめ、キールは落ち着いた口調で言った。

「リディ様の優しさは、指導者には不要なものです。どうかもっと非情になってください。」

「父上は非情だったか?違うだろう?」

「私は心配しているのです。もしアンドリュー殿が、今後プラテアードの独立を大きく阻む存在になったらどうしますか?後悔なさいませんか?」

「その時は、そういう運命だったと思って受け入れるし、そんなものに私は負けない。」

「リディ様!」

 キールは抑えた声ながら、リディを激しく責めた。

「ご自分の立場を今一度認識してください!」

「わかっている!だが、それとこれとは話が別だ。ただ、アンドリューの動向を見ていてほしいだけなんだ。野蛮なカタラン派の餌食にならないように見守って欲しいだけなんだ。スパイ活動を補佐して欲しいとか、有利な情報を流せとか言ってるわけではないんだ。」

「当たり前です。ですが、その役目を誰にやらせろと言うのです?リディ様がジェード国に潜入していることがばれた今、私とバッツは絶対にリディ様の傍を離れることはできません。」

「だが、ジェード国の軍人を見守れなど、事情を知っているお前かバッツにしか頼めない。」

「そうです。でも我々は、リディ様の護衛を最優先します。それでも私かバッツにアンドリュー殿を見守れとおっしゃるのならば、それは、リディ様の命半分をアンドリュー殿に差し出すことと同じなのです。」

 それを聞いたリディは、俯いて下唇を噛んだ。

 そしてそのまま暫らく考え込んでいたが、やがてもう一度顔をあげた。

「監視、という名目ならやってくれるのか?」

「監視では、いざという時お助けはできませんが。」

「・・・では、仕方あるまい。私の命を半分、差し出そう。」

「リディ様!」

「アンドリューがいなければ、私は死んでいたんだ。私の命は私だけのものではない。だからすべてを差し出すわけにはいかないが、半分なら許してもらえないだろうか。」

 リディの真剣な表情に、これ以上拒否しても良い結果にならないと、キールは確信した。

「バッツの方が、プラテアードの仲間に顔が広い。ジェード軍の諜報部員適性の件も含めて、伝達がてら半年ほど帰国してもらいましょう。」

「・・・ありがとう、キール。」

「バッツの代わりには私の妹のソフィアをお傍に置かせます。バッツほどではありませんが、リディ様を全力でお守りさせます。」

「ソフィアは今、どうしている?」

「軍の上層部御用達のクラブで歌を歌っております。」

「危険な任務だな。」

「ソフィアはスパイとして鍛えられたプロです。心配は無用です。」

「では、活動の半分を私のためにもらおう。一度顔を見せる様、伝えてくれるか?」

「はっ、かしこまりました。」

「バッツには、3日後にプラテアードに立ってもらってくれ。くれぐれも気をつけるようにな。」

 キールは頭を深く垂れると、天窓から夜の街へと去っていった。


 リディは額を膝の間に埋めて、低く呻いた。

 アンドリューが、プラテアードに入国する。

 もしジェードのスパイだということがばれたら、間違いなく殺されるだろう。

 プラテアードは現在、軍や武器を持つことは許されていない。だが、生活に必要なナイフもあれば、殴り殺すことも、絞め殺すことも可能だ。

 アンドリューがジェードの軍人だろうと何だろうと、死んでほしくない。

 絶対に、死んでほしくない。

 命の恩人だからとか、そんなこととは関係無しに。

 できることなら、どんなことをしてでもアンドリューにひっついていきたかった。

 プラテアードに帰国し、自分の手で直接アンドリューを守りたかった。

 だが、それはできない。

 キールの言うとおり、今は下手に動くことはできない。リディはアンドリュー以上に危険な立場にある。今後は、キール達との接触も控えたほうがいいだろう。

 今、確実に動き出した運命に、リディは身の引き締まる思いがした。


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