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第10話:青琥珀の都へ

 アンドリューが7時過ぎにエンバハダハウスから駐屯地へ出勤しようとしていた頃、徹夜明けのレオンが戻ってきた。

「レオン、これから休めるのか?」

「ああ、丸一日休む。ここのところ、忙しかったからな。リディにも可哀想なことをした。」

 アンドリューは「リディ」という名を聞いて、小さく笑った。

「そういえば、昨日見られてたみたいだぜ。」

「昨日?何を?」

「例の『彼女』と一緒のところをさ。」

 レオンは眠たそうだった目を一気に見開き、アンドリューの胸倉をつかんだ。

「おいっ、それでお前、リディに余計なこと言わなかっただろうな!?」

「言わねぇよ。つーか、言えないだろ?・・・面白すぎて。」

 たまらず笑い出したアンドリューに、レオンは太い眉をつりあげた。

「絶対、言うなよ!」

「言わないよ。言わないけど、絶対いつかばれるぜ。」

「お前が言わなきゃ、ばれないさ。ったく、だからアンドリューには知られたくなかったんだよな。」

「相手の女が目立ちすぎるんだよ。」

「・・・そうだな。忠告しとくよ。」

 レオンは軽く息をつくと、アンドリューの耳元に顔を近づけた。

「それより、ちょっと小耳にはさんだんだが、」

「何だ?」

「独立運動の王、アドルフォの娘がジェードに潜入してるって、本当か?」

 アンドリューは軽く眉をひそめた。

「それ、昨日全軍に出回ったばかりの話だぜ。」

「じゃあ、やっぱり本当か。」

「さあな。何せ、その娘の容姿も歳もわからないんだ。潜入してるのが本当だとしても、どうやって探せっていうんだ?」

「そこは、俺達新聞記者の手腕の見せ所だろ?」

「駄目だ。ブンヤは動きすぎる。しばらくは軍の出方を待つべきだ。」

「待ってられるか?プラテアード国内で、独立を狙う奴等は着実に力をつけてきている。アドルフォの後継者が動き出したとなれば、戦闘になる日は近い。」

「だが、フィリグラーナ王女との婚礼の儀が四ヵ月後に迫っている。軍の警戒も日に日に厳しくなっている。そんな中で何かするとは思えない。」

「そうか?だからこそ何かするんじゃないのか?例えば、婚礼パレードでの暗殺とかさ。」

 アンドリューの蒼い瞳が光った。

 レオンは、ここぞとばかりに畳み掛けた。

「な?怪しいだろ?早く捕まえないと、マリティム王子かフィリグラーナ王女か、もしくは両方が殺られるぜ。」

 深い溜息をつきて、アンドリューは首を振った。

「駄目だ。どうせ手伝うことを口実に、俺から軍の内部情報を得ようというんだろ?」

「ほんのちょっとでいいんだ。真面目なアンドリューが情報の横流しができないことは、わかってるからな。」

「ほんのちょっとも、たくさんも、駄目なものは駄目だ。どうせ軍の誰かから新聞社に何かが流れてくるんだろ?それで十分じゃないか。」

「今回の情報は、記者の溜まり場で偶然漏れ聞いただけなんだ。俺等の新聞社に流れてきたわけじゃない。」

「じゃあ、溜まり場に期待してくれ。」

「アンドリュー!」

 レオンに冷たく背を向け、アンドリューは駐屯地へ向かって歩き出した。

 実際、通信司令部勤務とはいえ下級士官のアンドリューに流れてくる情報は限られている。 ただ、アドルフォの娘の潜入は重大事項として軍全体に行きわたったのだ。

 レオンには言えなかったが、司令部はジェード全軍に対して次のような命令を昨日のうちに下していた。


 ―― プラテアード独立運動の王の娘を見つけ次第、抹殺せよ ――


 無茶なことをいう。

 事実、年齢も容姿も不詳。

 名前だけはわかったが、長ったらしくて一度聞いただけでは覚えられない。

(絶対、通称があるはずなんだ。それがわかれば手掛かりになるんだが・・・。)

 ルヴィリデュリュシアン・ヴァルフィ・コン・シュゼッタデュヴィリィエ

 昼休みに頬杖をついて眉根をひそめ、名前の書かれた紙切れを睨みつけていると、突然後ろから肩をたたかれた。

「仕事熱心だな。」

 士官学校時代からの同級生、パディスだ。浅黒い肌と緑色の眼に黒い短髪がよく似合う。気の張る仕事場で、唯一気の許せる相手だ。

「パディスは、この長い名前覚えられたのか?」

「もちろん。記憶が勝負の仕事だからな。この通達文も早いところ処分したほうがいいぜ。保管可能期限は昨日までだったろ?」

「ああ。だけど、この名前だけが唯一の手掛かりだろ?よく見て通称を探り出したいんだ。」

「通称ねぇ。何十も考えられるだろ?隠れ蓑にするためわざとつけた名前って話もあるぜ。」

「こんな名前じゃ女か男かの区別もつかないな。第一、娘ってのは確かな話なのか?」

「さぁ。女装した男かもしれないし、女が男装してるかもしれない。どちらにせよ、こんな少ない情報じゃ向こうが何か行動を起こさない限りは手掛かりさえ掴めないんじゃないのか?下手したら、無関係の人間が人違いで殺されるかもしれない。」

「それでも構わない、ってのが上層部の考えだろう?」

「いつものことさ。」

 アンドリューは名前の書かれた紙切れを細かく千切って灰皿に入れ、マッチで火をつけた。オレンジ色に包まれて黒い灰に変化していく紙を凝視しながら、アンドリューは唇をグッと引き締めた。

「・・・やはり、行くしかないか。」

 パディスは、アンドリューの力強い瞳にハッとした。

「まさか、テストを受けるのか?」

「迷っていたんだが、どうせプラテアードへは一度行きたかったんだ。」

 パディスはアンドリューの前に回りこみ、肩をつかんだ。

「今回の昇級テストはスパイ適性検査も兼ねてると聞いた。初めて受けるテストとしては、難しいし危険すぎる。」

「軍人としてではなく、プラテアード人に成りすまして潜入したほうが確実に情報は得られる。」

「アンドリューはスパイには向かない!」

「どうして!?」

「この髪!プラチナブロンドなんて目立ちすぎる。スパイってのは、能力以上に容姿が大事なんだ。平凡で目立たない、誰も目に留めないような容姿が!お前はずば抜けて男前じゃないけど、一目見たら忘れられない顔をしている。」

 アンドリューは、パディスを凝視した。

「行きたいんだ。軍人としてではなく、・・・例えスパイという身分であってもいいから、プラテアードの生の様子を見たい。ジェードとプラテアードなんて元々は同じ大陸の同じ人種だ。宗教も言語も生活習慣も大して変わらない。」

「甘い!お前は、プラテアードを甘く見ている。ジェード総督府周辺から一歩外へ出てみろ!民間人は軍の護衛無しじゃ一歩も歩けないって聞いている。いいや、俺たちには一切伝えられないような真実が、プラテアード国内で起こっているとも考えられる。」

「だから!だから、行って、真実を見てきたいんだ。」

「地元意識の強い土地だ。よそ者はすぐわかる。」

「テスト期間は1ヶ月から最長半年だったよな。」

「まさか、半年コースを選ぶのか?」

「少しの情報を得てジェード国に戻り、報告するなんて、俺の性に合わない。」

 パディスは、濃い眉をひそめて訊いた。

「アンドリュー・・・一体お前の狙いはなんだ?プラテアードの現状を目の当たりにして、どうするつもりだ?俺達軍人の使命は、ジェード国内の安泰とプラテアードの制圧、それ以上でもそれ以下でもない。」

「だから、そのために必要な情報のみスパイしてくればいいと言うんだろ?だが、そんな小手先の業だけで治められる時代は間もなく終わる。」

「でも、その時俺達軍人にできることは何だ?所詮、反逆者を撃ち殺すことだけじゃないか。」

「そうだ。でも、それは正義ではないだろう?」

「正義?今更笑わせる!俺達軍人は、正義なんて言葉から最も縁遠い職業なんだぜ。」

「・・・そうだったな。」

 肩を落として失笑するアンドリューに、パディスは溜息をついた。

「悪かったよ、言いすぎた。・・・街に住んでる貧乏人にとって唯一の出世は、国が金を出してくれる士官学校行って軍人になることだけだもんな。」

 アンドリューは、眩しい光を取り入れている窓辺に立ち、外の景色を眺めた。

「この前・・・ある事件に巻き込まれて、色々考えさせられた。統治する側に甘んじてはいけないのではないかと、本気で思った。だから俺はスパイ適性検査を受けるのではなく、真のスパイとして潜入したいというのが本音なんだ。でも、今の俺にはその資格はないから、」

「テスト生としてでもいいから、潜入するというのか。」

「・・・いい考えだろ?」

 パディスは心配そうな瞳をアンドリューに向けた。

「アンドリューは隙がない。それは武器になる。だが、お前の率直過ぎる正義とやらは、スパイになる上で大きな障害になる。」

「買いかぶりすぎだよ、パディス。俺の思想は、そんな大層なものじゃない。」

「もう、決心してしまったのか。」

「ああ。」

「お前が同居している爺さんはどうするんだ?」

「今のところ、俺がいなくても生きていける体力はある。逆に、『今しかない』と言った方がいいかもしれない。」

 まぶしい光に背を向けて、アンドリューはパディスと向き合った。

「一度は見ておくべきだと思ってた。だから、俺は行く。」

「プラテアードの貧困は、想像以上だと思うぜ。ジェード国民が住む総督府周辺から外には、ひどい生活が待ってると思う。プラテアード国民に混ざって生きていくということが、どういうことか・・・覚悟しているんだな?」

アンドリューは、しっかりと頷いた。

「半年前にスパイ訓練施設へも入っているし、相応の覚悟はできている。」

 二人は、どちらともなく手を取り合った。

 これが、今生の別れになるかもしれない。

 受験の意思を上司に告げた瞬間からアンドリューは隔離され、いつプラテアードへ潜入するかわからなくなる。

「絶対、無事に戻ってこいよ。」

「当たり前だろ。爺さん残して死ねるもんか。」

「そうさ。俺達の人生はこれからだものな。」

 アンドリューは、強気な光を湛えた瞳で微笑んだ。

「俺は行く。ジェードが統治してまで欲しがった、青琥珀ブルーアンバーの都へ!」


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