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009:未来への希望

 国境街フロンティア随一の、大規模なギルドハウス。


 いくつもある四人席のテーブルを、精密に鍛え上げられた肉体を持つハンター達がそれぞれ囲む。談笑している者がいれば、次に挑むクエストの対策を立てているパーティーも多く見受けられる。

 白壁のいたるところに装飾として掛けられている剣と盾に、高い天井から吊り下がる焦茶色のオリエンタルランプ。全体的にアンティークな雰囲気が漂うこの空間を前に――俺はというと、イマイチ状況を飲み込めていなかった。


「一応ギルドに来たっちゃ来たけど……こんな何に殴られても生還しそうなゴリゴリだらけのところに無謀にも飛び込んでいくクソニート2人とヤバいエルフとポンコツ悪魔と居眠り男、正直すっげぇ浮いてね?」

「てか、魔物と戦おうったって私と鈴村くん多分なんにもできないわよ。しょせん現代社会に甘えてきた引きこもりでしかないし。それに魔法とか一つも知らないし」


 ギルドハウスの入り口付近でニート2人が狼狽えていると、先陣を切っていたヤバいエルフ――ロスハ・ロストが笑顔で振り返り、俺と宮下の肩にポンと手を置いた。


「安心安全は保証するのです! こう見えてもロスちゃん、強さには自信アリなのです!」


 異常なほどの説得力の無さである。そのちっこい体躯のどこに魔物を倒せる筋肉が携わっているというのか。


 と、俺と宮下のさらに後ろ。

 名無しの居眠り男ことナナ氏……は置いといて、ポンコツ悪魔のアルカナがこちらを不安げな表情で見ていた。


「さっきから何度も言ってますけど……クエストの飛び級に成功した学生を、私はこの20年間で見たことないんですよ? ましてや今までの『怠惰』よりも重傷な双葉さんとゆきさんでは……結果は見えてますし、下手をすると命を落としかねないんです!」


 うむ、俺たちを心配してくれているのはよく伝わった。

 同時に、すっごい馬鹿にしてるのもよく伝わった。


「そもそもその15段階の昇級クエストってやつは学生だけのパーティー構成で挑むのか? 付添人は何も手伝ってくれねーの?」

「基本的に、私たち付添人が戦闘に手出しすることは禁止されています。大体の魔物なら倒せてしまう私たちが手伝ってしまっては、それこそあなたたちを更正させるという学業の方針が破綻してしまいますので」

「ん-む、実に面倒なシステム。……まあ、一応クエストの一覧だけでも見てみようぜ。もしかしたら武器ナシの俺たちでもクリアできるやつがあるかもしれないし。たとえばキノコとか宝石を採取して持ち帰るだけとか」

「残念ながらフリーダ更正学舎では、採取系のクエストが昇級クエストに決定されることはありません。全部魔物討伐を目的としたものなんですよ」

「……勝機なくね?」

「ないです」

「……強い武器くれ」

「私が上司にけちょんけちょんにされるのでダメです」


 この社蓄め。

 アルカナを問い質しても無駄だと思った俺はまだ肩から手を離していなかったロスちゃんに向き直り、同様にロスちゃんの肩にポンと手を乗せた。


「ロスちゃん、とりあえずクエストボード見てきてくれないか? へなちょこな俺たちでもクリアできそうなクエストがあったら教えてくれ」

「にゃは、了解なのです!!」

 

 敬礼と同時に黄金色の双眸を輝かせ、無邪気にクエストボードに向かい始めるエルフの少女。明るい表情を絶やさず、浅緑の長髪を揺らしてハンター達の間隙をするすると縫っていくその後ろ姿はなんだか愛らしい。


 なんだ。素直で明るくて、全然良い子じゃないか。

 前を向いてハキハキ生きるその懸命な姿を見ていると自然に頬が緩むし、ロスちゃんの両親がどうして学舎に預けるなどという愚行を働いたのかが気になる。たしかに声はデカくてテンションもおかしいが、それでも俺はロスちゃんを心の中で支援しよう。


「……そんな死んだ目で見つめてたらただのロリコンにしか見えないわよ」

「うっせぇ茶化すなサンちゃん」

「ボトラー乙」


 隣でふざけたことを抜かしてくる宮下とかいうアンポンタンはさておき。


「……アルカナ、んな神妙な顔すんなって。どうせどんなクエストがあるのかを確認するだけで終わるし、そもそもロスちゃん以外誰もクエストに成功するなんて思ってないから安心しろ」

「まあ、それはそうなんですけど……」


 そりゃそうだ。武器ナシ防具ナシ体力ナシ筋力ナシ知識ナシの三拍子どころか五拍子揃った俺たち現代ニートなんかに何かができるはずもない。

 ロスちゃんは自分のことを強いと言っていたが、あんなにか弱そうなエルフの女の子がそれを言っても信じることは当然ままならないし、そもそも戦わせるのも億劫だ。


 ……だから。

 飛び級できるという希望など、端から抱いていないのである。


 受付のお姉さんから話を聞いた時点で諦めは少しついてたし、良い感じのクエストを見つけられずにしゅんとした表情で帰ってくるであろうロスちゃんを今は慰めつつ、明日から始まる異世界生活という経験を着々と積んで一致団結を深める――それこそが正規ルートであり、フリーダ更正学舎が設立された真理なのだ。


 ああ、そうだ。

 だから俺は……。


 ………………。


 そうか。

 俺、ちゃんと更正するべきなんだな。


 飛び級などという卑怯かつ無謀なことはせず、定められた更正への道を従順に辿って、自身の誤った考え方を矯正……それが正しいことのはずだ。

 アルカナの言うとおりだ。引きこもる前の、まだ真っ当な人間をギリギリ保っていた頃――その本来の鈴村双葉に戻るべきなんだ。きっとそうする方が、喜んでくれる人もたくさんいるだろう。

 母さんも父さんも、姉貴も。

 ようやく未来への希望を抱くことができた息子を、きっと家族は温かく迎え入れてくれると思う。


 俺は、真っ当な人間に――


「――あれっ」


 と、悪を打ち払う天使が頭の中に降臨していた俺の予想に反して、どうやらクエストボードから依頼書を引き剥がしてこっちに持ってきたらしいロスちゃん。良い具合のクエストが見つからずにとぼとぼ帰ってくるかと思っていたのだが……ひらひらと紙の表面をなびかせながら、喜々とした表情でこっちに走ってきた。


「はいはーい! カナちゃん、これって昇級クエストに含まれるのですかー?」


 ――突如。

 カナちゃんことアルカナが、ものすごい勢いで吹き出した。


「げ、げほっ……! な、なっ、なんでよりによってそれを……!?」

「お、おいどうしたアルカナ。せっかくの可愛い顔が青ざめてヤバイことになってるぞ」


 心配になった俺がアルカナに近づくと、わなわなと震える指をロスちゃんの持つ依頼書に向けて――


「だ、だってその魔物は、第六指定巨獣〈スコーピオン〉……! フリーダ更正学舎の『最終試験』ですよ……!!」


 ――――ん?


「最終、試験……?」

「全部で15段階ある難易度のうちの、最後の15段階目……。いわば、ラスボスです……」


 ちょっと待てよ、それってまさか……!?


 俺と宮下は咄嗟に目を合わせ、そして――次に言い放たれたロスちゃんの言葉が、俺たちの疑念を確信へと導いた。


「はいはーい! つまり飛び級どころかまるっと卒業! ロスちゃんたちがこの子倒しちゃったら、今から1年は好き放題にグータラできるってことなのですね!!」

「何としてでもクリアするぞお前らあああああああああああ!!」

「「おお――――――――っ!!」」


 宮下とロスちゃんの歓声が重なり、俺の中に一瞬降臨した天使はあっさり悪魔に制圧されてしまうのであった。

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