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008:エルフのやべーやつ

「もー頭にきましたっ!! 双葉さんなんて知らないです!! 切腹したい衝動に駆られるほどの辱めを受けて、私の中の悪魔が完全に目覚めそうですっ!!」


 ぷんすかと頭から噴煙を立てるアルカナを尻目に、久々に髪を切ってサッパリとした俺はフリーダ更正学舎の受付のお姉さんに問いかけた。


「俺、この学校に1年間通い続けるんですよね? その間って具体的にどんなことするんですか?」


 後ろの椅子に腰掛けて「どーどー」とアルカナをなだめる宮下ゆき、その横でまだ顔を赤くしたままのアルカナ。そして名前も年齢も不詳の居眠り男。

 異世界感のない迷子センター付き役所で戸籍登録を終えた俺は、その後このフリーダ更正学舎に赴き、そして現在は学舎に在籍するための手続きを行なっているところだ。


 この木製校舎の内装は、至極シンプル。

 空間全体を照らす大きな高窓に、地味目な全体の色彩にアクセントを加えてくれる観葉植物。夜の帳が下りる頃に本領を発揮するであろうランタンのような形の照明器具は少し表面が黄色く古ぼけていて、他にも壁と床の一部が色褪せていることから、歴史はそこそこ長そうな印象を与えてくる。

 エントランスの真ん中には円状の受付が設置され、先ほどの毒舌エルフの店と根本的な構造は同じと言えるだろう。もしかすると異世界では、日本ではあまり見かけないこの建築様式が主流なのかもしれない。


 と、受付のお姉さんが俺の質問に答えてくれる。


「まず、前期は基本的に座学のみとなります。その後1カ月間の夏休み期間を挟み……そして後期ではいよいよ実際にギルドでクエストを受けて魔物を討伐してもらいます! わくわくしますよね! よね!」


 死ぬほどめんどくさそう。


 話を聞く限りだと本当に学校そのものだから、今すぐにでも日本に帰ってニートの続きをしたいという本音が思わず表情から漏れてしまいそうだ。

 ……まあ、お姉さんに嫌われたくないからできる限り我慢はするけど。


「んー、じゃあココ通ってる間は日本に帰れないんですよね?」

「そうですね、時空の扉を操作できるのは両区域管轄機関の関係者だけですので……これも更生するためだと思って、1年間我慢していただければと」

「更生、ねぇ……」


 半ば強制的に連れてこられただけだから、正直ニートを脱却したいという意思など皆無に等しい。

 勉強して、運動して、規則正しい生活を送って……俺が2年間サボりつづけていたことが凝縮されているのだから、苦しい思いをするのは確定的に明らかである。


 だから俺は、ふとこんなことを問いかけた。


「飛び級制度的なやつってないんですか? 例えば難しさ1と3のクエストがあって、先に3のクエストをクリアしたら1のクエストはやらなくていい、みたいな」

「えっと、どうだったっけ……少々お待ちください。えーっと、えっと……」


 言いながら、分厚いマニュアル本のようなものを棚から取り出して読み始めた受付のお姉さん。そんなにマイナーな質問だったか。


「……あ、はい。どうやらそれはギルドを通じて許可されているみたいですね。……でも、学舎の規則に従って、クエストの際にはその時点でのギルドランク相応の武器しか与えられないのでクリアはほぼ不可能といっても過言ではないですね。それに、前期のうちにクエストをクリアしても座学が免除されることもないようです」

「望み薄、か……」


 少しでも早く卒業できるなら願ったり叶ったりだったが、そう上手く事は運ばれない模様。

 まあ弱い武器で無理して強敵に挑んでも結果は見えてるし、わざわざ命を捨てに行くような無謀なことはしないのが賢明か。

 それに魔物とか怖いし。俺ただの人間ニートだし。


「鈴村さん、他に何か質問はございませんか?」

「あ、とりあえずは」

「それでは、こちらで付添人の免許証と管理データを照合しますので、アルカナさんの免許証のご提示をお願いします」


 そんなこともしないとダメなのか。過去に偽物の付添人が紛れ込んできた事例でもあるんだろうか?

 そう思いながら、アルカナを呼ぼうと背を翻すと。


「大丈夫です双葉さん。私が自分で提示しますから」


 俺の視線が背後に回りきるより早く、アルカナが俺の横に立った。鮮やかに揺らぐ彼女の紫の瞳は、しかしどこか焦燥感に満ちているような気がした。


「なんだ、まだ怒ってるのか?」

「そ、そりゃもちろん怒ってます。勝手に迷子にされた恨みはたぶん明日まで忘れることはありません」

「……思ったより短くてむしろ安心したわ。さっそくツンデレ発揮か?」

「ふんっ」


 頬を赤くしてそっぽを向き、そして同時にスカートのポケットから取り出した免許証を受付のお姉さんに提示。そんなとこに入れてたらいつか紛失するぞ、とポケットに入れていた自転車の鍵を紛失して一人でパニクったことがある俺はアルカナにそうアドバイスしようとしたが。


 ――ふと視界に映ったものが、俺の声を制止した。


『氏名:アルカナ・スクラヴォス』


 異世界語ではなく日本人仕様の漢字とカタカナで免許証に書かれたそれを、俺はアルカナが提示する一瞬ではっきりと認識した。

 ……コイツ、苗字はないとか言ってなかったっけ?


「では、照合には少し時間を要しますので、もう少々お待ちください」


 にこやかな笑顔で言い、こちらに背を向けて照合作業を始めた受付のお姉さん。


 いや……俺が勘違いしてるだけか?

 それとも、何か苗字のことを話せない理由があるのだろうか。たとえば親と死別してて、それを打ち明けるのを躊躇っているとか?


 ……まあ、別になんでもいいんだけど。

 アルカナにスクラヴォスなどという苗字があろうがなかろうが、俺には関係のない話だ。わざわざ深追いする必要はないだろう。


「……む、なんですか双葉さん、私の方をジロジロ見て。そんなに私のことを可愛いと思ってくれてるのなら、遠慮せずに褒めてくれていいんですよ?」


 ドヤ顔混じりの偉そうな表情で、自身の金髪をさらさらと手でとかすアルカナ。


「……アルカナ、お前だんだんキャラ崩れてね?」

「可愛いって言われて喜ぶことの何が変なんですか。これは女の子の真理ですよ、真理」

「女の子の真理、随分とナルシストチックなんだな……」


 などと言いつつ、顔は実際に可愛いからものすごく悔しい。どうして性格はそう中途半端な出来になってしまったのだろうか。


「ってか話は変わるけど、俺の家ってどこにあんの? 学生寮とか?」

「この校舎の2階にみなさんの部屋と共有スペースがありますよ。今年は学生も4人しかいないので、わざわざ他の宿舎にお世話になる必要もありませんからね」

「4人ってどこの田舎だよ。……でも、俺と宮下以外にもあと2人いるってわけか……」


 俺と宮下という前例に倣って、その残り2人も同程度、もしくはそれ以上のクソ野郎と考えるべきか。こんな陰鬱引きこもり陰キャが集う隔離施設を担当しているアルカナと受付のお姉さんが、なんだか可哀想に思えてきた。


「えーっと……まあ、そうですね。あと2人、いることはいるんですけど……」

「?」


 と、苦笑いのアルカナを見て首を傾げていると。

 照合作業を終えたらしい受付のお姉さんがこちらを向いて、満面の営業スマイルを見せてくれた。


「お待たせいたしました。管理データとの一致を確認できましたので、今からは皆さんがお住まいになる学生寮の説明をさせていただき――」


 ――突然。

 バタンという表現が可愛く思えるほどの大音量で、校舎の入口の扉が開かれた。

 思わず体をビクリとさせた俺が、咄嗟にそこに顔を向けると。


「にゃ―――っはっはっはっっっ!! ここがフリーダ更生学舎とやらなのですかっ!!」


 突拍子もなく、馬鹿デカイ声を轟かせる謎の少女が現れた。

 小指を立てた右手を手前にまっすぐ伸ばし、左手を腰に当てた謎の決めポーズ。その耳の尖った童顔の少女は、満面の笑みで言い放った。


「はじめまして! 粛然たるエルフ族の底抜けガール、ロスハ・ロストと申すのです! ロスちゃんのことはロスちゃんって呼んでください!」


 な、なんかいきなりめんどくさそうなヤツ出てきた……。


「待ちに待った運命の日! ロスちゃんはこの国境街フロンティアという新天地に興奮せざるを得ないのです!」


 身長は低く、おそらく150センチもないように見えるその少女。ダボダボとした紺色のポンチョとその下から少し顔を出す灰白色のスカートを着用した、純真無垢そうな幼さの残る容姿だ。

 扉からの逆光に煌めく浅緑色の髪は腰あたりまで伸び、揃った前髪の下には宝石のように丸くて明るい瞳が黄金色に輝いている。そして何より特徴的なのが、先端の尖った薄い耳。彼女の唐突な自己紹介通り、このロスハ・ロストという少女は異世界には付きものであるエルフ族のようだ。


 ……と、そんな幼い見た目のクセして胸が意外とあるのはグッドポイント。これがギャップというやつか。


「ああ、思ったよりヤバそう……」


 俺の隣でアルカナが不安げに呟いた。その引きつった口元を直せないまま、彼女はしどろもどろに言葉を続ける。


「えっと……残りの二人は明日の入学式の時に紹介する予定だったんですけど、どうやら先に現れちゃったみたいなので、ついでに紹介しておきます」

「お、おう?」

「彼女、ロスハ・ロストさんは……一応、このフリーダ更生学舎の新入生(・・・)です」


 …………そマ?


「マジで? なんかニートの二の字もなさそうな雰囲気ですげえ困惑してるんだけど」

「いえ、彼女は所謂ニートという人種とは全く正反対の存在です。特例ということで付添人もいませんし」

「特例?」

「……あまりにも活発すぎる性格のおかげで、ロスハさんは変人が多いことで有名なエルフ族の中でも飛び抜けて頭のネジがぶっ飛んでいるヤバい奴と認定されてまして……。もう手に負えないと諦めてしまったロスハさんの両親から『金はいくらでも払うから、そっちで飼っ……預かってくれ!』と依頼された感じです」

「それを包み隠さず教えてくれるアルカナさんマジ悪魔」


 しかし、エルフに変人が多いというのには納得だ。

 この頭のネジがぶっ飛んでいるらしいエルフに、さっき宮下に連れて行ってもらった店の毒舌エルフ。まだ2人しか会っていないのにこの濃度なもんだから、エルフ=変人理論はもはや一般常識として定着してしまっているのだろうと容易に想像できる。


「はいはーい! その金髪悪魔ちゃんの言う通りなのです! ロスちゃんはこの学校に通うために、はるばるエルフの森からやってきたのです!!」


 言いながら、てくてくと歩いてこっちに近づいてきたエルフの少女。


「とゆうわけで! 君の名前、教えてどーぞ!」


 俺に向かってずいっと乗り出してきた。顔近い。


「……えっと、鈴村双葉」

「スズくん!」

「んで、あそこで肘立ててぼけーっと座ってるのが宮下酸性雨」

「サンちゃん!!」

「ぶっ殺されたいってかクソニート」


 一瞬幻聴が聞こえたが、自分の精神状態に自信がある俺は無論スルー。

 次に、サンちゃんの隣で眠りこけている青年を指差した。


「んで、あそこに座ってる居眠り男は……起きてるとこ見たことないからよくわからん」

「ふむふむ。それじゃー名無しのナナ氏と命名!」

「……流れ的に、この悪魔娘はアルカナだからカナちゃん」

「採用なのです!」

「……えっと、ロスちゃんとやら。ちょっとばかし会話のテンポ早くね?」

「底なしガールは猪突猛進! これがあってのロスちゃんなので、いわばこのテンションはポリシーみたいなものなのです!」

「そ、そう……」


 一応勢い余りすぎてる自分の性格に自覚はあるんだな。

 まあ、まだロスちゃんが本領を発揮していないのは目に見えている。性格悪すぎて友達だと思ってたヤツにお前は友達じゃない宣言された経験を持つ俺ですら会話は成立しているのだから。


「でも、血気に逸ることに頼りすぎるのもよくありません! だからロスちゃん、在籍登録ついでに一つ提案を持ってきたのです!!」


 と、右手を挙げて人差し指を真っ直ぐに。

 ロスちゃんことロスハ・ロストは、エルフの尖った耳を嬉しそうに立たせて言い放った。


「ズバリ! 今から難しいクエストに挑戦して、後をラクにしちゃえばいいのです!!」


 ――そんなとびっきりの笑顔で言うセリフじゃないよね、それ。

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