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007:迷子の迷子の

「うわっ、なんだこのオレンジジュース、味濃すぎだろ……」


 飲んだ瞬間、かなりキツめの香味が口いっぱいに広がり、思わず俺は眉をひそめた。


「うーん、確かにあっちの世界のよりかなり柑橘感強いけど……私、やっぱりこっち派」

「その口ぶりだと、これ何度も飲んでるのか」

「うん、普通にハマっちゃった。……とはいっても、飲み始めたきっかけは私の意思じゃないんだけどね」


言いながら、宮下は隣の椅子に腰掛けている居眠り男に視線を向けた。


「一昨日の話ね。こいつがいきなり紙に文字みたいなのを書き始めて、それを店員に渡したの。そしたらこのオレンジジュースが勝手に注文されてて……正直、こいつの行動原理は未だに理解不能。私としては思わぬ拾い物だったから別にいいんだけど」

「……ってか、思えばその居眠り男に学舎爆破の話全部聞かれてたけど良かったのか? そいつ宮下の付添人じゃねーの?」


 と、無駄に味の濃いオレンジジュースを飲む宮下の横で、首をウトウトとさせてぐっすり眠っている青年。

 道帽のように少し角ばった亜麻色の帽子を被る、明らかに日本人ではない西洋風の顔立ちだ。肌は白く、少し女性らしさのある艶やかさ。目は閉じているものの、穏やかな性格の持ち主であることは全体の雰囲気から容易に見て取れた。


 同じく濃厚オレンジジュースを飲みながら、俺はその青年をまじまじと観察する。

 ……というか、今の今まで完全に存在を忘れてた。


「もちろん私の付添人だけど、眠ってるから問題ないし、それに起きてるとこ見たことないから大丈夫よ。多分」

「名前は?」

「さあ?」

「……よく一緒にいるな、お前」


 この喫茶店に来るときは寝ながら歩いていたが、果たしてそれを睡眠と言ってしまっていいのだろうか。実は寝てるフリで、学舎を潰すという俺たちの悪辣な話を盗み聞きしているのではなかろうか――。


 そんな疑念を抱く俺に、目の下のクマをより暗くして呆れ気味になる宮下が言った。


「もひとつ、3日前の話ね。こいつ、私が寝てるときに突然上から降ってきたのよ。ベッドの上に時空の歪みみたいなのが発生してて、そっから落ちてきて思いっきりボディプレスを食らわされたわ。そして抵抗できぬまま腕を掴まれ、何の説明もないままこの世界に連れてこられたってわけ」

「でもそれは、全部寝ながら行われたと……」

「うん」

「……やっぱり起きてるんじゃないのかそいつ。それともどっかから遠隔操作でもされてんの?」


 てか、アルカナの女神降臨作戦よりもよっぽど理不尽な誘拐をされてる宮下が可哀想になった。多少の説明をしてくれただけでも、やはりアルカナは悪魔という名の天使だったか。


「でも、それならよく『怠惰』のこととか学舎のことを知り得れたな」

「異世界に到着した直後、腕を掴まれたまま学舎に連れてかれたからね。そこの受付のお姉さんから説明受けたおかげで戸籍登録とかもなんとかなったのよ」

「なるほど、戸籍登録……戸籍、登録……」


 って――そういや俺って今、迷子じゃん。


「よく考えたら俺、こんなとこでゆっくりしてる場合じゃなかったわ!」


 バン、と焦り顔でテーブルを叩いて立ち上がった。同時に少し残っていたオレンジジュースがゆらゆらと振動する。


「そうだ、早くアルカナと再会しないと……」


 異世界に籍を確保できていないままであることをすっかり忘れていた。文無しという事実も目の前の宮下ゆきという少女の存在で隠れてしまっていたが、アルカナは俺が宮下と一緒にいることなど知る由がない。

 あいつきっと、今頃血眼になって俺のことを探しているはずだ。


「アルカナって、鈴村くんの付添人?」

「ああ。違法大好きの毒舌悪魔だ」

「比喩じゃなくて、本物の悪魔なの?」

「ああ。自称だけどな」

「鈴村くんからの信頼を得るのに完膚なきまでに失敗してるわね、その子」

「でも、根は真面目っぽいからなぁ……、早くこの状況抜け出さないと後でどんなめんどくさいこと言われるかわかったもんじゃねぇ」


 だが、走り回って思ったのは、この街はかなり広い。

 王都だと冗談半分に言われても信じてしまいそうになる、古風な石造りかつ発展した街並み。行き交う人種も様々で、資源の流通などの異文化交流も盛んに行われていそうな雰囲気が醸し出されていた。

 その中で特定の一人を発見するなど、無理難題ではなかろうか――


「全然問題ナッシング。この街中央部の役所に迷子センターがあるから、街全体にアナウンス流してもらえば全部解決するわ」


 ――だからここは本当に異世界なのかと、そろそろ誰かに訴えかけてもいいだろうか。





 その後、宮下の奢りで喫茶店を出た俺と彼女(と居眠り男)は街の中央部にあるという役所に向かった。

 その道中で宮下から聞いたのだが、この街――フロンティアは王都ではないらしく、規模自体はよくある凡庸な街らしい。しかし特徴として、この街は3つの国境線が交わる場所に位置し、人間にエルフ、ドワーフ、竜人、そして悪魔など、通行人の人種が豊かな理由はその立地が関係しているとのこと。

 どの国にも属さない特異な性質ゆえに越境せずに異文化交流を行える街として、中規模な街並みながらも大きな賑わいを見せているのである。


 そして、アルカナとはぐれる少し前にハンター達に向けた広報部からの知らせがアナウンスされていたが、どうやらそういった広報の仕事は全て役所で行われている模様。科学技術が存在しないゆえにどういった方法で声を街全体に響かせているのかは不明だが、元の世界における村役場などと同様に、伝達事項を人々に知らせる手段として幅広く利用されているようだ。


 まあ、つまり。

 そんな中に迷子のアナウンスをぶち込めば、宮下の言うとおり全てが一発で解決するのである。


 役所に到着した俺たちは迷子センターのお姉さんに相談し、そしてアナウンスがこの街全体に響き渡った。


『迷子のお知らせをいたします。フリーダ更正学舎に所属し……、えっ? そんなことを言ってしまっても…………、あ、はい。えっと、悪魔のように口が悪く、人の家に侵入することが三度の飯より大好きなアルカナさん、お連れ様がフロンティア中央役所にてお待ちです。心当たりのあるお方はご連絡をお願いいたします。また、お近くにご本人が居るようでしたら役所までお越しください。…………これ、言っちゃってよかったんでしょうか……』


 ――十数分後。

 ゆでだこのように顔を真っ赤にしたアルカナが、めちゃくちゃ恥ずかしそうでめちゃくちゃ怒ってそうな表情を見せながら役所にやって来た。


 ……迷子の迷子の、アルカナちゃん。

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