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005:妄想と現実は紙一重、というわけでもなく

 俺を囲む景色は、観葉植物や剣などの装飾が施された木造の建物の内部。文字が読めないので具体的なことは分からないのだが、テーブルを挟んで向かい合っている日本人の少女曰く、どうやらここは喫茶店のような場所らしい。

 中央のカウンターと思しき場所には耳を尖らせたエルフの男性が紳士服を着用して立っていて、そこから分散するように10台ほどのテーブルが設置された中規模の内装だ。店内の賑わいは、ほどほどといったところ。


 ただ、やはりというか勘弁してほしいというか、ここにも異世界ならではの特徴があるらしく。


「じゃあ、試しに何かしらのメニューを注文してみて?」


 4人席にて、隣に居眠り青年を座らせながら、少女が正面の俺に言ってくる。


「何かしらって……この世界の言葉わからないし肝心のメニュー表もないし無一文だし、どうすることもできないぞ」

「大丈夫よ、ここは客が希望した料理をそのまま作ってくれるの。それに発声だけは日本語と同じだからコミュニケーションを取る分には問題ないし、今回は私の奢りでいいよ。あなたを誘ったのは私だからね、借金背負わせてまで迷子さんから金銭要求するのも気が引けるってものよ」

「そ、そりゃどうも」


 なんだか納得しがたい部分が多いが、彼女はこうして迷子の俺を保護してくれたのだ。さすがにこれ以上の反論をするのは我儘というものだろう。


 だが、何か裏があるような気がしてならない。

 どうしようかと悩んだ俺は、以降軽くニヤけるだけで何も言ってくれない彼女の視線を気にしながら、少し首を傾げて思考回路を巡らせた結果。

 物は試しと思い、近くにいたエルフの店員に声をかけた。


「お兄さん、この店の特徴を教えてください」


 と、いっそ答えを聞いてやることにした。我ながらセコいとは思うが、確実に安全な逃げ道を選ぶのはニートとして当然だ。

 俺の正面では、意図していなかったアクションを起こされた少女が苦笑い気味に頬を引きつらせている。


「この店でございますか? 特徴と致しましては、ここは『リザードマン料理専門店』となっております」

「……え」


 えっと、リザードマン?


「リザードマンって、あの二足歩行のドラゴン? それがまさか、料理(・・)として提供される側になってんのですか?」

「ええ、それは勿論でございます」

「待って、意味がわからないんですが。軽快なステップで相手を翻弄、そして華麗な剣さばきで確実に獲物を仕留める……ってのが俺の中でのリザードマン像なんですけど」

「……お客様は、どこか遠くの地方からお越しになられたのですか? 遥か過去に魔法という概念を契った王族が、一時の共存関係にあったリザードマン族を制圧……その昔話はここらでは有名な話でして、それが現状維持されてこの店が存在しているのですよ」

「弱いものイジメ甚だしいな!」


 仲間を騙して奇襲を仕掛けるとか、なんたる外道。


「王族ってもっとこう、高貴に物事をこなすイメージだったんだけど……」

「王族が、高貴?」

「そう、高貴」


 と、俺が言い直すと。

 フッ、と鼻を鳴らしたエルフの店員が、唐突に悪どい表情を浮かべて――


「お客様、王族なんてクソですよ。ウンコ同然の愚族ですよ」


 突拍子もなく、店員がキャラ崩壊を起こした。


「う、ウン……?」

「一体何の手違いでお客様の国で王族が高貴な存在として扱われていたのかは存じませんが……権力を行使して欲しいものを何が何でも手に入れようとする傲慢さに、仕事の全てを奴隷に任せて自分たちは延々とゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……。なによりウンコなのは、積年の怠惰生活により培われた鼻をつんざくような体臭ですね。そして他にも数え切れないほどのクソウンコエピソードがありまして、あいつら、高貴の『こ』の字も無いような連中なんですよ」


 そんなことを悪辣な笑顔で長々と言われた。何このエルフ怖い。


 つーかその話マジかよ、ニートよりよっぽどニートしてんじゃん王族。この意外と口が悪いエルフの店員の言うことが本当なら、むしろ俺なんてマシな部類なんじゃないかと思えてきた。

 ニートを更生させるあれこれより先に、そいつらをどうにかした方が治安の維持に繋がるんじゃなかろうか。


 ……てか、この世界には奴隷制度も設けられてるのか。

 まあ、異世界らしいっちゃらしいけど……正直、今のこの状況でそんな新しい知識を得ても全く充実感がないのが本音。


「わかりました、なんとなくここら辺の情勢が理解できたのでもう大丈夫です。すごく大丈夫です」

「左様でございますか。また気になる点がございましたら、何なりとお申しつけください」


 そう言いながら爽やかな笑顔で一礼してくれたが、正直もう異世界人の情緒不安定さについていける自信がない。去っていく店員を眺めながら、俺は飽きたはずのモンヴァルにもう一度触りたいとまで思い始めていた。


 ……すごく帰りたい。


「なんだか面白い顔になってるけど、私の意図に反してカンニングなんてするからそうなっちゃうのよ。聞きたくないことまで聞いちゃって、心中お察しするわ。南無南無」


 くそっ、こいつが事の発端だってのに……!

 そもそもリザードマン料理が出てくるなんて想像できるはずがないのに、さてはコイツ、俺が料理を食べてからそれはリザードマンだと暴露して俺を驚かすつもりだったんだな。なんたる性悪女。


「……ってか、んなことはどうでもよくてだな」


 本来の目的を完全に忘れつつあったわけだが、そろそろ話題を切り替えないと話が進まないので俺がここに呼び出された理由を問いかけるとしよう。


「とりあえず、リザードマン食すのは流石に気が引けるから食事はナシの方向で。お冷だけで十分だよ」

「あら、席に座ったのに何も注文しないとなると、店側から冷ややかな目で見られるかもしれないよ?」

「……じゃあ、テキトーなジュースで。もちろん飲めるやつな」

「普通の喫茶店らしく、この店の飲み物に毒なんてないから気にする必要ナッシングよ。まあ、場合によっちゃリザードマンの血とかよだれとか混入してるかもだけど」

「フラグになるようなこと言うのやめて。……それより、あんたは俺に何の用があってここに連れてきたんだ? 迷子になってたから正直助かったってのが俺の本音だけど、あんたには別の意図があるんだろ?」


 アルカナとはぐれてしまった現在、俺が頼れるのはこの日本人の少女だけだ。迷子という予期せぬ事態に陥っていた俺の前に現れた救世主であり、アルカナには申し訳ないが、もし可能なら日本に帰る方法を教えてもらうのもアリだろう。


 期待の目で、俺は少女の瞳を見た。


 どこかニートっぽさが拭いきれていない目の前の少女は、不器用に束ねた自分のポニーテールをもふもふと触りながら、


「端的に言えば、私と手を組んでフリーダ更生学舎をぶっ潰してほしいの」


 そんなことを、何の気兼ねもなく言って……、


 …………、

 ……えっ。

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