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001:異世界は不法侵入から ①

序章であらすじ回収。

どうぞよろしくお願いします…!

 深緑の木々が鬱蒼と生い茂る森の中。


 目の前に立ちはだかった敵は、ザコ敵として定番中の定番であるスライム。「ギャシャァッ」とその液状の体のどこからそんな音が出るんだと思わせるような鳴き声だが、見た目は正真正銘スライムだ。

 横に3匹並んだそれらに立ち向かおうとしているのは、俺が操作するプレイヤーキャラクター。革製の初期装備に身を包み、少し斬れ味の悪そうな大剣を力強く握って、さながら強敵を相手にするかのように警戒態勢に入っている。


 〈Monsterモンスター Valkyriaヴァルキリア II〉。

 やはり、やり始めたばかりのゲームはいかなる状況下でも緊張感があるというものだ。こうして手に汗握るのも当然だろう。


「んーむ……モンヴァルはターン制じゃないのがネックだなぁ。最近アクションやってなかったし、そこがちょっとばかし厄介か」


 ため息混じりに言いながら、コントローラーを握ってテレビ画面に向かう現在。


「だがしかし、この鈴村 双葉(すずむら ふたば)を舐めてもらっちゃ困るぜ経験値ども。こちとら伊達に2年間引きこもってゲームばっかしてねーんだよ」


 照明を消し、窓のシャッターを閉め、テレビの光だけで視界を保っているこの部屋の中――眠たげに目をしばしばと瞬かせながら、俺は画面の中のスライムに挑発をかけた。


 不規則な方向に伸び、かつ長さもバラバラの黒髪。例えるならそれはワカメだろうか。

 加えてその不衛生な髪型の下にあるのは、生活リズムを崩したことにより蓄積されたクマが嫌でも目立つ、死んだ魚のような目。幼少期の可愛らしい童顔の面影など一切なく、この間押し入れから小学生の時の写真を見つけたときは思わず血反吐が出そうになったほど。

 着用している服も、気が向いたら洗濯する程度には汚いパーカーとジャージ。そんな三拍子揃った醜さを持つ不潔極まりない男――それが俺、鈴村双葉(現代ニート)である。


「………………」


 ……ああ、なんか自分で考えてて恥ずかしくなった。


 学校サボって日中からゲーム三昧してるわ、ネット配信してるわけでもないのにこの誰もいない部屋の中で延々と独り言呟くわ……、救いようのないクズとはまさにこのことか。

 そんな訝しいことを考えながらも、俺は画面内のキャラを操作してスライムに斬りかかっていく。3DCGによる派手なエフェクトと効果音が瞳と鼓膜を伝って脳内に轟き、ゲーム特有の高揚感にぶるぶると身を震わせた。


「おー、PVのまんまだ! やっぱ人気作の続編なだけあって、演出に関しちゃ文句の一つもねぇな!」


 勢いのままに、コントローラーの攻撃ボタンを連打して再び大剣を振った。しかしその程度で相手は怯まない。

 と、さらに続けて回避ボタン。敵の攻撃を避け、そのまま滑り込むようにスライム2匹の間隙を縫って背後に回り込み、死角を奪って追撃。そしてようやくスライムが怯んだところに大剣の溜め攻撃を当て、一度体勢を立て直して同様の戦法で相手の体力を減らしていく。


 そうしているうちに、俺はさらにゲームに熱中して――





 ――そうして、3時間が経過した頃。


「モンヴァル飽きた」


 言いながら、胡座をかいた太ももの上にコントローラーを置いてため息を吐く。


「続編なのはいいけど、もうちっと変化が欲しいなぁ……。前にも同じことやったぞこれ」


 ランクに見合ったクエストを受けて敵を倒し、それを繰り返して武具を強化。モンヴァルのそのシステムは非常にこなしやすく、初心者でも難なく理解ができる優良なものだ。

 しかしその反面、単調ゆえに飽きやすいという弱点も持ち合わせているため、好き嫌いは大きく分かれてしまう。


 まあ、俺はどっちかといえば前作にハマった方に分類されるけど……それよりもこの続編、新モンスター多数登場と自信満々に宣伝されていた割には敵のモーションのほとんどが前作の使い回しだったため、好き嫌い云々ではなく、そもそも続編としての完成度が残念でこれ以上やる気が起きない。

 今日発売の最新ゲームではあるが、たぶん今頃ネットでも散々な評価受けてるんだろなぁと思う。


 ……ちょっと休憩しよう。


 改めて時計を見れば、そろそろ高校の下校時刻に差しかかろうとしていることに気がついた。ゲームをやっている間の時間の過ぎ方が早いこの現象にはそろそろ名前をつけた方がいいと思う。


 ……ま、学校にも行かずにニートやってたら誰でもこうなるわな。


 部屋の中に響くのは当然俺の声だけだし、学生たちが勉学を終えて自由時間を手に入れたこの時間帯にわざわざ引きこもりを家から引きずり出そうとする人間など、せいぜい漫画やアニメに登場する委員長キャラくらいだろう。

 この時間は親も姉も家にいないため、俺は正真正銘自由の身。あれやこれと好き放題できるのだ。


 俺は、ニート同然の引きこもりである現状にすっかり慢心しきっていた。

 人間としての恥など、すでに忘却の彼方にあるのだから。


「っと、何故今頃になって人間性についての考察を……。別に今に始まったことじゃないってのに」


 ニート化することを割り切ったというよりは、気持ち的に吹っ切れたというのが正解だろう。

 こんな自分が、今ではむしろ清々しく思えるのだ。ならば考えすぎて心を痛めるよりは、親の脛を多少かじってでも引きこもってやるのが真っ当な判断と言えるに違いない。

 これぞ、現代ニートの醍醐味――と、人間として最低なことを考えながらふへふへと気味悪く笑っていると。

 ふと、何か(・・)の気配を感じた。


「……ん?」


 思わず後ろを振り向く。

 すると、目に映ったのは人ではなく。

 机の上に堂々と置かれた、モザイク処理必須のニート専用2リットルペットボトルだった。


 ……まあ、そうだな。

 見なかったことにしよう。


「……こんだけゲームばっかして体痛めつけてたら、幻聴の一つや二つ聞こえてもおかしくない……か」


 うつむき、軽く目を擦った。


 寝る間を惜しんでゲーム。

 トイレに行く過程を省いてゲーム。

 意味もなくゲーム。

 たまにアニメを見たりラジオ体操をしたりして息抜きするかと思えば。

 最終的に辿り着くのは、やはりテレビの前に置かれた座布団だ。


 そんな生活を続けていれば、いくら17歳でも身体にガタが生じるのは当たり前だろう。加えて中高通して帰宅部という、運動とは無縁の不健康生活続き。

 部屋の扉の前に置いてくれる食事と水だけが俺の生命線を繋いでくれていると考えると、やはり母親の存在は非常に眩しいものだと実感する。


「……俺、ダメな奴だな」


 操作が止まったテレビ画面を呆然と眺めながら、俺はふと心情を吐き出した――


「まったくもってそのとーりですよ、ダメニートさん」

「そうだな、まったくもってダメニート………………って、だれっ!?」


 ――何か(・・)の正体は、あまりにも唐突に現れた。

 誰もいないはずの部屋の中に女性らしき高い声が響き、身体を戦慄かせた俺は思わず立ち上がって周囲を見回した。誰だ、一体どこに……!?

 だが、変化などどこにも見受けられず、次第に俺の表情から焦燥が滲み出始める。


「今の段階では、まだ若気の至りで済んでいます。しかし年月が経過すれば、ニートという正真正銘の怠惰になってしまい、あなたの生き方にケチをつけざるを得なくなってしまいます」

「……今さっき、ダメニートという称を与えられた気がするんだけど」

「それは言葉のあやというやつです」


 なんだこの調子乗りな声。


「兎にも角にも、鈴村双葉さん。あなたはこのままの生活を維持してはいけません」


 女性の声に違いはないが、どうして俺の名前を知っているのだろうか。学校にも行かず、女性経験など無いに等しい引きこもりの存在など、今では家族くらいしか認知していないはずなのに。

 しかも、肝心の姿が見当たらない。

 もしかしてこれ、漫画やアニメみたいにテレパシーを使って話しかけてきてるんじゃ……?


「つまり、あなたは更生する必要があります」


 …………。

 ……いや。


「ニート同然のぐうたら生活から脱却して、本来のあなたを取り戻すんです」


 よく聞いたら違うな。

 テレビの横のクローゼットからだな、これ。


 音を立てないように、クローゼットにそっと耳を当てると――


「結果が出るかどうかはその人次第ですが……私たちについて来てくれれば、きっと必然的に努力できるようになりますよ」


 十中八九ここだな。

 よし。


「鈴村双葉さん、あなたに更生したいという意志はありますか?」

「んっと……まあ、そうだな」

「……ほっ」


 と、俺の適当な言葉に安堵したようだが、どうでもいいのでスルー。謎の声の言葉を聞き流しながら、俺はクローゼット前に置いてあった物を静かに片付ける。


「私、とても安心しました。これで今回もなんとかなりそうです」

「そうか、それはよかった」

「今まではなかなか上手く勧誘できなかったんですけど、あなたは聞き分けが良くて助かりました。好感度+1です」

「よかったな」


 片付け終えて真っ平らになった床に、俺が腰を下ろしていた座布団を敷いてセット完了。

 久々に片付けという行為をした達成感に溢れながら、そのまま俺はクローゼットの横に移動し、クローゼットの背面に手をかけた。


「では、鈴村双葉さん。私とともに来てくれますか?」

「ああ、それは……」


 そういえば、さっきから何の話をしているのだろう。それっぽく返事してただけだから内容なんて何一つ頭に入っていないのだが……。


 ――ま。


 そんなことはどうでもいい。


「んなもん、お断りに決まってんだろーがあああああああああっ!!」

「へ?」


 誰もいない家の中で、俺はニート生活が始まって以来の全力の叫びを披露してみせた。

 それとともに、全身の力を込めた俺の手によってクローゼットが押されて、手前に倒れ始め――


「ちょっ、なんか重心が変なんですけど……えっ、えっ!? きゃあああああぁっ!?」


 と――床に敷かれた座布団に向かって、扉を下にしたクローゼットの全重量が衝突。ゴォンと鈍い音が響き、その派手な光景に俺の心臓の鼓動が良い意味で高ぶった。座布団を使って防音対策を行なっていなければ、おそらく近所迷惑は不可避だったと思われる。


「ふぎゃっ!!」


 クローゼットの中から悲鳴が聞こえた。

 しかし、本来の目的はそれを聞いて勝ち誇ることではなく。


「ってて……一体何が起きて……ぇ、あれっ!? 開かない! このクローゼット開かないんですけど! 全力で押しても力が無効化されるんですけどっ!?」


 そう――俺の目的は、この得体の知れない声の主を牢獄クローゼット送りにすること。

 ドンドンとクローゼットの内部を叩いてる音から必死さが伝わってきて、なんだか気持ち良い。


「ちょっ、出して! お願いです双葉さん、ここから出してください!!」


 扉を下にして床に這いつくばったクローゼットの背中部分に乗っかった俺は、トドメを刺さんとばかりにそこで胡座をかき、


「ハッ! ざまぁみろ、この不法宗教信者が! 人ん家に侵入しておいて、何のありがたみもない教えを勝手に唱えるとか悪質にもほどがあんだろうが!!」


 普段ぶつぶつと独り言しか言わない俺の喉が、再び叫びを上げた。


「ふ、不法宗教じゃありません! 私は歴とした聖職者ですからっ!」

「歴とした聖職者なら他人のクローゼットに足を踏み入れるなんて犯罪じみたことしねぇよ!」

「そ、そうでしょうか。収納された服も少なかったし、いい隠れ場所だと思ったんですけど……」

「だ、ダメだこいつ、言葉も状況も理解できてない……」


 ニート生活の平和が脅かされようとしている今、この自称聖職者の女を放っておくわけにはいかない。まずは相手の目的を知り、この不可解な事象にどう対処するか、悟られないように対策を立てる必要がある。

 一旦でいい、落ち着け俺。


「……こんな何もない場所に、一体何しに来た?」


 苛立ちを噛み殺した静かな声音で俺が問いかけると、クローゼットの中の人は「まあ、そうですね……」と悪気なさそうに呟き、それから一呼吸置いて言葉を続けた。


「端的に言えば、あなたを『異世界』へと招待するんです」


 ――などと、対策の立てようがないセリフが聞こえてきたわけだが。

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