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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
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96:紐

 イソラは感じる。

 暢気にぐこぉ、ぐこぉと鳴く蛙の声を耳にしながら、弟弟子の『夜霧』第一部隊の男との戦いを。

「自然の壮大さを味わえ」

 天涙に止まっていたヌロゥの氷の拳が、小刻みに震えはじめた。そして、テムに向いた拳の氷塊のてっぺんがピキピキと小さな音を立てる。

 次の瞬間、てっぺんが膨れ上がり破裂した。

「っ!?」その爆発力は凄まじく、テムはぬかるみに叩きつけられた。「ぐあっ」

 しかも弾けた氷の破片が身体中に刺さり、赤い染みを服に作る。

「テ……?」

 イソラは彼の名を叫ぼうとして、テムの周囲に起こったことに訝しんで口を閉ざした。

 テムから、テムの全身と氷によって作られた傷口から、波紋が現れていた。まるで水面に雨粒が落ちているようだ。

 闘気だ。

 闘気が空気に模様をつけている。

「さっきのとは違うな。どうなる? 見せてみろ」

「余裕ぶってると痛い目見るぞ」テムは苦痛に歪みながらも笑った。「水牛っ!」

 闘気の波紋がさざめき立った。

 かと思うと、ヌロゥの身体が倒れたテムとは反対に大きく浮かされた。

「ぐはっ……!」

 纏っている空気の鎧も関係なく、身体の至るところから血を噴き出しながら飛んで、そのままぬかるみに背中から落ちた。

「……テムと同じ傷?」

 注意深く見ていたイソラは、ヌロゥが負った傷の場所がテムと同じ箇所だということに気が付いた。

「闘気に受けた力を覚えさせ、反射する」テムがふらつきながら立ち上がる。「まあ……こっちが受けきれなきゃ、死ぬだけだから、そこは見極めないといけないけどな……。どうだ、自然の壮大さは」

「くくっ……くははははは!」

 四肢を大きく広げたまま、ヌロゥは笑い出した。

「いいぞ、師範代。いいぞ! 今のには驚かされたぞ」空気の力でふわりと浮かび上がる。「礼をしなければな」

 ヌロゥは片腕を豪雪に、もう一方を熱気に包んでいた。

 氷の拳が爆発する前、中であの熱気が氷を溶かして沸騰させていたのは捉えていた。イソラには原理はわからないが、きっとそれが爆発の原因なのだろう。

 彼女がそう考えていると、ヌロゥは両腕を軽く振るった。すると吹雪も陽炎も周りの霞に混じって消えた。



 テムは空気を払ったヌロゥに言う。「どうした? 今度は左目でも使うのか?」

「これは舞い花のみを映す瞳だ。お前になど使うか。ただ、人知の及ばない領域を見せてやる」

 新たな瓶を手に出したヌロゥ。ただ、これまでの二つとは違い、その中には真っ黒で真っ白なものが入っていた。

「実験だ。簡単に終わるなよ」

 パリッ――。

 ヌロゥの声と瓶が割れる音を最後に、テムの意識はなくなった。



 その手に紐を握っている感覚だけがある。

 他はなにもかもが曖昧であるのに、それは紐だとわかる。

 イソラへと繋がる紐。

 手に力が入り、紐を引いた。



「っかはぁ……」

 唐突に起き上がったテム。

 覗き込んでいたイソラはそれにも関わらず、頭を逸らして激突を避けた。

「あっぶなっ!」

「……イソラ」

 イソラはがっと顔をテムに近づけ、聞く。

「テムっ、大丈夫なのっ?」

「あ、ああ。問題、ない……傷も、ない?」

 自分の身体を見回し、触って不思議がるテムに、イソラは言う。

「ヌロゥが瓶を割ったら、あいつ消えちゃうし、テム倒れちゃうし、なにがあったのっ?」

「いや、俺も状況を飲み込めてないんだが……ただ、まあ、イソラのこと掴んでたから、大丈夫だったんだと思う。たぶん」

「あたしのこと?」

「ふ、深掘りするなよ」

 テムが立ち上がる。

「ほら、行くぞ。情報にあった『碧き舞い花』はヌロゥに殺されたみたいだし、その本人も消えちまった。なら止まってる理由はないだろ。ゼィグラーシスだろ」

「うん! ゼィグラーシス!…‥なんだけど、テムのは抑揚が変なんだよね。ラーで力入れすぎなんだよ。もっと流れるように言えないの? ゼィグラーシスって」

「ゼィグラーシス、だろ?」

「だ~か~ら~」

「違うか? イソラと一緒だろ。ゼィグラーシス」

「もう何年『見て学べ』をやってるの?」

「いやいや、むしろイソラの耳が良すぎるんだろ。ゼィロスさんにもエァンダさんにも変だなんて言われたことないし。本場の人だぞ」

「優しいんだよ、二人とも」

「優しいなら、ちゃんと教えてくれるだろ。エァンダさんならともかく、ゼィロスさんなら」

「あー、今のエァンダさんに言っちゃおー」

「いや、あの人こんな些細なこと気にしないだろ」

「あー、それもそっか」



 ぐこぉ、ぐこぉ、ぐこぉ……。

 蛙は我関せずとばかりに、長閑に鳴き続けていた。

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