94:炎の中で
ネゴードの自爆は破裂的ではなかった。彼自身は膨れ上がり破けたのだが、そこから大きな衝撃は漏れず、溢れ出たのは眩い光と猛火だった。
しかし、店は現在跡形もない。
漏れ出した炎によって、店に置いてあった火薬類に引火し、結果として連鎖的な爆発が起きた。その爆発までのわずかな時間があったため、ユフォンたちは捕らえた者たちも含め避難することができた。
たった一人、ペレカの父親を除いて。
~〇~〇~〇~
「プライっ! こっちだ」
隣で火炎の広がりを直撃し火傷を負ったプライをジュランが連れ出す。それに伴うようにキノセが駆け出し、プライに指揮棒から出した水をかけた。
ユフォンはペレカの父親を強く引っ張り、店を出ようとした。だが、彼は微動だにしなかった。
「なにしてるんですか! 出ましょう!」
「娘には明るい道を歩んでほしいんだ。だから連盟で引き取ってくれ」
「え? なにをっ?……!?」
縛られていたはずの腕が自由になっていた。
「仕込みナイフだ。肌に同化して見えない優れものだ。暗殺にも使えるぞ」
切羽詰まった状況も重なり、目の前の天原族の男が言うことが理解できないユフォン。「どういう……」
「唯一わたしたちが生み出した武器ではないものなんだ、ペレカは。頼みを聞いてくれるか、ユフォン・ホイコントロ。聞いてくれると言うのなら、偽物だが『碧き舞い花』の拠点を教えよう」
「!」ユフォンの中に一つの確信が生まれた。「……あなたは、まさか」
展示された武器が一つ、爆ぜた。男はその方向を一瞬見て、ユフォンを急かす。
「もう表舞台から姿を消す人間のことはどうでもいいだろう? さあ、答えを」
また一つ、爆発が起きた。
「……わかりました。娘さんは連盟が引き取ります」
「すまないな」
男はユフォンを突き飛ばした。その力は腕力だけのものではないらしく、ユフォンの身体は軽々と入り口の方へ吹き飛ばされる。
「トー・カポリだ。気を付けるといい、彼はポチューティク大虐殺の実行犯だからね」
その声が最後までユフォンの耳に届くと、ペレカの父親の姿は炎の中に消えた。
~〇~〇~〇~
「さすがはセラちゃんの仲間ね。わたしの治療なんてほとんどいらなかったわ」
治安維持団管轄の病院。その一室から廊下へ、プライの火傷の治療を終えた野原族のキテェアが出てきた。
「いや、俺たちが巻き込んだわけだし当然のことをしただけだ」キノセが答えた。「それに、結局完治まではできないんだから、医者は必要だ」
「そう言ってくれるとありがたいわ。みんな怪我ばっかりしてくるのに、感謝の言葉が少ないからちょっと不満だったの」
キテェアは冗談っぽく笑った。かと思うと心配そうにユフォンを覗き込む。
「…‥大丈夫?」
「え?」ユフォンは自分が俯いていて顔を顰めていたことを知った。「ああ、ははっ。大丈夫ですよ、ちょっとこれからのことを考えてただけですから」
「そう? ならいいのだけれど、余りにも深刻そうだったわよ。考えすぎは毒だから気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」ユフォンは努めて笑顔になって、頭を下げた。「それじゃあ、僕たちはこれで。プライさんには申し訳ないですけど、また挨拶に来ますね」
そうしてユフォンとキノセは病院をあとにした。
次に向かうのはペレカの元だ。
ユフォンは嘘をついた。
不確かなこともあるが、確かなことすら真実を話すのは気が重かった。自分の都合だった。
両親を二度も誤爆事故で亡くすという不幸。
ペレカのその泣き顔を見ないようにと、ぎゅっと抱きしめたのも、自分の都合。
スウィ・フォリクァにはビュソノータスから来ている海原族の女性が常駐の職員としていた。ユフォンはひとまず同郷の彼女にペレカのことを任せた。彼女にも当然本当のことは話さなかった。
「おいユフォン。そんな罪悪感持たなくてもいいんじゃないか?」
ここまで黙ってついてくるだけだったキノセが口を開いたのは、ペレカを預けて本部長へ報告をしに行こうとした道すがら、人通りのない廊下でだった。
「あの子の父親が本当はどんな人間だったかなんてこと、俺だって打ち明けないさ。さすがに全部知るには小さすぎる。親を失ったってだけでいっぱいいっぱいだろうし、受け止めきれないだろ。俺が口出さなかったのも、賛成してたからで、悪いとは思ってるけど、ああゆうのはお前の方が向いてると思ったから任せきった。俺が口挟んだら悪い方向に行きかねないだろ?」
「ははっ、そうだね」
「って、おい。慰められてるからって調子乗るな。そんなことないの一言ぐらい――」
「キノセ」
ユフォンはキノセを遮った。そうして足を止める。
キノセも足を止め、首を傾げた。「なんだよ」
「確かに、あの子に嘘を伝えたこともいいとは思ってないけど、それだけじゃないんだ」
真剣な目を五線の瞳に向けるユフォン。
「きっと生きてるよ、彼は。僕はそのことをあの子に伝えることができたのに、そうしなかった。それにやっぱり無理やりにでも外に連れ出すべきだったんじゃないかって考えてる。その二つが重く圧し掛かってるんだ」
「いやなんだよ、それ。あの子の父親が本当のネゴードか、組織の頭だったんだってことは聞いた。それで死に際にあの子をお前に頼んだのも」
あの炎の中、ユフォンの中に生まれた確信。彼が本物のネゴード・ボルエもしくは、死んだネゴードを表立たせて裏で全てを仕切っていた張本人なのだということだった。彼の口からそう発言があったわけではない。だが、一介の技術者が偽の『碧き舞い花』について情報を知っていて、それをいくら目の前で雇い主が爆発したからといって、勝手に話すだろうか。話すにしても、安全が確保されてからでもいいはずだ。
そして、あの場で重要な話をするという点が強固なものにさせるものの、断言はできないもうひとつのこと。彼が生きているという憂慮。
「あの人は『表舞台から姿を消す』って言ったんだ。僕はあの言葉がどうにも引っかかるんだよ。表には出ないけど、裏にはいる。そう言ってるように聞こえたんだ。だから、もしかしたら大変な人物を野放しにしてしまったんじゃないかって。ネゴード・ボルエは今回のことで死んだことになった。そんな中、顔もほとんど知られてない自由な状態になった。なにか企むにはうってつけだ」
「まあ、考えとしてはあるかもしれないな。死体もなんだかんだ丸焦げで判別なんてできなかったし、本人は逃げて別の奴と入れ替わったのかもしれない。けど、さすがに考えすぎじゃないか? 言葉だってお前が文筆家で日頃から気を使ってるから、変に勘ぐってるとも考えられる。それにほら、表舞台イコール生きてる世界って捉えることもできるだろ? むしろその方がおしゃれじゃないか?」
「…‥そうなのかな」
ユフォンの憂いを帯びた呟きが、廊下に吸い込まれていく。
「キテェアって人も言ってただろ、考えすぎは毒だって。ほら、報告行くぞ。ジルェアス探しが一番の薬だろ、今のお前には」
すたすたと先に進むキノセの背中。ユフォンは否定はできないなと小さく肩を竦め、続くのだった。