93:暴発
あの時発動させていたのは瞬間移動ではなく、幽体化のマカだった。ビュソノータスの最強の戦士たちのもとへ幽体を向かわせていたのだ。どうせ逃げられないだろうと踏んで、ユフォンは最初から助けを呼ぶことにしていたのだ。
「治安維持法に則り、ネゴード・ボルエ並びにボルエ一味の身柄を拘束する」
プライが言いながら、ネゴードの腕を背中で一括りに結んだ。すると店の入り口から三部族の戦士たちが入ってきて、ユフォンとキノセを除いた面々を縛り上げていく。
「法に則りだと?」ネゴードが冷静なかすれ声で異を唱える。「治安維持に反することなどしていないがな」
整然とプライが返す。
「ああ、間違えた、すまない。治安維持団の活動に身を置いて久しいものでな。今回は異空連盟加盟世界の一員として、お前を拘束する」
「連盟が俺をマークしてるのは知ってる。だが、どちらにせよ、捕まる理由が見つからないな」
ユフォンが答える。「『碧き舞い花』の情報を知っていると思われるので、事情を聞くためです。拘束するのは、あなたが要注意人物だからってだけです」
「最初からそのつもりだったのか」
「いえ、あなたが僕たちを取り囲まなければ、お金を払ってでも情報を買いましたよ。あなたを捕らえることより重要なので、彼女を探すことは」
「タダで情報を聞こうと?」
「はい、もうこれは商売ではないので」
ユフォンが真っすぐネゴードを見据えて言うと、プライが彼を歩かせる。
「団の牢屋でいいかな?」ユフォンの隣に来てプライが聞く。「とりあえず情報を聞くだけなら」
「はい。お願いします」
そう返すとユフォンは、まだカウンターの奥で野原族の戦士に拘束されるペレカの父親の方へ向かっていく。彼は大人しく俯いている。
「その人は僕が連れて行ってもい――」
「かははははは!」
突然狂ったようなかすれた笑い声が店に充満した。
何事かとユフォンが声の主ネゴードを振り返る。すると、プライに制止されながらも彼も振り向いていて、ユフォンにその眼鏡を向けていた。
「そもそも! 俺を密売人としてマークしておきながら、なぜ今まで一度も捕まえに来なかった? 泳がせていた? 違うな。証拠がないからだ。全ては疑惑だ! 俺には捕まる謂れはないんだぁ!」
かすれた声が狂気じみた饒舌に乗せられて放たれる。
「プルサージとの取引の現場を押さえていながら、お前らは『夜霧』を追うことに執心した。捕まえるならあれが最後のチャンスだった! 俺を捕まえ、利用すればよかったんだ。さらに言えば『巨兵の一夜浄蔵』。当時の賢者評議会はそこに介入できなかった。俺の武器がそこにあったかどうかは知らないが、あったのならば、それは動かぬ証拠になっただろうに!」
沈黙が下りてきた。
「……今のは当時の密売を認める、という告白でいいですか?」
問いながら、ユフォンは居心地の悪さを感じていた。わざとらしい。そもそも黙っていれば、密売に関しての尋問は受けずに済むことぐらい今の会話の中でわかっているはずだ。
「捕まるくらいなら……」
ネゴードが奥歯を強く噛みしめた。がりっと音がして、彼の顔が煌々として腫れ上がりはじめた。
「捕まるくらいなら、俺の武器によって、死ぬもぁどぇだぁあああ!」
眩い光にユフォンたちの輪郭が消されていった。
大きな爆発音だった。
デルセスタ。
ヅォイァ・デュ・オイプはそこへ向かった孫娘の帰りをまだかまだかと待っていた。最近では気配を感じることも下手くそになってきていて歯がゆい。
とそこへ耳馴染んだ孫娘の声が聞こえた。
「おじいちゃんっ!」
「むっ!?」
目を向けた先には見知った姿が二つあった。
一人はもちろん、背の低い刈上げ頭の孫娘モァルズ・デュ・ウォルン。そしてもう一人、モァルズに支えられるのは――。
「ジルェアス嬢!」
ヅォイァは老体に似合わない動きで二人に駆け寄った。背の低いモァルズからぐったりとしたセラを預かり、抱きかかえる。
「なにがあった?」
「わかりません。わたしが着いた時にはもうセラさんが倒れてて」
「他に誰もいなかったのか?」
「はい。音の大きさにしては、周りの被害も全くと言っていいほどなくて…‥セラさんが倒れていた地面が焼けていただけでした、おじいちゃん」
「焼けて?……」ヅォイァは抱える主を見下ろす。「いったいなにがあったんだ、ジルェアス嬢」
「…‥跳んだ……だけ…………」
セラはそれだけ言って、だらりと脱力した。