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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
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92:試食

 まさか話を聞くよりも前にこうなるとは。あの時にはすでにキノセの勘がなにか察していたのだろう。

 ユフォンとキノセは武器に囲まれた店で、まさしく囲まれていた。銃口と切っ先の標的となって。

 カウンターへと向かう途中、ちょうど入り口から半分のところでまずカウンター越しに店主から。そのあと武器を見ている客の戦士たち、そして入り口を塞ぐように二人に。

「随分とお早い到着だ」

 店の奥からかすれた声が聞こえてきた。そうして姿を現したのは眼鏡をかけた、ひょろっとした男。お世辞にも屈強とは言えない彼こそがネゴード・ボルエだ。

 そしてキノセとユフォンは彼と共に出てきた人物に、驚きを隠せなかった。

「なんであんたが」

「まさか」

「娘には内緒にしてくださいよ、お客さん」

 ネゴードの半歩後ろについた天原族の男は、ペレカの父親だった。

「いくら連盟の者とはいえ、ここの情報を得るにはもう少し時間がかかると思ったが」ネゴードはわざとらしい思案顔を見せた。「……ラィラィかな? 筆師ユフォン・ホイコントロ」

 ユフォンはなにも答えず、ブレスレットの水晶を輝かせながらそっとキノセに触れようと手を動かした。すると、後方から足もとに銃弾が放たれた。ユフォンは動きを止め、輝きも収まる。

「手荒い制止で悪いね、こいつらは知性が足りないもので、勘弁してやってくれ。さあ、せっかく来たんだ。なにか買っていってくれ」

 ネゴードがそう言うと、銃と剣が下ろされた。やはり逃がしてはくれないか。ただ、いきなり攻撃されることはなく、助かった。

 キノセが聞く。「それは情報が欲しいなら、金払えってことか?」

「俺は商い人なんだ、金を払う者を拒まない」

「店に入った人間に武器向ける奴がよく言うよ」

「これくらいで怯える人間に、俺の武器は売らない主義だ」

「あっそ」キノセはネゴードから視線をユフォンに向ける。「どうする、ユフォン」

「……」ユフォンは一瞬考えてから、ペレカの父に言う。「娘さんにこの辺に来ないように言っているのは、自分が彼らと繋がって裏稼業に手を出していると知られたくないからですか?」

「なに?」訝るキノセ。「そんなの今関係ないだろ。『碧き舞い花』のことだろ、聞くにしても」

「いや、本当のことを話してくれるのか、確かめたい。武器だって、買う前に少しくらい試すでしょ。ほら、食べ物の試食みたいに。違いますか?」

「いいだろう」

 ネゴードは静かに言って、天原族の男の後ろに下がった。

「これは試食、タダでいい。質問に答えて差し上げろ」

「はい」男はユフォンの質問に答える。「……それもありますが、実際にわたしの妻はここで事故に巻き込まれて死んだ。だからペレカに同じ目に遭ってほしくない。それに男手ひとつで娘を育てるには金がいるんだ」

「仕方ない、ってことですか? 別に裏稼業でなくてもお金は稼げると思いますが」

「お客さんには関係ないでしょう」

「客としては確かに関係ないですけど、異空の安寧のために動く身としては、悪事を見過ごすわけにはいかないですから」

「わたしから収入源を奪う気か? そんなことになれば、ペレカとわたしはまともな生活すら危うくなる。悪事かどうかを、勝手に判断しないでもらいたいっ」

「そうですか……。ところで、あなたの収入源って具体的になんですか?」

 男はそこで一度ネゴードを振り返る。そうして彼が頷くのを見ると答える。

「わたしは技術者として武器の製造に関わっている」

「確かに、あなたの宝飾品は店にあったものといい、家にあったものといい、素晴らしい細工でした。あれを見る限りあなたは手先が器用ですから、きっとそうなんでしょう。でも武器を作ること、それ自体は娘さんを危険に晒さないことに関して内緒にすることはわかりますが、決して悪事でも裏稼業でもないですよね? その武器が密売用、ということでいいですか?」

「そこまでだ」

 ネゴードが男より早く、かすれた声で遮った。

「試食は終わりだ。ここからは代金を頂く」

「終わりって、その反応が答えのように思えるけどな」キノセが肩を竦める。「てか、金払えば密売についても教えてくれるなら、逆に安いやつだな、お前」

「先に断っておくが、俺は先払いしか受け付けない。それにモノの価値を知った者としか取引はしない主義でな、金額を提示するのは買い手側だ」

「安く済ませようとすれば、買えないわけだ」

「それどころか、失うと思え」

「殺すってことか?……どうするユフォン、俺たち情報の相場なんて知らないぞ。密売にしても『碧き舞い花』にしても」

 キノセの問いかけに、ユフォンは腹を擦った。迅速な対応に感謝だ。

「うーん、試食でお腹いっぱいになってしまって――」

 ユフォンの言葉の最中、キノセが訝んだかと思うと、なにか感付いたように視線を左右に巡らせた。「ん?」

「今は食べられないそうにないので、押収(持ち帰り)ってことでいいですか?」

 ドタ、ダンッ。

 店の入り口で二人、倒れた。

「ったく、なんで俺まで駆り出されなきゃならねぇんだよ」

 ユフォンが振り返ると、入り口の逆光に浮かぶ八羽の影。

 誰もがそこに視線を向けるなか、ユフォンの拙い超感覚は、恐らく裏口があるのだろうが、店の奥にこっそりと移動しようとするネゴードを捉えていた。

 だが彼が逃げ(おお)せることはないだろう。

 二本の剣に首を挟まれ後退って戻って来た。

 隻翼の天原族が呆れた言葉を入り口の八羽に放つ。

(おさ)として、この大捕り物に参加しないわけにはいかないだろ」

「ジュラン・コフェノーズ、プライ・ドンクバ……治安維持団がなんの用だ」

「おいおい、逃げようとしといてそりゃないだろうが」ジュランは入り口で首を鳴らした。「あー、他も動くなよ。……だから動――なんだお前か」

 店の入り口からするりと横を通り過ぎる人影に、注意しそうになってやめたジュラン。その人影、もとい幽体は、今、実体に重なって消えた。

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