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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
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91:そして武器街へ

「本部にばれたら、永久追放ネ……。でもっ、オニサンの頼みじゃ仕方ないヨ!」

 ラィラィは一瞬渋ったように見せて、それから商売人の笑みを浮かべた。

 文書保管庫。

 中央に巻物が一つ置かれた台があるだけの、城全体から見ればとても小さな一室。

 ラィラィが支部長であるからこそ、すんなりと中に入れたが、ここまでの道程は厳重に厳重を重ねたものだった。手荷物検査からはじまり、機密保持への宣誓書への署名に終わる。

 同じ署名でも生死に関わる同意書へのそれとはまったく重さが違うようにユフォンは感じた。情報が軽いとは言えないが、命と比べれば天秤が傾くのは命の方だろう。命への署名をさせるのだから、それ相応の情報管理を全空チャンピオンシップにもしてほしいものだ。次回開催にそんな期待を寄せたユフォンだった。

「武器類を買っていれば、お客さんも署名しているネ。それにしてもオジョサン心配ネ。新聞は嘘だと思ってたけどネ、そんなことになってるなんてネ。早く見つかるといいネ。旅商人仲間にもワタシ頼んでおくヨ」

 そう言いながら台の前に出現させた影光盤(えいこうばん)を操作するラィラィ。検索機能を用い、顧客の欄に『セラフィ・ヴィザ・ジルェアス』と書き込む。

 すると巻物が一瞬だけ光に包まれた。それを手に取り、ラィラィは開く。

「あったネ。一件だけだから、多分これヨ」

 あっさりと情報がユフォンとキノセの前に提示される。

「ピストルを買ってるネ」

「ピストル? ジルェアスが? やっぱ偽物か」

「うん、決めつけちゃうのは早いけど、セラにはフォルセスがあるしね」

「……ん、ちょっと待つネ」

 巻物を二人に示していたラィラィが自分の正面に文面を向け戻した。そして珍しく険しい顔を見せた。

「あー……これはまずいネ」

「なんだよ」

「ラィラィさん?」

 朗らかさのない、血の気の引いた顔がそこにはあった。



 武器街は露店街に比べて静かで、もともと寒いビュソノータスをさらに寒く感じさせるような冷たい印象だった。

 人通りはある。ひと気がないわけではないのだが、殺伐として荒涼、張り詰めて鋭利。気を抜くことを許さんとばかりの緊張感が漂う。

 店主たちは屈強な体躯の者が多く、客層は武装した戦士たち。そこから醸し出される雰囲気かもしれなかった。

 もしくはペレカの母が誤爆で亡くなったと聞いたことが気を張らせているのか、これから向かう場所への警戒心か。

 ラィラィは情報をしっかりとくれたが、「オニサン、二度と会えないかもしれないネ」という言葉だけ残して、逃げるようにそそくさと二人の前から去っていた。

 ユフォンとキノセはその行動に疑問を残しながらも、『碧き舞い花』にピストルを売った店へ向かっていた。本来ならばラィラィの案内も欲しかったところだが、あれでは追いかけても無理だろうということになり二人だ。

 そして道すがら、ユフォンはラィラィの変化について思考を巡らせていた。

 ネゴード・ボルエ。

 それが『碧き舞い花』にピストルを売った店の経営者の名前だった。そしてラィラィがそれを確認して形相を変えた。

 この名前にユフォンは覚えがあった。顔も知っていた。連盟の要注意人物のリストの中にあるものだからだ。

『夜霧』と繋がりのあった武器密売人。

 連盟、もとい賢者評議会はネゴードのことをアルポス・ノノンジュの一件以来、要注意人物としていた。

『巨兵の一夜浄蔵(いちやじょうぞう)』を機に、巨人の倉庫を使ってはいないようだが、どこかで『夜霧』との繋がりを残している可能性は大いにあった。

 そんな人物が経営者であるということが、ラィラィをあれほどまでに怯えさせたと考えるのが妥当だろうか。ユフォンたちの身を案じて、というより彼の中ではすでに命がないものと考えていたのかもしれない。

 気を抜いてはいけないな。ユフォンは今一度思いを固める。

「『碧き舞い花』とわかって武器を売ったとして、どう考える?」

 歩きながらキノセがユフォンに聞く。ユフォンはあまり悪く考えないように、冷静に考えを口にする。

「そうだなぁ……奴らと繋がりがあるなら、情報を与えたかもしれない。そもそもルルフォーラがセラに化けて来てたって可能性もあり得るし。逆に足を洗ってるなら、協力的に武器を売った……」

「協力的はいいように考えすぎじゃないか? あの支部長だって、もう俺たちが死ぬものと思ってやがったし。やっぱ偽物のジルェアスとわかったうえで売ったって考えるのが普通か」

「ははっ、そうだよね……。でも、本物か偽物かはともかく武器を売った報告もちゃんとしてるみたいだし、いくらなんでも命を奪ってくるようなことはないと思うんだよね……」

「話聞いた瞬間に囲まれるなんてことになるのはごめんだぞ。これが俺たちをおびき寄せる罠、とかでさ。イソラとテムならともかく、俺とお前じゃ近接戦闘に不安があり余る。障壁のマカじゃ袋のネズミだぞ」

「その時はすぐに逃げよう」

「簡単に逃がしてくれればいいけどな」

「ははっ…‥」



 逃げる。

 白銀の髪を躍らせ、女は森の中を逃げる。

「はっはぁっはぁっは……あっ……!」

 枝を潜り抜けたとき、白銀が頭から取れた。枝に引っ掛かったカツラに一瞬気を取られた女だが、もうどうでもいいと言わんばかりに全力で再び森を駆け出す。

 前に苔むした倒木が見えた。

 女はそれを跳び越えて、そして、着地に失敗した。地面は平面でなく斜面だった。勢いに任せて転落していく。

「ぅぎゃっ……」

 止まった。

 止まったが、太ももに激痛が走った。

 見ると、剣が斜面に女をくぎ付けにしていた。

「ぁはっああ、はぁはぁ……」

 ずざぁと、上から音がして口元にバンダナをした女が滑り降りてきた。逆さまの女のサファイアが覗き込む。

「『碧き舞い花』は遊歩って技術を学んでるんだけどねぇ? あれくらいで転がり落ちたりなんてしないよ」

「ごめ、ん、なさい……助けてぇ……」

「ん? なんで謝るのさ」

「あ、おき、まいば、なを名乗って……ごめん、なざいっ!……助けて、くだざいっ!……」

「いいよ。その罪、償わせたげる」

 バンダナの女は腰のナイフを抜き、『碧き舞い花』を騙った女の首を掻き斬った。ものの一瞬だった。

「えっ……」

 それは声だったのか、喉から漏れた空気だったのか。女の顔は安堵と驚愕の狭間で固まって、二度と動くことはなかった。

「さぁて、次の雑草でも摘みに行こうか」

 剣を地面と女の太ももから抜き、滑り落ちていく死体を眺めながらバンダナの女は言った。

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