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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
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89:ビュソノータスの露店街にて

「おいおい、そんなもんじゃないだろ。セラ」

「もちろんっ!」

 フォルセスでスヴァニを打った。その金属音でセラは目を覚ました。

 夢だった。

 ズィーと修行でもしているような、それでいて本気で戦っているような夢。

 最近、目を閉じればこの夢ばかり見ている。

 悪夢でないだけまし。だが、「そんなもんじゃないだろ」と煽ってくるズィーの姿は、現状の自分への叱咤なのかもしれないと思えてくる。ナパードのままならない日々はまだ終わらない。

 みょーん、みょーん、みょーん……。

 セラは小鳥たちの鳴き声を聞きながら、立ち上がる。「ありがとう、泊めてくれて」

 感謝の言葉を口にすると、花を散らし巨大な鳥の巣があった木の根元に降りた。ヲーンを出て以来、想った世界へは跳べずにいるが、世界内での移動は自制がちゃんと利いていた。毎朝、起きるたびにまずそれを確認するのが最近の彼女の習慣だった。それすらもできなくなってしまっては、もう渡界人などと名乗れないだろうと。

「ビュソノータスはどうかな……」

 とにかく異空を正確に渡りたいセラは、ナパード以外の技術にその希望を託していた。思い浮かべるのは知り合いのいる世界だが、とにかくどこか異空を渡る(すべ)を持つ世界に行きたかった。スウィ・フォリクァへ辿り着ければ、自分の生存をみんなに知らせることができるのだから。

 セラは『記憶の羅針盤』を握り、花を散らした。



 賑わう街道は露店の群れ。

 人の往来や店主たちの熱気が一帯の気温を押し上げてくれているおかげで、蒼白の世界にしては暖かい。とはいえ、慣れのない人やなんの修行もしていない人では防寒具を手放すことはできない。

 というのは初めてビュソノータスに来た人の数分から数時間の話だ。

 今はなき『白輝の刃』の統治からの同盟によって、交易の場になって久しいビュソノータス。初めて訪れる観光客、商人、旅人、戦士にまず誰が雲塊織りの衣服を売るのかが競われる。だから、防寒具は手放されるのが基本だ。

 そして防寒具をいつまでも手に持って動くのでは邪魔になると、今度は旅商人組合が売り出してる異空間バッグをどこの店が売るかの勝負がはじまるのだ。

 かくいう今も団体客がその勝負の餌食になっている。それを横目に見ながら、ユフォン・ホイコントロは『碧き舞い花』目撃の情報源へと足早に向かう。隣にキノセ・ワルキューを伴って。

 繋がりが強い者は連盟の役目に関係なく彼女を探しているが、『碧き舞い花』捜索を任されているのは主に同世代の賢者の弟子たちだ。今イソラとテムはペルサ・カルサッサの方へ出向いている。

「おい、ユフォン」キノセが屋台と屋台の隙間を指さして言う。「ここじゃないか」

 連盟に情報を提供してくれたのは、手作りの宝飾を売っている屋台の店主だ。

 両側の屋台に潰されるような形のそのこじんまりさに、ユフォンは見逃してしまっていた。店主一人に客一人といった感じの、まるで関所かなんかの窓口のような店だ。

 ユフォンはキノセに頷いて、その屋台の内側にいる腰の羽根をきゅっと畳んだ天原族の男に声をかける。「あの、すいません」

「おっ! お客様ですか!?」

 男は驚きと歓喜をその顔に表し、頭の羽根っ毛をひょこひょこ躍らせた。

「あー……ははっ」

 ユフォンが気まずそうに笑うと男はがっくりと肩を落とした。そのあまりのしょげ方にユフォンは一転、明るく笑った。

「ははっ! 冗談ですよ。ちょっと見せてください」

 窓口の天板に置かれた色とりどりの宝飾品。ユフォンはそれをじっくりと眺めて、ふたつ、碧い宝石のついた指輪と朱い宝石のついた指輪を選んだ。

「この二つをください」

「ジルェアスとお前の色か……婚約にでも使うのか?」

 ぬっと後ろから覗き込んできたキノセに、ユフォンは別段恥ずかしがることもなく返す。

「う~ん、どうだろうね。それはわからないけど、とりあえず会えたら朱い方を渡そうと思って」

「なるほどな……ん、ちょっといいかユフォン」

 キノセは天板に向けた五線の瞳をそのままに、ユフォンの返事を待たずに割り込んだ。

「わっ、ちょっと……なに?」

「おじさん、これ貝鸚鵡(かいおうむ)の真珠か?」

「へ? えー……すみませんが、わたしにはさっぱり……」

 今度はユフォンがキノセを覗き込むと、彼の手には店で一番大きな白い玉のついたブローチがあった。

「それがどうしたんだい、キノセ?」

「貝鸚鵡って鳥の両翼の付け根にできる真珠で、音を記憶するんだ。これを使って作った指揮棒なら、強力な音をストックしておくことができる」

 キノセは説明を早々に済ませ、店主に向き直る。

「おじさん、俺はこれを買うよ。いくらだ」



 それぞれ買い物を終えると、ユフォンが切り出す。

「ここからは客ではなく、異空連盟の者としてお話を伺いたいんですが。よろしいですか?」

「異空連盟っ! もしかして『碧き舞い花』の件ですか?」

「ええ、あなたが情報をくれた方ですよね?」

「あー……」店主はユフォンの問いかけに、申し訳なさそうに視線を逸らした。「そのー、ご足労頂いて申し訳ないのですが……あの、もしよろしければ先ほどの代金はお返しします。ええ、もちろん、商品はそのまま差し上げますので……」

 キノセが訝しんだ顔をユフォンの後ろから覗かせる。「どういうことだ、おじさん」

「いや、それがですね。娘が『碧き舞い花』を見た見たと、あまりに連絡をせがむものだったので、娘を納得させるために……」

 店主は頭を大きく下げた。

「誠に申し訳ありませんでしたっ」

「……どうするよ、ユフォン」

「ふーん……まあとりあえず、娘さんにお話しを窺うことはできますか?」

「いや、でも子どもの言ってることですし」

「確かに『誰』の発言かということは、一つ重要なことです。けど、その『誰』に惑わされてしまうは、一つ軽率なことですから」

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