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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
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88:約束と勘

 世界を出ることのできない自分がもどかしくて仕方なかった。

『碧き舞い花 ご乱心か!?』

『大虐殺 ポチューティクに碧き舞い花の姿』

『碧き舞い花の裏の顔』

『血に濡れた過去 異空を脅かす復讐の鬼』

『本物登場!? 碧き舞い花を騙る親子に天誅か!』

『連盟脱退か!? 脅威認定目前!』

 セラの音沙汰がなくなって一ヶ月余り、『碧き舞い花』の酷評を一面にした新聞が増えた。ネルフォーネはそれを見るたびに机を叩く日々を送っていた。

「いったい、どこにいるのよ、セラ」

 連盟の友たちからも吉報はない。

 研究でも紛れない不安に苛まれる。ホワッグマーラが消滅した日、思い出の軟弱ガラスが無性に気になったことが頭から離れない。

 あれには理由が、考えたくもない理由があったのではないのかと勘ぐってしまう。不意に胸元に手をやる。そして空を掴むと、気持ちがざわつく。

 セブルスとしてセラが潜んでいた時、彼女の代わりに首から下げていた『記憶の羅針盤』はもうない。

 親友を傍に感じるのに、道具は必要ない。それでも今は、セラを強く感じることのできるものが欲しかった。縋りたかった。すごい遠くに行ってしまったように感じる親友に、この寂しさが届いて、この場に、今にでも現れてほしいという願いが届くように。

 いや、と空を掴んだ手を強く握る。感傷に浸っている場合ではない。

 ただもやもやと待つだけでは、母シュリアとの約束を破ることになる。

 力になってあげられる親友として、動かないわけにはいかない。例え世界から出ることが許されなくとも、できることはあるはずだ。

「きっと、セラを探し出せる知恵がわたしの頭には眠っているはずですわ」

 ネルは誰に見せるでもなく胸を張り、勝気に言う。

「ごめんあそばせ、感傷! わたしたちには合言葉がありますのよ?」

 そしてにこやかに。

ゼィグ(止まってなんて)ラーシス(いられない)ってね!」



 アズの静謐な森。

 ひと気も、動物の気配もない。そしてナパスの墓標もない。

 優しい光が差し込むその場所には、エァンダの流水色の長髪が映えていた。その美麗な髪に、黒が差していく。

 座禅を組むエァンダの閉じた瞼に、ぴくりぴくりと力が入る。

 黒が、流水を凌駕していく。

 髪を束ねる螺旋状の金具が膨れ上がりはじめる。

 さらに力が入り、歪みの域に入るエァンダの表情。

 彼の右腕の包帯がビリリと音を立て破け、黒が露わになる。

 腕から肩へ黒がせり上がりはじめた。

 その時。

「エァンダ!」

 急に彼の肩に手が置かれた。それがサパルのものだと気付くのにエァンダは数秒を要した。

「……なんで止めるんだ」エァンダは自身に起きた変化が戻っていくのをエメラルドで見据えながら言う。「サパル。もっと近づけなきゃ、セラを探せないだろ」

「悪魔の姿で目の前に現れられたら、セラが大変だろ」

「あいつならどうにかするだろ」

「そんな投げやりな信頼じゃ、繋がるものも繋がらないんじゃないか?」

「……かもな」

 エァンダは包帯を取り出して、右腕に巻きはじめる。

「俺が、探さなきゃいけないのにな……」

「らしくないな、エァンダ」サパルはエァンダの背中をとんと叩いた。「その雑念のせいで届かないんじゃないのか?」

「雑念、な。それならこいつとやり合ってる時の方が乱れてただろうけどな」最後のひと巻を終えるエァンダ。「……あいつ、生きてんだろうな? ここまで見つかんないと、死んでんな、たぶん」

「おい、エァンダ。縁起でもない」

「いや、案外……」

「まさか本気でっ?」

「勘を馬鹿にしちゃいけなんだぜ、相棒」

「さすがに冗談が過ぎるだろ」

「安心しろって、俺の勘は生きてるとも言ってるからさ」

「どういう……?」

「苛立って問答してるだけだ、サパル。気にするな」

 サパルが眉を顰めていると、後ろからゼィロスがやってきた。

「それにセラは生きてる。間違いなくな」

「予見は必ず起こること」エァンダは不満げにゼィロスに目を向ける。「けど、それはその予見に当てはまる人間が詳細を知ったら違う。だろ?」

「フェル殿は細心の注意を払って俺たちに啓示をくれたんだ。それに未来が変わったのなら、それはそれで彼女が俺に黙ってるわけがない」

「そうだろうな」エァンダは立ち上がり、伸びをする。「また否定的で悪いけど、ゼィロス。セラが予見の力を持ってないとは限らないだろ? その血はあるんだ。気づかないうちに予見を変えてるかもしれない」

「まさか、そんなこと……」ゼィロスは逡巡の顔を見せた。「ありえないと考えるのは、浅はかか」

「ま、気にするなよ。苛立ってる俺の勘だからさ」

 エァンダは二人から離れ、小屋のある方へと歩き出す。

「ゼィロスさん」サパルの心配そうな声がエァンダの耳に届く。「フェル様と会う方法はないんですか?」

「こちらから会いに行ったことはない。仮になにかあるのなら、向こうから来てくれるはずだ」

 エァンダは背中にゼィロスの視線を感じる。次いで憂慮を帯びた声。

「あいつが本当に苛立ってるだけなら、それでいいんだがな」

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