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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
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87:渦中の花びら

 セラフィ・ヴィザ・ジルェアスは森を行く。

 それは雲に浮いた森。踏みしめる地面、否、雲面はぶにぶにとして、遊歩の技術なくしての歩行は困難だろうと思えた。

 遊歩は難易度の高い技術ではないから、身体が動けばなんとかなる。他の技術も時間をかければものにできる。しかし渡界術は特異だ。

 渡界人に生まれながらにして備わっている、古き一族から遺伝。子どもの渡界人は大人から使い方を学ぶが、それも備わっている力を引き出す伝統に過ぎない。生まれたばかりでも、渡界術は使えるのだ。

 呼吸と同じようなものだ。

 どうやって息をしているのかと尋ねられても、はっきりと事細かに理屈を答えられる人間などいないだろう。意識せずともできることなのだ。その良し悪しに個体差があろうとも。

 跳びたい場所を思い浮かべて、移動すればいい。

 そうしたいのに、そうしているのに、向かおうとした場所には跳べないのだ。



 ホワッグマーラは時軸にその存在を戻した。

 これは案外大したことがなかった。事はすんなりと進み、消滅の翌々日には何事もなかったかのように異空図にもその姿を戻した。

 事実、連盟には世界を時軸に戻した経験があった。セラのふるさとエレ・ナパス・バザディクァスもその一つだ。七封鍵が一本『乖離の鍵』によってサパルが時軸から離していた世界を、思い出という手綱を引いて呼び戻した。

 エレ・ナパスの場合は長い時間を要したが、今回はたった数日。

 大世界ホワッグマーラと、焼かれて民の数を減らされたエレ・ナパスでは思い出の量が格段に違ったのだ。

 異空間からスウィ・フォリクァに辿り着いたユフォンは、本部長ホルコースに事情を話したその足で、ネルフォーネのいるトラセークァスに向かった。彼女の知恵と技術を借りるために。

 セラの親友であるネルは時軸から離れた世界を元に戻す方法を、当然知っていた。そして『乖離の鍵』に関わらず、世界をそういった状況にし、なおかつ戻す方法を当然のごとく好奇心に任せて研究していたのだ。

 その研究の成果を初めて試す機会を得たことよりも、ネルは親友が囚われているということに、当時進めていた研究を投げ捨てて協力を快諾した。

 幽体のユフォンが禁書から自身の実体と避難した人々を呼び戻したところからはじまり、ホワッグマーラのガラス玉からの解放は問題を起こすことなく完了した。

 問題が起こったのは、ホワッグマーラが戻ってからだった。

 ホワッグマーラ襲撃。

 戻った世界ではまだ戦いが続いていた。

 とはいえそれは些細なことだった。

 襲撃者のリーダーであった青雲覇王ズーデルの姿はなく、ギルディアークのボリジャーク帝も戦意を失っていた。それでも戦いを続ける敵はいたが、ホワッグマーラには愛されし者がいた。世界をガラス玉に閉じ込められるほどの天才が。

 フェズシィによって、敵意を持つ者が世界中で魔素に拘束された。これでホワッグマーラ襲撃は幕を閉じた。事後処理は諸々あるが、それも異空への脅威を尺度に語れば大した問題ではなかった。

 ホワッグマーラでの出来事の情報は新聞をはじめとし、広く異空中に知れ渡った。襲撃だけでなく全空チャンピオンシップの話題もだ。

 そこには大会に参加した『碧き舞い花』の写真も含まれていて、セラが身に纏っているものの全貌が映されていた。

 これまでにも偽物の情報はいくつもあった。そもそもセラがセブルスとして身を隠していたのだから、コクスーリャの変装や本物に近しい力を持った数人も含め全て偽物なのは当然。そのうえ情報のほとんどが見た目から明らかに偽物だった。

 だが今回のことで、事情が変わったのだ。

 偽物の見た目の質が上がった。これを高々見た目だけと一笑に付すことはできない。

 ここ一ヶ月、『碧き舞い花』が異空のあらゆるところで起こる事件の渦中にいた。本物さながらの力を持った者もそうでない者も、各地で騒ぎを起こしていた。『碧き舞い花』の名が悪名になり、異空の問題として連盟の会議に上がるほどに。

 それなのに、これは特にユフォンや仲間たちにとって大きな問題なのだが。

 戻ったホワッグマーラに、本物のセラの姿がなかったのだ。

 イソラの超感覚も、『名無しの鍵』を探すために連盟に戻っていたコクスーリャも、エァンダも、そのの右腕に宿る悪魔も、セラの存在を掴むことはなかった。

 そして未だに、彼女は帰ってきていない。

 連盟本部の会議室。すでに会議は終わり、中にはユフォン一人。議事録を気が気じゃなく睨み、祈るように零した。

「セラ、早く帰ってきてくれないかい……このままじゃ君は死んでしまうよ」

 連盟の上層部や賢者たちは、異空にとって大きな希望であった『碧き舞い花』の異名がこれ以上汚されることのないよう、本物のセラの死亡を発表することでそれを阻止しようとこの会議で話し合った。

 幸い、今回はあくまでもそれも一つの案だということに留まったが、いつ決定され、実行されるかはわからない。

 彼女が帰ってくるか。連盟の誰かが彼女を見つけるか。すべての偽物がいなくなるか。

 ユフォンは議事録を遡り、一番最新の『碧き舞い花』の目撃情報を確認する。

『氷結と炎上』、『揺蕩う雲塊(うんかい)』、『酒呑の宴会場』、『三つの蒼』。

 四か所だが、ユフォンとしては二か所に絞られていた。

 情報が集まる場所で考えるのならば、『酒呑の(ペルサ・)宴会場(カルサッサ)』か『三つの蒼(ビュソノータス)』だ。

「酔っ払いより、寒い方がいいかな」

 ユフォンは会議室をあとにした。


「わ、悪かった……この通り、謝る! もう娘には『碧き舞い花』とは名乗らせない。俺も『異空の賢者』を名乗ることは二度とない!」

 無駄に肥えた大男が地面に頭をつけて謝罪する。隣で伸された娘を庇うように。

「『碧き舞い花』は神聖な名だよ。それを汚した罪は重い」

 父親と娘を見下ろすのは、左の肩から二の腕にかけて碧き花散る入れ墨をした銀髪の女。口元をバンダナで隠しているが、その顔にはセラフィ・ヴィザ・ジルェアスと同じサファイアが二つ。その装いは、上着こそないが、全空チャンピオンシップでセラが身に纏っていたものと同じだった。水晶の耳飾りも、首から下がる立体十字と真っ青な石のペンダントも、背にするフォルセスも、腰のウェィラも。

「死んで償うしかないねぇ」

 否。今しがた抜かれたフォルセスには、神鳥の意匠も七色の反射もない。形だけの模造だった。それだけでなく、全てがセラのものとは細部が一致しなかった。『碧き舞い花』の模倣であると言わんばかりに。

「『碧き舞い花』の名のもとにっ!」

 女は男の首を撥ね、娘の心臓に剣を突き立てた。

 刃の血を払い、女は剣を眺め満足そうに笑った。

「やっぱり『氷結と炎上』の剣はものが違うねぇ」

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