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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
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86:Rebloom

 ~〇~〇~〇~

「……いや、もしかしてセブルス?」

 セラフィが王家の子となった日のことをビズラスは思い出す。妹のスゥライフ共々、成人していた二人に、父レオファーブが事情を隠すことはしなかった。セラに双子の兄がいるということも、その名前もだ。

 セラに似た青年は一瞬躊躇いの色を見せてから頷いた。

「話したいことはたくさんあるんですけど、時間がないんです。セラを」

 手を差し出した彼に、ビズラスは抱きかかえた妹を警戒なく差し出した。

「任せた」

「うん、兄さん」

 セラよりも少し薄い碧き光を放ち、妹と弟が姿を消した。

 ビズラスは笑みを湛えて、自然と同化していくのだった。その最中、自身の手にナイフを掴んだままだったことに気が付く。

「しまった、返してなか――」

 ツバメがするりと彼の手を抜けて、竪琴のリズムに終止符を打つようにして地面に降り立った。

 ~〇~〇~〇~



 いつの間にレキィレフォの力が身に着いたのだろう。

 セラは、いや、とベッドの上で首を振った。あの能力は人同士のもののはず。手にしたウェィラの鞘を通してビズラスの記憶を見た今のは、きっとまた別の力なのだろう。剣と鞘の繋がりが見せたものだろう。

 鞘をサイドテーブルに置くセラ。そこには彼女が身に着けていた『記憶の羅針盤』と没頭の護り石、服とバッグも置かれ、フォルセスが立て掛けられている。薄衣の患者服に守られた胸に手をやり、鼓動を確かめるように感じ取る。

 背中から心臓を一突きされ、最後に兄の顔を見たことまでしっかりと覚えている。

 死んだのだと。

 それなのに、はらりと患者服をめくり白き肌を見ると、そこには傷跡すらもなかった。

 二年前に古の力が目覚めたとき、セラはネルの傷と服の汚れをなかったことにしたが、ホワッグマーラでその力は使えなかった。

 信じられない。

 実を言うと彼女がこうして自身の身体を確認するのは、もう回数を忘れるほどだった。その部屋にある姿見で背中も何度も確認したが、そこにもやはり傷はない。

 きれいな身体、元気な心臓……生きている自分。

 一ヶ月経っても、彼女は信じ切れていなかった。

 説明を受けてなお、このベッドのある無機質な乳白色の部屋が死後の世界であると言われた方が、信じられたかもしれない。

 しかし、それは今、この瞬間までのことにする。

 生きているのなら、止まってなんていられない。

 次の瞬間、セラはベッドから降りる。

 患者着を脱いでベッドに置くと、一ヶ月前に新調した衣装に身を包む。肌着も上着もズボンもすべてがはじめて腕を通した当時のまま。いや、当時に修復されている。

 これは、これだけでなく彼女の身に起きたこともだが、古の力ではなく、最先端の知識がもたらしたものだ。

 セラがすべての装備を整えると同時に、部屋の壁、その一か所に描かれている床に底辺をつける長方形がちらちらと姿を消した。扉だ。そして扉が開けば人が入ってくるの道理だ。

 彼女と瓜二つの若い男と黒髪の若い女。

「ノア、エムゼラ。本当にありがとう」

「ん~、医者としてはもっとちゃんとリハビリしてほしいわ…‥っていうのは、嘘。科学者として本音を言えば、調べ尽くしたかったわ、あなたのこと。摩訶不思議の塊をみすみす逃がしてしまうのは惜しいわ」

「逃がすって……エムゼラ。僕の妹に知らないうちに変なことしてないだろうね?」

「してないわよ、人権って言葉しらないの、ノア?」

「あはは……」

「ははっ……」

 兄妹は乾いた笑いを交わし合う。

「それに、まだセブルスっていう研究対象が残ってるわけだし」とエムゼラは猟奇的にも見える笑を浮かべた。「夢のことも調べてあげるわよ~っむふふぅ~ん!」

 引きつるノア。「えっ……?」

「エムゼラ、お手柔らかにしてあげて、双子ではあるけど、生きてきた世界が違うから」

「セラ、なんで研究される前提で話を進めるんだい」

「セラの許可も出た! よ~し、セブルスくんっ! 楽しみにしていなさいな。ってことで、セラ、バイバイだ。わたしは研究の準備をしてくるっ!」

 颯爽と部屋を出ていく女研究者の起こした風に、二人の白銀が揺れる。

 ノアが苦言を呈す。「ひどいなぁ、セラ」

「だって、エムゼラのことだし、やらないって選択肢はないと思って。ごめん」

「まあ、僕が彼女の研究で死んでも、セラの中で生き続けられるし問題はないんだけどね」

 記憶としてという意味ではない。セラは自身の胸元に優しく手を当て、ノアの瞳を見つめる。が、その目をきっと尖らせる。

「冗談でもそんなこといわないで。ノアにだってやることいっぱいあるでしょ」

「エムゼラに研究されるとか?」

「もうっ」

「ふっ、大丈夫だよセラ。もう、僕は独りじゃないんだ。この『糸杉の箱庭』から、この世界は立ち上がるさ」

 無機質な部屋、ノアは天井を見上げた。その顔は未来に進むに値する笑みを湛えていた。セラはそんな彼に目を細め、口角を上げる。そして静かに声援を送る。

「ゼィグラーシス。ノア」

 彼女の言葉に一瞬おっとした表情を見せたが、ノアの返答もまた彼女の背中を押す言葉だった。

「ゼィグラーシス。セラ」

 二人は示し合わせたようにその場でナパードをした。濃さの違うエメラルドがきれいに交差し合い舞った。

「またね、ノア」

「うん、達者でね。セラ」

 挨拶を交わすと、今度はセラだけが花を散らし、姿を消したのだった。



「あれ?……」

 ノアと別れたセラはナパードで跳んだ先の光景を見て、首を傾げた。彼女はウェィラがあるマグリアの『竪琴の森』に跳んだはずだったのだが、思い描く景色がそこにはなかったのだ。

 森であることに間違いはないのだが、竪琴の音もしないし、木々があまりに巨大だった。

「ホワッグマーラでもない……?」

 ウェィラを強く想いその場所を繋がりで探るが、近辺はおろか、その世界の中にもその存在を感じ取れなかった。ここが仮にホワッグマーラであったとして、誰かが持って行ってしまった可能性もなくはない。だが、彼女がこの世界をホワッグマーラではないと感じたのには、もう一つ理由がある。

 人の気配がない。

 どれほど遠くまで感覚の手を伸ばしても、人が見当たらないのだ。

 彼女は再度、ホワッグマーラに向けて跳んでみた。

 しかし……。

 彼女が姿を現したのは、さっきとはまた別の世界。今度は逆さに木々が生える森だった。

 ナパードをしようとすれば、しっかりとホワッグマーラの姿が浮かぶ。跳べるということだ。

 消えてしまったのなら、そこを目指して跳ぶことができないことをセラは当然知っている。だからこそ、ズーデルによって消されなかったのだと、安堵したのだが、どうやらすんなりと受け入れては駄目なようだった。

 いや、おかしいのは自分の方かもしれない。セラはそう考えた。

 ホワッグマーラを目指して跳んだ先である二つの森。同じものを思い浮かべているにも関わらず、別々の場所へ移動した。

 ナパードが狂っている。

 セラは『記憶の羅針盤』を指先で転がした。

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