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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第二章 賢者狩り
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84:朝日に決意を

 薬は翌日にはできあがった。それを今、テムとイソラは『動く要塞』、ドクター・クュンゼの元へ受け取りに来たところだった。

 重厚な機械機巧音がずしりと止むことなく空気を振るわせる外とは一転、静かな研究室で二人は博士に会う。

「この鱗粉は、少し独特だった。これ自体に催眠作用があったぞ」

 ドクター・クュンゼは機械人間を通じてそう言った。その機械人間の手には小瓶がつままれ、さらりとした鱗粉が三分の二ほど入っている。 

「ババン・ドン・キリの組織変換も奪ってます。それで自分の力を活かせるように変えたのかも知れませんね」

「それで幻覚の力を世界中に広めてたってことだ」とイソラが得心する。「あと、ネモとピャギーが調子悪くしちゃったのも、ギーヌァ・キュピュテ中にそれが飛んでたからだったんだね」

「ああ」テムはイソラに頷きながら、視線をドクターの機械人間に向ける。「博士。『夜霧』と『賢者狩り』が無関係で、『夜霧』が夢見の少女を目的としているとすれば、その理由を俺は、完全な別人への変化だと思ったんですけど。博士のお考えを聞いてもいいですか?」

「知らぬわ。連盟への協力は怪物の罪滅ぼしの意味が強い。今回はダルマ様のお願いも重なり早急に済ませたが、異空情勢に興味などない。『夜霧』がなにを考えているかを考えるのはお前たちの仕事だろう。俺は科学の提供しかしない」

「そうですよね。じゃあ」テムは悪戯っぽく笑う。「技術ではなく、知識を提供してもらいます。科学の知識。夢見の民の力でできることはなんですか? 博士なら、どんな研究をしますか?」

「ふん、いいだろう」クュンゼは機械人間に顎をさすらせた。「そうだな。霊長生物を作ろうとしていた時にその力を手中に収めていれば、当然に生物に組み込んだじゃろう。まあ、異空に逃げ出した奴は眠りからではなくとも、多くの力を獲得していったがな」

 イソラがじれったそうに言った。「今の話をしてよ」

「……連盟への協力を視野に入れれば、睡眠の有効活用じゃな。眠っている間に、知識や戦いの技術を身に着けることができるような仕組みを考えるじゃろう。それも、賢者クラスの技術の伝達じゃ」

「昨日ズィードたちが言ってたみたいに、夢の中で修業ができるってこと?」

 テムに尋ねてくるイソラ。彼は彼女の疑問を引き継いでクュンゼに問う。

「そういうことですか?」

「賢者の技術の伝達だと言ったじゃろ。夢で自在に動き、現実にフィードバックするというのも悪くはないが、夢見の民の能力ならば、力の獲得の反対、付与も可能なんじゃ。ひと眠りで賢者になれるぞ。まあ、ゼロからの研究になるだろうから、実現するにもだいぶ先の話じゃがな。こんなもんじゃ、ほれ、これが薬じゃ。俺はこの鱗粉をもっと詳しく調べたいんじゃ、出てってくれ」

 ドクター・クュンゼはテムに手の平から少しはみ出るくらいの大きさのケースを、半ば強引に手渡し、しっしと機械人間の手を振った。

 テムは苦笑しつつも、頭を下げる。「ありがとうございました、ドクター・クュンゼ。研究頑張ってください」

「いこ、テム」イソラは気持ちを逸らせ、その場で鍵を回して扉を出現させていた。「早くみんなを起こさなきゃ!」

「ああ」



「力の付与……か。それもあるなら、やつら最近の静寂を破るつもりかもしれないな……」

 異空の廊下、テムはトゥウィントへの道すがら呟いた。

 実際に目にしたユールの力である、完全な他者への変化。それはババン・ドン・ギリの能力で身体を変え、夢から獲得した記憶と技術、そして幻覚で気配を偽ることで可能にしたのだろうと考えられる。『夜霧』、もといルルフォーラがそれを利用して、他人に成りすましなにかを企んでいるのだろうと思っていた。

 それも当然あるものだろうが、クュンゼの話を聞くと、力の付与の方が可能性が高いのではと思えてくる。

 評議会時代を終わらせたスウィ・フォリクァ襲撃ののち、大きな動きを見せなくなった『夜霧』。連盟はその理由を敵方の人員の減少と結論づけた。あの戦いで空間に空いた穴から無尽蔵にも思える侵攻をしてきた雑兵たちだが、女神リーラとエァンダの戦い、もといエァンダの暴走の余韻にその多くの命が散ったのだ。

 眠った者に力を付与できるのであれば、ルルフォーラの血を与えることによる強化より効率よく、名もなき兵士を大きな戦力に格上げできるだろう。それも与える力によっては、みんながみんな賢者程の力にまで。

「イソラ」テムは隣を行くイソラに言う。「俺はこのままスウィ・フォリクァに行く。薬、頼んでいいか」

「え、うん。いいけど。あの蝶の子がルルフォーラに捕まったわけじゃないんだし、みんなが起きてからでも遅くないんじゃない?」

「いや、捕まってないからこそだよ。奴らより早く見つけ出さないといけない。すぐに捜索隊を編成するように本部長に提言しないとだ。あと、さすらい義団への報酬のこともな。ほら」

 テムは薬の入ったケースをイソラに託す。

「そっか。うん、じゃあ、こっちは任せて」

 イソラに頷くと、一本道の廊下の横方向に鍵を向け回すテム。そこに、もう一本の道が作られた。そうしてイソラと別れようとしたところで、テムはイソラに向き直る。

「あとイソラ、本物のピョウウォルがどこかで寝てるはずだから――」

「見つけて、起こしておく。大丈夫、寝てるだけならすぐ探せるよ」

 イソラは笑ってそう言ったが、どこか不安げにテムには思えた。今回のユールとの戦いは彼女にとって、恐ろしいものだっただろう。

 視力だけでなく、全ての感覚がない世界に放り込まれた。テムには想造もできないその体験は、きっとイソラの心に大きな負荷を与えたに違いない。幻覚から覚めた時の行動がなによりの証拠だろう。

「…‥やっぱ、みんなが起きてからでも――」

「あ、いたいた! ピョウウォル見つけたっ。ィルさんたちに運ぶの手伝ってもらわないと。また後でね、テム」

 テムの言葉を聞いていたのかいないのか、イソラは廊下を駆けて行ってしまった。その背中からは、空元気なのがまじまじと伝わってくる。心配させまいとそうしているのだろうが、それがまた心配を誘う。

「テムーっ!」

 先まで行ったイソラが振り返って、口を大きく開けて叫ぶ。

「ちゃんとー、掴んでてねぇーっ!」

「……」

 テムは頬の紅潮を感じた。その口元が緩む。だが、浮かぶ笑みは恥ずかしさからくるものではなかった。決意の現れだろうと、彼は解釈する。

 イソラのまぶしい笑顔が遠くに見える。

 彼は開いた手をゆっくりと上げて、その笑顔が隠れるように、ぎゅっと閉じた。

「まかせとけぇっ!」

 眩い光が、握り拳の陰から覗いた。イソラが異空の廊下を抜けたのだろう。

 軽く手を下げると、まるで朝日のようで、優しくテムの瞳を細めさせた。

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