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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第二章 賢者狩り
83/387

81:交錯

 空気の爆発をきっかけに、ユールが敵全員に幻覚を見せている。そうして徐々に眠りに落としていっている。大勢をいっぺんに眠らせられないが、玉座の間にいた四人(・・)を早々に眠らせると、ユールは外の敵を眠らせに向かっていた。

 今、プルサージは全く無傷の玉座の間、その玉座に収まりながら、娘の帰りを待っていた。

 四人。

 彼が見下ろす床で眠るのはイソラ、テム、ソクァム、シァンの四人だった。

 全員といってもルルフォーラはそこに含まれていなかった。爆発の寸前に世界から出たようだ。

 一番厄介な敵をここで止められなかったのは、今後に憂いを残す結果となったが、それでもルルフォーラが逃げ出したということは、ユールの能力をそれまでに警戒しているということだ。

「パパ」

 唐突に玉座の後ろから、愛しき娘の声がした。

「どうしたんだい、ユール。わざわざ後ろから現れるなんて。もしかして、誰か眠らせるのに失敗したのかい? 怒らないし、それならパパも力を貸すから、言ってごらん」

「ううん、パパを驚かせたかっただけだよ」

 ひょこりと顔を覗かせるおかっぱ頭。プルサージはその頭を優しく撫でる。

「そうか。じゃあ、帰ろうか。そろそろ起きる時……っ!?」

 ユールが、変貌した。

 燃えるように揺れる瞳が、彼を見た。

「ルルフォーラ……!?」

 一度脱出して、戻って来たのか。しかしそれなら、また幻覚を見ているはずだ。爆発を機に、このギーヌァ・キュピュテはもぬけの殻に見えるようにしてあった。自分の前にユール以外の人間が現れるはずがない。

「どうしたのかしらね、プルサージ。幻でも見てる顔よ?」

 ルルフォーラはプルサージの手を頭からどけながら、鋭利に微笑む。

「っ!」

 プルサージは求血姫に自分で幻覚を掛けようと、敵の目を深々と直視する。

「無駄よ。あなたごときの幻覚が効くわけないわ。こっちには神様がついてるんだもの」

「……?」

 要領を得なかった。名を口にできない統率者のことを言っているのだと、プルサージは思った。訝しみに表情を歪めていると、ルルフォーラはプルサージから視線を外しながら、口を開く。

「ドルテモ、長閑な場所よねぇ。欠伸が出ちゃうほどに、平和ぼけしてたわ」

「……」

 ドルテモ。

 それはプルサージの故郷の名だった。幻覚を操る一族が暮らす世界。そして彼が捨てた世界だ。

「でも安心していいわよ、まだ滅ぼしてはないから。ただ神を従わせただけ」

 故郷が壊されたことに言葉を失ったのだと思われたらしいが、彼にとって故郷の行く末などどうでもいいことだった。彼が思考を向けていたのは、神様と故郷から導ける答えだった。

 ドルテモの神。その名を彼は知らない。神への信仰など薄い世界だった。神がいたのかと一瞬思ったほどだ。

「最高の用心棒じゃない? あなたやあなたの娘に会おうって時には」

「最初から、効いてなかったのか……?」

「そうね。でも、心配するのはそっちだけでいいのかしら?」

「まさかっ……」

 自分やユールに神の幻覚がかけられている。

 焦りを見せるプルサージを余所に、ルルフォーラは拍手をひとつ。すると、景色が変わった。

 玉座の間ではある。

 ただ、今まで床に眠っていたはずの四人の姿がなくなって、その代わりに、誰を相手にするでもなく動き回るユールの姿があった。

「邪魔が入らないうちに、帰りましょうか。三人で」

 ルルフォーラは妖艶に口角を上げて、小さくも鋭い牙を光らせた。



「みんなぁ! わたしを見てぇーっ!」

 それはネモの声だった。

 瓦礫を歩いていたテムは、その声を聞いた途端、彼女の姿を見た。

 崩れたはずの玉座の間に赤ら顔の少女が、義団のお騒がせトリオとアルケンを後ろに連れて立っていた。そんな彼女をテム同様に、不思議な顔で見ているのが二人。ソクァムとシァンだ。ぼーっと立って、仲間の呼びかけに視線を向けていた。

 イソラは?

 テムは辺りを見回した。状況ははっきりと把握できていないが、これはネモの認知操作だ。それで幻覚から抜け出した。彼女が光を失っているとはいえ、ネモの能力は視覚だけに留まるものではない。ネモの存在を感じて、現実に戻ってきているはずだ。

 と、急な衝撃を受けた。

「テムっ……!」

 ネモに意識が向いてしまい、イソラの気配を感じ取れず、驚いた。

 後ろからイソラに抱きつかれたのだ。

 ぎゅっと、力強く。しかしそれでいて、弱さを感じる、震えた抱擁だった。

 驚きに勝って、憂慮が前面に押し出る。「……イソラ?」

「やっと見つけた……もう、絶対あたしの前から、消えないで……絶対っ……!」

 テムが首をひねりイソラを見ると、彼女は彼の背に顔を埋め、泣いていた。

 その光景にネモの能力が薄らいださすらい義団の面々はキョトンとしたり、目を見開いたりとそれぞれに驚きを見せていた。テムはそんな彼らの視線に困った笑いを返す。どうしたものかと。

「…‥みんな、ちょっとわたしにチューモクっ」

 ネモが気まずそうにそういうと、義団の全員がネモに気を取られた。当の本人もテムとイソラに背を向けた。

「テムさん、みんなに気づかれる前に済ませてさい」

 早口に、小さく、耳打ちするようにネモは言った。

 その意図はむず痒くもテムは理解した。

『月輪雨林』では恥ずかしげもなくできたが、改まって、それも変にお膳立てされてしまってはさすがに、気が気ではない。

 しかし、それでは男が廃る。ゼィグラーシス。テムは拙いナパス語を口に、自身を奮い立たせる。

 腰に巻かれるイソラの腕を優しく解き、面と向かう。

 そしてイソラの顎に軽く手を当てると、顔を上げさせ、優しく言う。

「見失わないんじゃなかったのか?」

 彼女の瞳から零れる涙を、指で拭う。

「お前が見ててくれないんじゃ、安心できない」

 イソラの顔を優しく包んで、自分の顔を近づける。

 くちづけは、刹那。

「俺がしっかり掴んでれば、いいんだよな」

 窓から差し込む柔らかな朝日を受け、テムとイソラはまっすぐと見つめ合った。

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