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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第二章 賢者狩り
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79:因縁

「……神様っ!?」

 父と母と思しき二人の言い合いを見ていると、イソラは突然誰にも聞こえない叫び声をあげた。

 角のある男ザァトは自らのことを神だと言ったではないか。ハツカがそれに対しておどけて返したが、そこに『神』という言葉自体への嘲りは一切なかったようにイソラは感じた。神様であることは嘘のないことで、そのうえで小馬鹿にしていたように。

 それに櫓の下の人々も……。

「ザァト様ぁ! 飲まねぇならもらっちまうぜ~」

「ザァト様~、あたしが角なでなでしてあげる~、こっちにいらっしてぇ」

 やはり最初に感じた印象のように、親しみの中に慕う気持ちがある。これはまさに祭りなのだと、イソラは思った。ザァトとという神を祀っているのだ。

「ほれほれ、もっとやれやれ~、夫婦漫才っ!」

「誰が夫婦だっ!」

「誰が夫婦だってっ!」

 誰かの囃し立てにザァトとハツカの息はぴったりと合っていて、それがまた人々に笑いを与えていた。それにイソラの顔も和む。

「って、違う違う!……神様!?」

 今一度角の男ザァトを見て、イソラは叫んだ。



 イソラは単純にザァトが神かどうかを疑問に思ったのではない。彼女は、彼が父親だとすると、自分は神の子なのではないかと考えたのだ。

 そしてその疑問の答えはあさっりと出てしまう。

 彼女が櫓の上で叫ぶと同時に、祭りに風景は朽ちた紙のように細々と崩れ去り、次の瞬間には新たな景色を見せた。

 板張りのこじんまりとした部屋。

「イソラ」

「イソラ。イソラ・イチか、いい名前だ」

 ザァトはさほど変わらないが、ハツカから少女の影がなくなっていたことが、祭りからの時間の経過を教えてくれる。

 そして二人に抱かれる一人の赤子。生まれながらに薄い小麦色の肌を持った、イソラと呼ばれた赤ん坊。

「あたしだ……」イソラは二人の間から、自分を覗き見た。「あたし、神の子だったんだ」

 その気づきと共に、また空間が崩れて、景色が変わる。



 破壊された町。転がる死体。

 ついさっきの祭りの光景が嘘のようだ。

「一体なにが……」

 目まぐるしく変わる光景についてはもう考えないことにしたイソラだが、町の状態には驚きが隠せない。

「どうしてだよ――」

 浮かぶ彼女の真正面には身体に多くの傷を負った血だらけのザァトの姿があって、イソラを、その後ろを睨んでいた。イソラは彼の視線の先を振り返る。

「――ヴェィル!」

「ヴェィル!?」

 視線の先には、真っ白な髪の男が凛然と立っていた。きれいな青色の瞳を細めるその男の端正な顔立ちには、イソラの知るまだ少女だった頃のセラの面影が否応なしに重なる。気配を深く読むことなくとも、血の繋がりは歴然だった。

「俺は攻撃には参加しなかった! 復讐なら、余所で勝手にやってろよ!」

「ザァト……すまないな。だが、これはお前への復讐を目的にはしてないんだ、もとよりな」

「ならっ、どうして!」

「お前が友好的で人の良すぎるやつなのを、俺が知らないわけないだろう。俺もお前の世界については、対象にすべきか、悩んだよ。けどな……甘えは歩みを止める。俺は、止まらないためにも、例外を作らない。これはお前たち(・・・・)への復讐だから」

 感情の起伏なく口を動かすヴェィルだが、その端々にある間には人間味があって、この男が本当に恐怖で異空を覆っている人物なのかと、噛み合わなさがイソラには心地悪かった。

「だが、ザァト……友として、友だった者として、一つだけ、大事なものを壊さないと約束しよう。当然お前の命と、この世界はその限りではない。つまり……残っている選択肢は――」

 ヴェィルの視線が脇に逸れた。

 そこにいたのは、すやすやと眠ったイソラを抱っこするハツカだった。

「妻か娘か……選べ」

「ザァト……考えることない、イソラに決まってる。あたしを選んだら、その角……おっかくよっ……!」

 ハツカは涙を溜めながらも溌溂とした笑みで、そう訴えた。

「っへ、人が……言ってくれるじゃねぇか……だが、焦るこたぁ無いぜ、ハツカ。お前が惚れた神を信じろって……大事なもの……たった二つになっちまったけど…………」

 イソラはザァトの身体に力が入るのを感じた。

「それでも、守ってみせるさ。みんなには悪いけどよ……大事なもんの一番と二番は、絶対にっ!」

 しかし駄目だと、イソラは身体をすくめた。実際にその場にいても助けに入れないだろうという確信と共に。

 花の散らない真っ黒なナパードで、ヴェィルは音もなくザァトの背後に立った。「選ばないのなら、すべて失うぞ」

「ぶぁっ……」

 真っ黒な剣がザァトの心臓を貫いて、神はさらに血に濡れる。

「奪えるもんならっ、奪って、みろよぉお!」

 足を踏み出し、剣を胸から抜くザァト。彼のその一歩により、周囲の大地が爆ぜ上がった。だが違った。そうではなかった。そうなったはずだった。なのに、爆ぜ上がった破片たちは時間を巻き戻したかのように、大地に収まり直ったのだ。

 しかし時間が戻ったわけではなかった。ザァトの傷はそのままで、彼は一歩踏み出した場所から、振り返りざまにヴェィルに拳を突き出している。

 拳を防ごうとしないヴェィル。ザァトの拳がその顔に届くと思われたその瞬間、ぴたりと止まった。

「くっ、ぬ……くそぉ!」

 ザァトの身体が、地面から突き出した土に腕と顔だけ出して、覆われていた。唯一動く腕を振るが、その手はヴェィルを掴めない。

「これ以上はないぞ、ザァト。選んでくれ」

 首を辛うじて動かし、妻と娘を見るザァト。ハツカはまだ涙を零さす、気丈に笑みを浮かべていた。そして彼と目が合うと、唇を噛んで、数度、頷いた。

「……ハツカ」

「あんた、よくやったよ……ザァト」

 ザァトはヴェィルに向き直る。「ヴェィル……約束は、守れよ」

「俺の力が及ばないよう、祝いをかけてやる。お前の目の前で」

「それなら、安心だ……」ザァトは弱々しく息を吐いてから妻を呼ぶ。「ハツカ、こっちへ」

「どっちだ?」とヴェィルの冷たい問い。

「ハツカ……妻を、祝ってくれ」

「え?」と声を漏らしたのはハツカと、大人のイソラだった。

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