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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第二章 賢者狩り
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78:イソラを呼ぶ声

 〇~〇~〇~〇

 その一件から、イソラはケン・セイの暮らす町に潜むようになった。

 麓の向こうの町では目立ったことで、命を狙われる羽目になった。だからここではひっそりと、命を繋ぐのだと。

 そして、命の恩人である強い人、ケン・セイに自分も強くしてもらおうと考えた。

 そのために彼女は命を繋ぐこと以外を、会話の習得に費やした。人々の生活を物陰からじーっと眺め、そのやり取りを自分の中に落とし込んでいった。

 父、母、兄妹、友人、恋人、夫婦、いじめっ子いじめられっ子など人と人との関係も知っていった彼女は、この頃、盗んだ紐で前髪を束ね上げた。親という存在は大事なものなのだと学んだからだ。いつか会えるかなと、夢想することもあった。それというのも、これは誰にも打ち明けていないが、自分がヒィズルとは別の世界の産まれだということにも気づいたからだ。

 それからもう一つ、道場という場所があり、そこでは師匠と弟子という関係があることも知った。これだと、イソラは思った。

「イソラ・イチ! 弟子にしてください!」

 ケン・セイの道場へ、バンっと足を踏み鳴らし、揚々と頭を下げて入ったのは、出会いから一年ほど経った頃のことだった。

「獣、言葉、覚えたか」

「覚えてくれてたの!」

 ケン・セイが自分のことを覚えていたことに、うれしさを爆発させるイソラ。前髪をぴょこぴょこと揺らす。だが、前髪はすぐにしょんぼりすることになった。

「帰れ。弟子、いらない」

 ただイソラは一度で諦めなかった。

 幾度も、幾日も、幾月も、幾年も。

「お師匠様」

「師匠ではない」

 ことあるごとにケン・セイの前に顔を出してそんなやり取りを繰り返した。

 そうして彼女が十二、三の歳の頃。ついにケン・セイが折れた。彼も彼で師にしつこく付きまとい教えを請うた日々があったが、そんな自分とイソラを重ねたのだ。

 ついにケン・セイを師にすることができたイソラ。それから『見て学べ』の日々がはじまり、未だ戦うことを許されなかったそんなある日、渡界人の少女と出会った。

「あたしはね、イソラ・イチ。お師匠様の一番弟子です!」

「……わたしは、セラフィ・ヴィザ・ジルェアス」

 ~〇~〇~〇~



 セラに扮したルルフォーラは、ピョウウォルの姿のユールに服を操られ、何度も床や壁に叩きつけられるイソラの姿を優雅に浮かびながら見ていた。

「さすがに見てられないわね。セラフィになってるから、友情感じちゃってるのかしら」

 指輪から一本の鍵を取り出す。凶悪な笑みの男と苦悶に歪んだ顔の男の彫像によって形作られた鍵。七封鍵が一本、『悪魔の鍵』だ。



 暗い中、名前を呼ばれた。

「イソラ」

 その女性の声に男性の声が続いた。

「イソラ。イソラ・イチか、いい名前だ」

 寒かった幼き頃、頭に浮かんでいた声だった。

 温かい。

 イソラがそう思った折のことだった。

 いくつもの赤い鳥居が囲む空間に、彼女は立っていた。

 目が、見えている。

 ついに死後の世界に足を踏み入れたのか。

 久しぶりに見る自分の手の平が、涙に歪んでいる。

「これじゃぁ、目が見えても意味ないじゃん……」

 可笑しさと、悔しさと嘲りに鼻で笑った。

 そして、涙が頬を伝って落ちた。その涙が地面を打ち、波紋となって鳥居の下を揺らしていく。そして地面もろとも、その空間が崩れはじめた。

 不思議と揺れは感じず、イソラはそのまま宙に浮いて、崩れ落ちる空間を見送った。そして、全てが落ち切ると、彼女の眼下には懐かしさを感じる景色が広がっていた。

 ヒィズルに似た、世界。

「わわっ……!」

 急激に吸い込まれるように引っ張られ、イソラはその世界の地上の空の高さまで下された。

「なに?」

「いいね、いいねぇ! みんなももっと飲め飲め!」

 地上から高らかな声が響いた。その声だけじゃない、地上はお祭り騒ぎで、人々が賑わいの限りを尽くしていた。

「お祭り……?」

 その疑問と共に、彼女の身体はさらに引き寄せられ、設えられた(やぐら)の上、最初に聞こえた高らかな声の主の横に浮遊する。

「あっ」

 イソラはその男の顔を見て、吐息を零した。

 男の額には角が生えていて、それが彼女の知る人影と重なったのだ。声もよくよく思い返すと、自分の名前を呼ぶ声と一緒だった。

「お父さん――?」

 彼女のその疑問の呟きは大勢の声にかき消される。

「ザァト様ぁ~!」

「お前こそ、飲めぇ、ザァト!」

「ザァト様ぁ~! こっち向いてぇ~」

「そんなもんじゃぁないだろ~、飲めよ~!」

 酒の匂いが充満する中の人々に角は見当たらず、彼らは角のある男ザァトを慕い、敬い、それでいて古くからの友のように声をかけていた。

「いいよ、いいよぉ~、溶けるほど飲もうぜぇ!」

 ザァトは脇にあった身の丈の倍以上も酒樽に腕を突き刺した。そしてその腕を抜くと、穴から溢れ出る酒をまさに浴びるように飲みはじめる。その姿に人々も、地上でわいやわいやと酒を呷る。

「……セラお姉ちゃんでもそんな一気に飲まないよ」

 あまりの光景に呆気にとられ、心配までするイソラ。この時点で、声も姿も人々には認知されていないのだと知りながらも。

 一体なにが起きているのだろう。

 イソラが酔狂の中、一人で考えようとしたところで、ザァトが樽に顔を突っ込んだ。それにはイソラも冷めた目を向ける。久々に見える目に、なんでこんな馬鹿げた光景を映さないといけないのかと。

「馬鹿ザァト! そんなに飲んだら死ぬよ」

 浅く焼けた肌の女性が櫓に上がってきて、彼を蹴ったようだった。彼女はまだ大人と呼ぶには少し若いからか酔った様子はなく、いたって正常な判断で酒を浴びる角男を蹴り飛ばしたのだろう。

 ザァトが樽から顔を出し、盛大に息を吸い込んだ。

「お前のせいで死ぬわっ! 神に向かってなにすんじゃい、ハツカぁ!」

「へいへい神様、ごめんなせぇ~」

「てめっ、ガキだからって手だしされねぇと思ってんな? 大人になったら覚えとけよ」

「へへんだ、あたしに悪さしようってんなら、その角おっかいてやるんだから!」

 その後も言い合う二人をよそに、イソラはその光景を嬉しくなって、笑って見ていた。ハツカと呼ばれた女性の声もまた、イソラを呼ぶ声と一緒だったのだ。

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